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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
『アンノウン』の始動
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シルバ、飯を作る

 まだ頬を赤らめたまま、軽く頭を振ってカナリーはシルバから離れる。


「というか、歩けるかカナリー。タイランに運んでもらった方がよいのではないか?」


 心配そうなキキョウの忠告に、カナリーは頷いた。


「そうみたいだね。タイラン、頼むよ」

「あ、は、はい」


 ふわふわと浮いたカナリーが、タイランの背中に乗った。

 一方シルバは、自分の手をワキワキさせていた。

 その様子に、キキョウが目を瞬かせていた。


「どうした、シルバ殿?」

「……えっと、いや」


 シルバとしては、何とも答えようがない。


「むにゅ、って……おいおい」


 手に伝わった感触はまだ、シルバの手の中に残ったままだった。




 合同演習終了後、シルバ達は揃って大きな酒場に入った。

 新米パーティー達がいつも集まる酒場の名前を『ジュークボックス』という。

 そしてどういう話の流れからか「やっぱりビリのパーティーにも何かペナルティが欲しい」ということになり……。



 熱気の漂う厨房。

 エプロンを着けたシルバは、深いフライパンで何人前ものピラフを強火で掻き回していた。


「『ツーカ雑貨商隊』で焼き鳥盛り合わせと枝豆を二つずつ、シーフードサラダ一つ、麦酒一つに麦茶一つ。『フィフス・フェアリーズ』でピーチサワーとグレープフルーツジュース。『アンクル・ファーム』が焼き肉三人前。んで『アンノウン』が同じく焼き肉と野菜炒めをそれぞれ五人前――って食い過ぎだろヒイロ!?」


 手を休めないまま、精神共有で各パーティー単位での注文を読み上げていく。


「あ、あとアイアンオックスのステーキも五枚と赤ワインのいいとこ二本も追加」


 これは、カナリーの注文だ。

 酒場の広さに比例して、この厨房もかなり巨大だ。

 そして料理人やウェイトレスもひっきりなしに行き来を繰り返す。


「……便利なモンねー、『透心(シンツ)』って祝福」


『ジュークボックス』の店主にして、休日限定パーティー『魔食倶楽部』のメンバーでもあるタキ・ヨロノが感心した声を上げる。

 二十代前半の、頭にバンダナを巻いた女性だ。

 料理人も兼ねていて、シルバと同じエプロンを腰に巻いている。


「どういたしまして。あいよ、餡かけ卵包みシーフードピラフ出来ました。持ってって!」


 汗だくになったシルバが、大きな皿に盛った料理をでん、とカウンターに置く。


「っさー、せんせー!」

「ってきやっす!」


 モヒカンやら頭の尖ったウェイター達が、料理を手に各テーブルへと渡っていった。

 額の汗を腕で拭い、振り返る。


「に。ふらいどぽてと、出来た」


 蝶ネクタイを着けたリフが、ポテトを持った皿を掲げていた。


「ってリフは別に食べてていいんだけど?」

「に……お兄のおてつだい、する。食べるのいっしょ」


 タキは苦笑し、シルバに向かって肩を竦めて見せた。


「まあ、そろそろ落ち着いてきたからいいんじゃない? あ、でもリフ君、枝豆だけ追加頼める?」

「にぃ……まかせて」




 肉料理と野菜炒めをトレイに載せ、シルバとリフは自分達のテーブルに向かう。

 リフは、自分が持つ大根サラダに、手をかざしていた。


「おいしくなあれ」

「……効くのか、それ?」

「すごく、きく」


 リフはサラダをシルバに突き出した。


「食べてみると、わかる」


 シルバは、大根スティックを一本つまんでみた。

 一口囓り、軽く目を見開く。


「……霊獣すげえ」




 テーブルの主役は案の定、ヒイロだった。

 肉の盛られた鉄板の左右には、相当枚数の鉄板が積まれている。


「先輩、リフっちおかえりー」

「うーす。つかヒイロ、一番注文が多くて大変だったぞ」

「そりゃもう運動したからねー。うん、ソースもおいしー♪」


 パンで鉄板のソースを拭い、口に放り込む。


「ブーツの具合はどうだ。カナリーは重さ気にしてたみたいだけど」


 シルバの質問に、ヒイロはひょいとブーツを脱いだ素足を持ち上げた。


「ボクにしてみれば、それほど気になる重量じゃないし、問題ないない。それに重さがあるってことは、威力もあるってことだしねぇ」


 どうやら心配はないらしい。

 ウェイトレスが空いた皿を回収し、やや空白の出来たテーブルにシルバとリフは新たな料理を載せた。


「リフの方も、無事に済んだようで何より」

「にぃ……お給料もらった」


『ツーカ雑貨商隊』は、探索の報酬山分けとは別に、給与の支給もあったらしい。


「大事に使えよ」

「に」


 もちろん、とリフは頷いた。

 席に座ると、横には憮然としたキキョウが座っていた。


「……シルバ殿。某も、仕事を手伝わせてくれてもよかったのではないか」


 リフだけずるい、と暗に言っているキキョウであった。


「だからそれじゃ罰ゲームにならないだろう。大体キキョウが注文取りに行ってみろ。伝票が束になっても足りなくなるぞ」

「むぅ……難儀な話だ。おっと、この料理はシルバ殿の分だ」


 キキョウが差し出した鉄板とスープの皿を受け取る。


「悪いな。働き過ぎて、腹が減ってたんだ」


 水を口に含み、背もたれに身体を預けると、ドッと疲れが押し寄せてくる。

 キキョウは、リフにも丸皿を差し出す。


「リフの分もあるのだぞ」


 薄い魚のスライスが、花弁のように並べられていた。


「生魚……?」

「刺身である。これをつけて食べるとよい」

「にぃ」


 勧められるまま、リフは魚を一切れ黒いソースをつけて食べてみる。

 ピン、とリフの尻尾が立った。


「……ににに」


 そこからはもう止まらなかった。

 そんなリフの様子を尻目に、席の中央にいるヒイロの隣に視線を向ける。

 大人しいタイランは、樽ジョッキの中身をストローで啜っていた。


「タイラン飲んでるか?」

「あ、は、はい。桃蜜水、美味しいです……それよりも……」


 さらにその隣、一番端で黙々と、カナリーは肉料理と赤ワインを口に運んでいた。

 動き自体は優雅だが、その量はヒイロに匹敵していた。


「……その量は大丈夫なのか、カナリー?」

「うん? ああ、問題ない。ワインなんてのは元々水も同然でね。強烈に酔うことはあまりないんだ」

「そっちもだけど、飯の方。どんだけ肉食うんだよ」


 熱を放つステーキは、ナイフで切ると中から肉汁と血が滴っていた。


「……うん、今日の僕はいくらでも入るね」

「つまり、ボクと勝負ってことかな☆」


 ビッと親指を立てるヒイロだった。


「張り合うな、ヒイロ。二人で、パーティーの財産を破産させる気か」


 ふ、とカナリーは小さく笑った。


「心配しなくても、自重はするよ。いくらタダとはいえ、食欲のまま進めると、実際洒落にならないことになりそうだし」

「実際、酔いの方はどうなんだ? 吸精の副作用の方だけど」

「そっちは収まった。ある程度時間をおけば、何とかなるみたいだ」

「そうか」


 シルバはパンを食べ、空になった手を見た。

 そして、カナリーを見る。

 聞くべきかどうするか。

 さすがに状況的に、今は厳しいだろうが……。


「何だい、シルバ。人の顔をジッと見て」

「……いや、何でもない」


 ま、本人が言わないなら別にそれでもいいか、と思うシルバだった。


「……むむ?」


 そんなシルバの様子に、キキョウは何となく尻尾を揺らしていた。



 宴が終わり、帰宅したシルバは自分の部屋に戻った。

 ベッドに横になると、疲れのせいか、そのまますぐに睡魔が押し寄せてきた。

 ……だから、何となく目が醒めたのが何時頃なのかはよく分からない。

 ただ、確実に閉めたはずのドアが軽く開き、隙間風が入ってきていた。


「……」


 はて、前にも似たようなことがあったような気がする。

 そんな風に考えながら目を開くと、自分にのしかかるように見下ろしている、金髪の吸血鬼が一人。


「やあ、シルバ。こんばんは」


 カナリーの瞳がやたら、紅く輝いていた。

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