鱗の籠手
そもそも、キキョウ、タイラン、リフと精霊に強い者がパーティーに三名もいるのだから、精霊が見える眼鏡だからとそういう使い方で考えれば、戦力過剰もいいところなのだ。
大体手札が多くても、戦いの最中にシルバが使える札の数など知れている。
むしろ多ければ多いほど選択に迷いが生じて、逆に身動きがとれなくなってしまうだろう。
なので、シルバとしては司祭としてこれをどう使うか、考えた。
「どっちかといえば、姿を隠す幽鬼を見極めたり、亡霊に憑依されている人間を発見したり、そっち方面で役に立つと思う」
「あ、そう聞くと、聖職者らしいッスね」
「っと、新手だな」
通路の奥から、フードを目深に被った小柄な魔術師が現れたのに、シルバは気がついた。
「みんな気をつけろよ! プチ魔道だ!」
『鉄壁』は物理攻撃には強い防御力を誇るが、魔法には今一つだ。
「せんせー、お願いします!」
「言われなくてもやるともさ!」
用心棒か俺は、とシルバは内心毒づいた。
そして、対魔術用の聖句を用意しようとした時だった。
「!?」
プチ魔道の杖の先から、赤い火の精霊が集まろうとしていた。
その杖が向けられているのは、モヒカン頭のペペロだ。
「ぺペロ、標的はお前だぞ!」
「え、俺!?」
「――そうだよ! 『大盾』!」
シルバが指を鳴らす。
魔力の障壁が現れ、少し遅れてプチ魔道が放った火球が直撃する。
「ひゃあっ!?」
ぺペロは尻餅をついた。
「……いや、先に言ったんだから、避けろよぺペロ」
「さすがに、おいらも同感ッス。けどそれでも律儀に聖句用意するッスね、せんせー」
「……そりゃ、命に関わるからな。言っただろう、俺の仕事は死なせないことだって」
ぺペロ以外の前衛二人が、プチ魔道を追いかける。
敵は一体だけだし、新たな聖句を唱える暇もなさそうだ。
「にしても、誰が標的か、よく分かったッスね?」
「この位置からなら、ほとんどの敵味方の動きが見えるだろ? だから誰が誰を狙っているのかも、よく分かるんだ」
「俺には分かんなかったッス」
「その内、分かるようになるよ。というか、今よく見といた方がいい」
「う、うッス!」
ボンゴレは両膝に手を置き、じっくり戦闘を観察し始めた。
「新手が二匹、増えたッスね。……何か、敵の数が多くないッスか?」
「それは、一戦に時間を掛けてるから、周りの敵が集まってきてるんだよ。そうでないなら、各個撃破でもっと楽ができる」
「なるほどー」
そして敵が増えたので、ボンゴレも観察をやめ、杖を構えた。
そして、呪文を用意し始める。
標的は、新手の小鬼の一匹。
杖の先に炎が灯った。
シルバには眼鏡越しに、火の精霊が収束していっているのが見えていた。
「……もうちょっと集まってくれるか!?」
シルバは火の精霊に囁いた。
すると、杖の先に宿る炎の大きさが三割ほど増した。
ボンゴレの実力では、まだ発揮されるはずのない規模の火球だ。
「……う、うわっ!?」
「びびるな! みんな少しデカイのいくけど避けろよ! あとボンゴレは魔術の制御に集中で!」
シルバに言われるまでもなく、それまでプチ魔道を追いかけていた前衛達は大急ぎで壁際に退避した。
「え、え、『火槍』!!」
半ば絶叫にも似た宣言と共に、火球は太い炎の槍と化して、小鬼やプチ魔導目がけて殺到する。
『火槍』は本来、直線上の敵を貫く魔術だ。
しかし、今使った『火槍』は持続力が長い。
ボンゴレがまだ火の続いている杖を振るうと、残っている敵も倒していった。
炎が消えた後に残っているモンスターは、二匹だけとなった。
壁にへばりついていた前衛達が、ズルズルと床に崩れ落ちる。
「まだ、二匹残ってる! これ以上、敵が増える前に倒すんだ!」
シルバが声を上げると、ペペロ達は慌てて立ち上がった。
ちょうど中間の位置にいた盗賊ネーロも鞭を伸ばし直し、攻撃に参戦する。
そして、シルバは周囲の警戒に集中した。
「っていうか、せ、せんせー、一体何したんスか!? アレ、何ッスか!?」
「この眼鏡、作ってよかったかもっていう話。……これなら、魔力を消費せずにカナリーの魔術を強化とかできそうだ。……まあ、まだまだ検討の余地はありそうだけど」
そして、前衛三人に盗賊の四人で、ようやく残っていたモンスターを倒したのだった。
ほとんど、袋叩きに近かった。
一段落ついた四人は、肩で息をしている。
「みんな、お疲れ。このまま進むと小さな部屋があるから、そこで一旦休憩しよう」
「う、うっす!」
シルバの先導で、『ハーフ・フーリガン』の面々は移動するのだった。
小部屋に入ると、『ハーフ・フーリガン』の戦士達はその場にへたり込んだ。
後衛はそれほど負担がなかったので、まだ立っていられた。
シルバが手を叩くと、戦士達はノロノロと顔を上げた。
「これから湯を配給する。ヘルメット持ってる人はそれ使って。ない人は……肩パッドでいいかな? 用意してくれるか?」
「お湯……?」
「さすがに風呂は無理だけど、顔を洗うぐらいはできるだろ?」
怪訝そうな顔をする彼らに、シルバは答えた。
戸惑いながらも、ヘルメットやトゲのついた肩パッドを手に、『ハーフ・フーリガン』のメンバーは一列に並んだ。
シルバは、逆さまになったヘルメットに左手をかざす。
「おお……」
手のひらから出たお湯が、ヘルメットに注がれていく。
これはシルバの力ではなく、左手に装備した鱗の籠手の力である。
「ふああ……生き返りやすぜ、ししょー……!」
お湯に浸したタオルを絞り、それで顔を拭ったモヒカン頭のペペロが、心から安堵したような声を上げた。
「その籠手、便利ッスね。お湯をストックできるんスか?」
同じく布タオルで首を拭ったボンゴレが、シルバの籠手を指さした。
「まあ、お湯とか水とか色々と」
鱗一つにつき一種類。
なので六種類の水を貯水することができる……が、これはわざわざ説明する必要はないだろう、とシルバは判断した。
単なる自慢にしかならないからだ。
今のところは、水、お湯、氷水、聖水がストックされている。
貯水量はまだちゃんとは確かめていないが、かなり多いのは間違いない。
「重くはないんスか」
「ああ、そこがこの籠手のいいところで、籠手の重さのままなんだよ。一種の収納袋だな」
「うらやましいッスねー……地味に水ってかさばりますし」
「だよなー」
人間にとって、水は絶対に必要だ。
冒険者だってそれは例外ではない。
しかし、武器と防具で装備をし、治療に必要な回復薬も持ち、さらに倒したモンスターの素材やダンジョンで手に入れた宝を回収するとなれば、持って行ける水にも限りがある。
それを考えれば、シルバの籠手は地味ながらも重要度は高いのだ。
「誰かコップ持ってるなら、水か氷水も出せるぞ」
「オイラ、持ってやす!」
手を挙げたのは、盗賊のネーロだ。
小さなリュックに引っかけていたコップを手に取ると、シルバの前で頭を下げた。
「パイセン、氷水おなしゃす!」
「ん。……いや、あのみんな、そんなうらやましそうな顔しなくても、ネーロのコップを使い回せばいいんじゃないか? 一応、全員分ぐらいのストックはあるし。あとネーロ、一気に飲むと腹を冷やすから、ゆっくりな」
「う、うっす!」
こうして、『ハーフ・フーリガン』とシルバは小休憩を挟んだ後、再び合流地点を目指すのだった。




