ホルスティン家のお家事情
「御託はいいからさっさと吸え、ほら。この状況を何とかするには、それが一番手っ取り早いんだから」
「あ、ああ」
おそるおそるカナリーは指先に顔を寄せ、舌先で軽く血を舐め取った。
その途端、口元を手で押さえ、どことなく恍惚とした風情で身を震わせた。
「……何という」
「うん?」
まだ、シルバの指先からは血が流れている。
当然、少し舐めた程度でカナリーの衝動が収まるとも思ってなかったので、そのまま待つことにした。
「……と、時にシルバ、先に謝っておく。やり過ぎたらすまない」
やや興奮気味に、カナリーが言う。
「お、おそろしいこと言うなよ、おい……!?」
「何しろ……砂漠を彷徨い、水不足で死にそうな精神状態なのでね……加減する自信が少々、心もとないというか……」
軽く息を荒げつつ、カナリーはシルバの指先を口に含んだ。
「お、お前このギリギリになってそんな爆弾発言するなー……っ!?」
指の先から緩やかに精気を吸い上げられる心地よい感覚を覚えながら、シルバは絶叫した。
なるほど、これはいつも以上だ。
普段のカナリーならシルバを気遣い少しずつ吸うのに、そのペースが数倍速く感じられる。
いや、これでも自制している方なのだろう。
カナリーがその気になれば、シルバの身体はあっという間に干からびていても、おかしくない。
カナリーの背後の影から現れた赤と青のドレスの従者二人が、無表情のまま、パチパチと拍手をしていた。
「二人とも出られたんなら、早く助けろよ!?」
シルバは突っ込んだ。
人形族の従者二人は、ふるふると首を振った。
どうやら、カナリーの精神状態が不安定だったため、これまで影から出られなかったらしい。
……今更だが今度、『透心』でこの二人とも契約しないとな。
そんなことを考えながら、シルバは失いそうになる意識を保つのに集中した。
液体を舐め啜る音が寝室に奏でられ始めて数十分……。
「……カ、カナリー……そろそろ、ストップ……」
さすがに、シルバも根を上げた。
肉体的にも精神的にも、そろそろ限界だ。
「ん、ふぁ……?」
シルバの血液を蕩けるような表情で啜り続けていたカナリーが、ようやく唇を指先から離す。
そのお陰で、ようやくシルバも、まともな思考が戻りつつあった。
カナリーの舌使いはおそろしく絶妙で、舌が這い回る度に何とも得体の知れない快感が、シルバを何度も虜にしかけていたのだ。
自分の指で、カナリーの口内を隅々まで犯したい衝動を堪えるのに、シルバは精神力のことごとくを使い果たしていた。
「さ、さすがに……三十分は……ちょっと……」
ベッドに腰掛けてはいたモノの、シルバはすっかり腰砕けになっていた。
後ろに倒れ、ベッドに大の字になる。
「だ、大丈夫かい、シルバ!? しまったやり過ぎた。こ、ここは、エナジーを……」
「……って、それやったら本末転倒だろうが。少ししたら回復するから、ちょっと待ってくれ……」
それから五分後。
「あーもー……」
ようやく、シルバも起き上がり、落ち着いて話をすることが出来るようになった。
「わ、悪い。ここまで渇いたのは初めてなモノで、加減が分からなくて……」
「ずいぶんとしおらしいじゃないか。え、カナリー・ホルスティン?」
敢えて意地悪な口調で言うと、カナリーは真っ赤になって俯いた。
「か、からかうな」
「ふぅ……大分楽になった。ったく、あんまり気持ちよすぎて、危うく押し倒すところだったじゃないか」
「……僕としては、そうされても文句の言えないことをしている訳だから、そういうことになったら受け入れるしかないな」
髪を弄りながら、カナリーはとんでもないことを言う。
「こらこら。そうなる前に、そっちが止めろ」
冗談めかして言ったが、かなり危ない所だったのだ。
大きく息を吐き、話題を転じることにする。
「……ことのついでだし、何で男装してるのかも聞いておこうか」
「そうだね、シルバには聞く権利があると思う」
どうやら、カナリーもホッとしたようだ。
「といっても家に関わる人間以外から見れば、大した話じゃない。ホルスティン家の家督の問題さ」
「跡継ぎが、カナリーしかいないってか」
「いや、弟がいる。ただ、幼すぎるんだ。アレが大きくなるまでは、僕が男の跡継ぎとして、頑張らなくちゃいけない」
「吸血鬼って、長寿だよな。父親がずっと続けるって手はなかったのか?」
「長寿故に、任期が決まっているのさ。そうでなければ、半永久的に当主が固定されてしまうだろう?」
「……なるほど。そういうもんか。悪い叔父とかが、乗っ取ろうとか企んでるのかと思った」
「近いね。強いて言えば、父の愛人とその息子かな。コイツがまた、女好きのろくでなしだし……まあ、他にも候補はいるんだけど、酷いモンだ。今はまだ、しばらく好きな時間がもらえているってところだけど……そんな訳で、性別は隠す必要があったのさ」
「なるほどな……」
「みんなには、話すかい?」
カナリーに問われ、シルバは頭を掻いた。
「んー、俺はもうちょっと黙ってようと思う」
「え?」
カナリーには、意外だったらしい。
「だって、心の整理がついてない。カナリーだってそうだろ。俺達が話さなきゃ、今晩のことはバレてない。もうちょっと話し合う必要がある。だよな? ヴァーミィ、セルシア」
シルバは、カナリーの後ろに控えていた従者達に話を振った。
二人はコクコクと首を縦に振った。
「だ、だけど……みんなに秘密というのは……」
カナリーが弱気に躊躇う。
何だかキャラが違うなーとシルバは思ったが、これはこれでカナリーの一面なのか。
か弱い風のカナリーに、シルバは再び意地悪な笑みを浮かべた。
「ん? なーに、言ってんだ今更。性別ずっと隠してたくせに」
「う……そ、それはそうだけど……ここで黙るっていうことは、シルバ、君も巻き込むということだぞ。もしバレたら、それこそみんなの信頼が……」
「みんなの信頼も大事だけど、カナリーのことも大事なんだって」
「え……」
反射的にシルバは答えたのだが、カナリーの白磁のような顔が見る見るうちに真っ赤になった。
「うん?」
自分の発言を反芻し、シルバは慌てて両手を振った。
「い、いや、ちょっと待て。勘違いするなよ? 仲間としてだぞ!? 後ろの従者二人、拍手するんじゃないっ!?」
シルバは、カナリーに頼んで、赤と青の二人を影の中に引っ込めさせた。
二人揃って落ち着いてから話を再開する。
「そ、そもそもバレるバレないは、俺は大丈夫だと踏んでるんだよ。その時は、黙ってた理由まで正直にみんなに話すまでだ。多分、それで済む。だけど、時間を掛けて答えが出るまでは、俺は沈黙を守ろうと思うって話だよ」
シルバは指を組み、カナリーの紅い瞳を見据えた。
「言い方を変えよう。正直この件、みんなに話したいと思うか?」
「……話さなきゃいけないことだと思う」
カナリーの目は、不安に揺れていた。
「でもまあ……本音を言えば、まだ、覚悟は中途半端だね。黙っていてくれるのなら、助かる」
「じゃあ、そういうことで」
結論は出た、とシルバは両手をパンと叩いた。
「……しかし、心底意外だ。君の性格から考えると、絶対仲間に隠しごとはよくないって言うと思った」
「そりゃもっともだけど、俺の仕事は仲間を守ること。カナリー個人だって、例外じゃないんだぞ。大体、リフ、タイラン……はまあ微妙なところだけど、三人目ともなると、これは下手すりゃパーティー崩壊の危機も孕んでるんだぞ?」
さっきの勘違されかけた発言を、シルバはもう一度言い直した。
そして、拳を突き出す。
「それに俺は司祭だ。守秘義務があるし。ま、しばらくは共犯者ってことで一つよろしく」
「……分かった。こちらこそよろしく頼む」
カナリーは軽く微笑むと、シルバの拳に自分の拳をコツンとぶつけた。
その手を開くと、シルバの拳を包み込み、俯いた。
「吸血の件だけど、ちょっと量が増えることになると思う」
耳まで真っ赤にしながら言うカナリーに、シルバは何となく明後日の方向を向いた。
「野菜とか果物とかレバー肉とか……もうちょっと食べる量、増やすか」
カナリーは防音の結界を解き、霧となってシルバの部屋を出て行った。
シルバは、ベッドに倒れ込んだ。
「つ、疲れた……」
色々と、いっぱいいっぱいであった。
教会の朝の勤めまではまだ、時間はある。
それまでは、とにかく休もう。
そう、シルバは決意した。
が。
「……あれぇ、何でカナリーさんがシルバさんの部屋から出てくるの?」
「なぁ……っ!?」
扉の向こうから、寝ぼけたようなヒイロの声とカナリーの悲鳴がし、シルバはベッドから転落したのだった。
すみませんが、こちらの都合で明日と明後日はお休みませていただきます。




