シルバ、特に仕事がなくて悩む
「困った」
『墜落殿』第一層某所。
新米パーティー『ハーフ・フーリガン』に同行していた司祭、シルバ・ロックールは唸っていた。
「……することがない」
彼の正面では、ブルーゼリーを相手に前衛三人がてんやわんやの大騒ぎだった。
モヒカンのリーダー、ぺペロのロングソードが『また』外れた。
ぺペロは焦った表情で、額の汗を拭う。
「し、ししょー、当たらねー! 敵マジで厳しいぜ!」
ぺペロだけではない。
他の二人の攻撃も、やたらと空ぶっていた。
シルバから見れば、彼らの腰が引けているのが原因なのは明らかだ。
「みんな、しっかり敵の動きをよく見ろよ。落ち着いて戦えば、ちゃんと当たるから」
「お、おう!」
前衛達は、へっぴり腰でブルーゼリーに相対する。
「真っ当に戦う分には、まずダメージは受けないから、とにかく当てることだけ考えろ」
「ら、らじゃ!」
おっかなびっくりといった調子で、彼らは再びぷるぷる震えるゼリーを突っつき始めた。
今のぺペロ達は、シルバが施した祝福『鉄壁』の効果で、仮に攻撃を食らったとしても軽いパンチ程度のダメージしか食らわないはずだ。
だから、本来はもっと大胆に攻めてもいい。
……だけど、無鉄砲に突っ込むよりはいいか、とシルバは納得することにした。
そういうのはもうちょっと、モンスターに慣れてからの話だ。
「しっかしまあ、すごいモンすねー『鉄壁』って。前衛の連中、全然ダメージ食らってないじゃないすか」
髪を尖らせたサングラスの魔術師、ボンゴレがシルバの隣で感心したような声を上げる。
同じく後衛の盗賊ネーロは鞭で前衛を援護しているが、魔力を使用するボンゴレやシルバは毎回湯水のように魔術を使える訳ではない。
現在は様子を見ながらの待機状態にあった。
「うん、まあそれがあの術の効果だからな。第一層の敵レベルなら、まー、よほどのことがない限り、直接攻撃を食らっても、死なないだろ」
言って、シルバは軽く落ち込んだ。
「そして、俺は他の補助や回復すら必要がないという……」
「ゆ、有能な証拠じゃないッスか!」
一応、シルバの課題は地力の強化であり、特に『鉄壁』の強さを高めた意義は充分にあったのは間違いないと、自分でも思う。
新米パーティーの中で、最も弱いと言われているこのパーティーに参加したのも、その為だ。
……ただ、考えてみれば『鉄壁』の強度を確かめるのは敵も、ある程度の強さがないと駄目なのだ。
壁の厚さは、全力で叩かないと分からない。
もう一つ強化した回復系にしても、ダメージを受けなければどれだけ回復出来るのか確認のしようがない。
「いや、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、こー、もうちょっと危機感がないと……俺の仕事はほら、みんなを死なせないことな訳で」
「完全に安全な状況だと、存在意義が薄い、と」
ボンゴレの言葉に、シルバはうん、と頷いた。
「いや、油断はしないつもりだけどな。『鉄壁』にしたって物理耐性であって、魔術攻撃は通すし……」
ところがどっこい、敵はブルーゼリーである。
単純な物理攻撃しかしてこないのだ。
「かといって、この辺りじゃ毒みたいな状態異常持った敵もほとんどいなくてなぁ……」
シルバのパーティーメンバーは目下、他の新米パーティーに組み込まれて行動している。
彼らのルートを優先した結果、もっともぬるいルートだけが残ってしまったのだ。
他にも幾つかルートはあったのだが、それらは設定している合流地点には少々遠すぎる。
そうした所にこそ、ポイズンフロッグなどの毒を持った敵がいたのだが。
「ちょ、そんな所に送り込まれたら、俺達死ぬッスよ!?」
ボンゴレが、焦った声を上げた。
「死なないよ」
シルバが断言する。
「俺達、グループん中で一番弱いッスよ!? 無理ですって!?」
「だから、死なないって」
「何でそう言い切れるんスか」
「俺が死なせないからだよ」
「……時々、ものすごい自信発揮するッスね、せんせー。つか地味におっかねえッス」
前衛は少し慣れてきたのか、次第にブルーゼリーを押し始めていた。
時々殴られ返されているが、ちゃんと『鉄壁』が効いているのか、かすかに怯むだけで再び反撃に転じていた。
その様子を眺めながら、シルバは回復は必要なし、と判断した。
「うん、それぐらいの覚悟がなきゃ、この仕事やってられないからな。しかし……せっかく新しい道具を用意したのに、それすら使う余地がないとはなぁ……」
言って、シルバは左の袖をめくった。
魚の鱗のような籠手が、そこにはあった。
「いやいやいや、いくらウチのパーティーがボンクラっつっても、さすがにブルーゼリー相手に後衛にまで攻めてこられませんて。あ、もしくはせんせーが、前衛に行くってのはどうッスか? あの程度の敵なら、せんせーもダメージ受けないんでしょう?」
籠手を眺めるシルバに、ボンゴレが提案する。
「んんー。それはちょっとどうかと思う。前衛がマジに戦ってるのに、ちょっと失礼っつって参加するのはよろしくない」
彼らは彼らで懸命なのだ。
シルバはそう断じて、籠手の鱗の数を数えた。
鱗は大きく、全部で六つある。
「そもそも俺、攻撃は全然駄目だからな。やっぱり、後衛まで敵の攻撃が来ないように立ち回るのがベストだよ」
一方前衛は、あまりに手際が悪かったせいか、新たに小鬼が現れていた。
ブルーゼリーよりは幾分すばしっこい敵に、ぺペロ達は再び戸惑い始めている。
もっとも攻撃力はブルーゼリーと大差はない。
ダメージがないことに安心し、前衛は攻勢に出ていた。
「その眼鏡は? せんせー、視力弱かったでしたっけ?」
「いや……度は入ってないんだが……」
シルバは眼鏡を装着する。
「?」
「精霊が見える」
レンズの向こうでは、通路を光の筋にも似たモノがゆるりと漂っていた。
フィリオの話では、大気の精霊だという。
また、壁や床天井にもうっすらと筋が走っているが、これは土の精霊だろう。
所々に、光の溜まり場が形成されており、そこに精霊達は出入りを繰り返している。
「……危ない人みたいッスね、せんせー」
ボンゴレの指摘に、シルバは地味に傷ついた。
「いやだって、マジなんだもん。レンズが精霊石製でな、こー、漂ってる精霊とか見えるんだよ。ほら、嘘だと思うなら着けてみろよ」
シルバは眼鏡を外し、ボンゴレに渡した。
ボンゴレはサングラスを外すと、代わりに眼鏡を装着した。
「おぉー!? なんだこれ面白ぇー」
虚空を見つめるボンゴレの顔は、何か変なトリップでもしているみたいで、自分もこんな危ない人間に見えているのかとシルバは不安になった。
「で、これ、どう役に立つんすか?」
シルバはボンゴレから眼鏡を返してもらい、自分に掛け直した。
「ウチの剣士、キキョウの話だと、これはいわゆる見鬼の力ってのになるらしい」
「……よく分からないッスけど」
「こっちが見えるっていうことは、相手もこっちに気づくってことだ。ほら、俺達は精霊見えないから、基本素通りだろ?」
「そうッスね」
「でもこっちが見えるとなったら、目が合うこともある。なら、交渉が可能だろ?」
「ん……あの、それ、もしかして……」
ボンゴレは気づいたようだ。
「ああ、即席で精霊術師になれるってことだな」
「何その反則級の眼鏡!?」
「そうは言っても、大したことはできないけどな」
精霊術師とは、精霊と契約を結び、その力を振るう術者だ。
契約を結ばないシルバの場合、せいぜいがその場にいる土の精霊に小さな穴を掘ってもらったり、風の精霊にそよ風を送ってもらったりできる程度だろう。
ボンゴレと話しながらも、シルバは戦いから目を離さない。
前衛の戦士達は、モンスターを相手に悪戦苦闘している。
その一人に、錆びた斧を手にした小鬼が背後から迫っていた。
「おっと。――頼む」
シルバは側にいた風の精霊に頼んだ。
精霊は小鬼の背中にスルリと潜り込んだ。
「ギャッ!?」
「うわ、後ろかよ!」
思わず悲鳴を上げた小鬼に気づいたペペロが、その小鬼を蹴り飛ばした。
「この程度」
どうだった? みたいな態度を取る風の精霊に、シルバは助かった、と手を振った。
いいってことよ、と風の精霊はどこかに飛んでいってしまった。
「え? 何、今シルバさん何かしたんスか?」
「まあ、ちょっとね」




