初心者訓練場の決着
「はっ、どうやらお前は強化もされていない、どノーマルみたいじゃねえか。俺の攻撃を、どれだけ受けきれるかな!」
連べ打ちのような、ポールの一方的な攻めが開始された。
タイランは攻める隙を見出せず、防戦一方だ。
守りに徹しているからこそかろうじて凌ぎきってはいるが、技術的にはポールの方なのは間違いない。
思った以上にしぶといが、このままなら、遅かれ早かれ倒すことができそうだ。
心にわずかに余裕が生じるポールだったが、タイランの後ろで守られていたシルバに慌てた様子はまるでなかった。
彼は、袖から紫の液体が入った薬瓶を取り出していた。
「っていうかアホだろアンタ」
「何だと!?」
攻撃の手を休めないまま、ポールが歯を剥き出した。
だがその殺気に気圧されることなく、シルバはタイランの背後から少しだけ後退した。
「二対一なのは明らかなのに、何でそんな余裕があるのか不思議でならないよ」
「……っ!?」
当たり前と言えば当たり前の指摘だが、ほんの一瞬、ポールの手が止まった。
その隙を突いて、シルバは手に持っていた薬をタイランの頭越しに投げつけた。
パリンと瓶が割れ、中身がポールの頭を濡らす。
「――な」
「これだけ近ければ、どれだけノーコンでもまあ、当たるよな。いや、割とコントロールには、自信あるんだけど」
沸き上がった紫色の苦い煙が、ポールを包み込んだ。
「う……ま、まさかこれは……」
わずかな吐き気を感じ、彼は顔をしかめた。
それに応えるように、シルバは頷いた。
「そう、毒だ。あっちの観客の中に狩人がいてさ、解毒薬は使い切ってたけど毒薬は残ってたらしいんで買い取っておいたんだ」
ポールの顔から血の気が引いた。
「言っておくけど、対魔コーティングされた鎧でも、薬はちゃんと効くぞ。これ豆知識な」
「く、神官! 治療してくれ!」
対魔コーティングは基本、攻撃魔術への抵抗を上げるモノだ。
中級までの攻撃魔術ならほぼ弾き、上級魔術でもその威力を半減させる。
一方、味方の支援である回復や解毒、強化系の補助祝福などは普通に効果が通るのだ。
だが、それより早く、シルバの術が発動していた。
「『魔鏡』」
虹色の膜のような魔力が、ポールを包み込む。
そして神官の『解毒』は弾かれた。
呆気にとられるポールに、シルバは教えてやった。
「反射系の強化だ。これで、アンタに掛かる魔術は全部跳ね返される。補助してやるなんて親切だろ」
「テメエーっ!?」
本来、対象を支援する魔術・祝福が通ることを逆手に取った、シルバの妨害であった。
激怒するポールに、背後から兄の声が掛けられた。
「落ち着くんだポール! ソイツさえ倒せば、問題ない! こっちは僕と盗賊の弓でまだ何とかもつ! 神官は僕たちの防御を!」
確かにその指摘通りであり、ポールが強引に突破してきた狙いもそれだったはずだ。
だが、シルバにおちょくられ、毒を浴びたポールには焦りがあった。
目の前にいる敵に集中しきれない彼の攻撃に、本来の精彩はない。
攻撃は雑であり、守りに徹したタイランでも、何とか食い止めることに成功している。
だから、シルバも安心して前衛の様子を見ることが出来た。
残っていた前衛も、キキョウが飛んでくる火球や矢を弾き、ヒイロがぶちのめすという連携に倒れていた。
本来防壁となるはずだった前衛が総崩れとなり、残るは後衛のみ。
ネイサンや盗賊を守ろうと、神官が前に立とうとしているが、二対一では勝ち目が薄い。
初心者である盗賊の矢はキキョウには当たらず、ヒイロが骨剣を振りかざして接近しつつある。
二本ほどヒイロの肩や腕に矢が刺さっているが、これはネイサンが最初に掛けた『崩壁』の効果だろう。
しかし、ヒイロから『透心』を通して届く声は、それが大したダメージではないことをシルバに伝えていた。
「まあ、万が一本当にやばくても、俺が片っ端から回復する訳だが」
呟き、シルバは『回復』を唱えた。
ヒイロの身体を青白い聖光が包み込み、矢が抜け落ちる。
傷はあっという間に塞がってしまう。
こうなってくると、ネイサンとしては、いよいよまずい。
「ポ、ポール! そのデカイのにも『崩壁』は、効いているはずだ! 早く終わらせろ!」
こうなってくると、ネイサン自身もなりふり構ってはいられなくなった。
短い詠唱で発動可能な攻撃魔術を、矢継ぎ早に繰り出していく。
「この程度ならば、すべて弾くぞ」
そのすべてを刃で受け止めながら、キキョウが迫る。
そして、神官の戦鎚との切り結びが始まった。
「け、けど兄貴! コイツやたら固ぇんだよ!!」
ネイサンと同じく、ポールもまた苦戦していた。
まるで、攻撃が通る気配がないのだ。
「うん、まあそりゃそうだ。そっちの『崩壁』、タイランには効いてないからな」
「な」
シルバの言葉に、ポールは言葉を失った。
「……あ、あの、言ってませんけど、私の鎧、魔術無効の効果があるんです」
言われて気がつく。
目の前の重装兵の鎧に、うっすらと浮かび上がっている複雑な文様。
対魔コーティングどころか、絶魔コーティング。
そして左胸に削られたような跡があるのは、本来紋章と認識番号があったのではないだろうか。
そして紋章こそ無くなりこそすれ、その跡からわずかに判断できる所属は――。
「魔王討伐軍っ!?」
もしそれが、軍の正式採用品ならば、魔族の上級攻撃魔術にすら耐えうる恐ろしく高性能な代物だ。
もっとも、対魔コーティングと違い、味方の魔術すら弾いてしまうという問題点があるのだが。
「……す、すみません」
謝りながら、タイランは斧槍でポールの攻撃を捌き続ける。
その動きも、大分様になってきていた。
「んで初期、アンタがここに来るまでの間に、攻撃力を上げる増強薬と、スピード上げる加速薬飲んでもらっているからな。ちゃんとついて行けてるだろう、タイラン」
「は、はい、何とか」
グルン、と斧槍を振り回しながら、タイランは頷く。
よし、とシルバは内心頷いた。
やはり、本気で倒しに来る相手との立ち会いはいい訓練になる。
この戦いで、タイランの斧槍の技量は、一段階上がったとみていいだろう。
タイランは、大胆に前に踏み込み始めた。
「こ、この野郎ぉ……!!」
斧槍の威力に両手斧を弾かれ、ポールは歯がみした。
「ポ、ポール! 早く!」
ネイサンの手から、勢いよく炎が迸った。
しかし、魔術の炎をヒイロは避けようとすらしなかった。
既にネイサン側の盗賊と神官は、キキョウの峰打ちによって倒れている。
(手遅れであるな)
(うん)
「『大盾』」
シルバが指を鳴らすと、炎はヒイロに届く前に、不可視の障壁に阻まれ霧散した。
(助かるぞ、シルバ殿)
「これが俺の仕事だから――仕上げといこうか」
シルバはタイランの後ろから、脇に向かって駆け出した。
それを止められる者はいない。
「何!?」
「何だって!?」
前衛はタイランと切り結んでいるポール以外は全滅。
ネイサンもキキョウとヒイロに迫られ、シルバに向けて攻撃魔術を放つ余裕なんてない。
むしろ、予想外の行動に出たシルバの姿に、一瞬意識を向けさせられた。
シルバはただ、飛び出しただけ。
けれど、それは致命的な隙を二人に生んでいた。
「今です!」
タイランは斧槍を振り切り、その柄でポールの土手っ腹を横殴りにした。
「があっ!?」
息を詰まらせながら、ポールは五メルトほどの距離を吹き飛ばされる。
そのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。
「――『豪拳』」
シルバが、指を鳴らした。
骨剣を構え、ネイサン目掛けて駆け出していたヒイロの肉体に力が漲り、赤いオーラが身体から陽炎のようにあふれ出した。
「いくよっ!! 歯ぁ食いしばれぇ!!」
キキョウが一歩退き、ヒイロとネイサンの距離が縮まる。
「待っ――」
「飛んでけーーーーーっ!!」
ヒイロが明るい声と共にアッパースイング気味に、骨剣を振り上げた。
ゴスッ!!
顎を砕かれ、ネイサンは高らかに青空に舞った。
長い滞空時間を経て、ネイサンの身体はドサリと草原に倒れ込んだ。
「はい、俺達の勝ち」
シルバの宣言と共に、丘の観客たちから歓声が沸き上がった。
なお、聖職者と神官は呼び方が違うだけで同じです。
対魔コーティング:中級までの攻撃魔術無効化、上級は半減、回復や補助系は受け入れる
絶魔コーティング:魔術・祝福すべてカット
どちらにもメリット・デメリットが存在します。