リフ、困惑する
「……ダメージの蓄積も何も、一撃で皆、倒してたぜい?」
というか、一回の振り抜きで複数のモンスターが倒れていた。
しかし、キキョウは首を振った。
「この階層の相手では弱すぎる。ゴーレムだの重装兵だの、あの辺りになるとまだまだ某の剣の及ばぬ所なのだ」
「キキョウさんでもですか!?」
うむ、とキキョウは頷いた。
「倒せない訳ではないが、まだ時間が掛かるな。最終的には、一撃で倒せるようになるのが理想なのであるが、まだまだ剣を極める道は遠く険しい」
「ご立派です、キキョウ様」
ルルーが尊敬の目を向ける。自分を律する類の人間が好きな、彼女であった。
「何の。もっと精進せねば、シルバ殿の助けにはならぬ」
刀身の汚れを拭い納得いったキキョウは、刀を鞘に納めた。
「幻術を鍛えるという方向性もあるのだがなぁ……某は不器用故、二つのことを同時にするような器用な真似はできぬのだ。せいぜいが、跳躍を二段に増やした程度である」
理屈としては、一度跳んだ後、そこにある『空間』を蹴り飛ばすのだ。
「……あの、それでも、充分すごいと思うんですけど」
「……うす、普通の人間には出来ないぜい?」
「まあ、この辺はちょっと特殊な種族である、某の強みであるな」
特に得意という風もなく、キキョウは言う。
「……本来なら、天を駆けることすら容易いのだが、まだまだその高みにはまだ到れぬ」
ボソッと呟くその言葉は、本人以外には届かなかった。
「今、どの辺にいるんでしょうね、シルバ様」
誰にともなく言ったチシャの台詞に、キキョウは首を振った。
「分からぬ。今回はある種の競争となっている。互いの位置は、伏せられているのでな……」
「心配ですか?」
「む、むぅ……」
キキョウの耳が元気なく垂れ下がる。
「大丈夫ですよ。シルバ様ですから」
「そ、そうなのだがな」
シルバが心配と言うより、シルバがいないのが不安なキキョウだったりする。
「でも、早く合流したいですね」
「う、うむ。うむ」
それは間違いないので、キキョウは何度も頷いた。
一方、もう一人張り切っている人物もいた。
「確かに、一番最後だったなどという恥辱だけは、避けねばなりませんね」
勢いよく立ち上がるルルーだった。
「某はもうゆけるが」
「私もです。他の皆は?」
「だ、大丈夫です」
「問題ないぜい」
全員が立ち上がり、チシャは地図を確認した。
「ルートはどうします? 迂回ルートと直進ルートがありますけど」
直進ルートの方が敵の数は多い造りになっている。
「無論、決まっている」
「ですね」
キキョウの言葉に、ルルーも頷く。
『プラス・ロウ』の面々とキキョウは、最短のルートで他パーティーとの合流地点を目指すのだった。
ブルーゼリーは起き上がり、仲間になりたそうに、こちらを見ている!
モンスターの様子に、リフは申し訳なさそうに耳を伏せた。
「にぃ……困る。リフのパーティー、もういっぱい」
そんなリフの帽子を、大きな手がワシワシと撫でた。
「あっはっはー、リフ君モテモテやなぁ」
「人徳やねぇ」
新米パーティー『ツーカ雑貨商隊』のリーダー夫婦、ゲン・ツーカとクローネ・ツーカだ。
「……でも、困る。連れていけない」
期待するようにぷるぷる震えられても、リフは困るのだ。
二十代後半、いかにも働き盛りといった風情のゲンは、自分の顎髭を撫でた。
「あー、ほんならしゃーないやろ。またゴメンなさい言うて、お引き取り願うしかないわ」
おっとりした風な妻であるクローネも同意する。
ゲンと同じ歳だとリフは聞いていたが、四、五歳年若く見える美人の奥さんだ。
「もしもの時に頼ることあるかもしれへんけどー、ちゅーてコネ作っとくのもありやねぇ」
「にぃ……リフ、人間とお話するために、このパーティー入ったのに」
ちょっと予想外の事態だった。
この辺りは、墜落殿第一層の中でも第二層への入り口が近いこともあり、最もメジャーな区画と言ってもいい。
出現するモンスターも弱いモノが多く、商人家族で構成された異色のパーティーでもさほど苦なく進めていた。
リフの課題は基本的な盗賊スキルの向上だ。
『まだ先の話だけど、深い場所になると魔術や精霊が使えないフロアとかがあるっていう話も聞いてる。だから、一応な』
とシルバは言う。
罠の解除の多くは豆の蔓に頼っているリフとしては、それが使えないとなると少々困る。
覚えておいて損はないし、今回の探索ではリフは豆の蔓を一切使っていない。
扉も宝箱も、現在の所解除に失敗はない。
それに、盗賊ギルドにリフ一人で行けるようになる為、という目標もある。
やや人見知りするリフに、このパーティーの家族は最初から親しく(馴れ馴れしいとも言う)、強引ながらも次第に打ち解けつつあった。
それはいい。
それはいいのだが、戦ったモンスターのことごとくが、自分の仲間になりたがるのには、リフもほとほと弱っていた。
まだ幼いとはいえ霊獣としての格が、力を認めた低級モンスターを惹き付けているのだろうね、とこの場にカナリーがいれば分析していただろう。
「はっはー。構へん構へん。人間以外の繋がりもあって損あれへんて。むしろ、人間にしてみたらそっちの方がお宝やで」
「に?」
ゲンの言葉に、リフは首を傾げた。
言葉の足りない夫を、妻のクローネが補足する。
「せやねえ。こんだけモンスターと仲良う出来る子も珍しいで? その力、大事にせな」
「つーかアレやな。いざとなったら盗賊やめて従魔師でもやってけるで、リフ君」
「……に? ていまー……?」
「従魔師ちゅーのはな、モンスター使役する職業のことや」
「……ゆーろの、お仲間?」
リフは前衛の長男ウォンが手を引く、自分と同じ歳ぐらいの少年の背を見た。
魔術師のローブと杖を持ち、ヨタヨタと歩いている。
ユーロウ・ツーカ。
弱冠八歳の召喚師である。このパーティーの影のエースだ。
「あー、ウチのユー坊はちょっとちゃう。召喚師ちゅーのはモンスターと契約して、必要な時に出てもらうんよ。うまいこと言えんけど、微妙にちゃう」
パタパタとゲンは手を振った。
「それもあの子の場合は、戦闘用ちゅうより主に道具管理用やからねぇ」
「せやせや」
すると、前衛に立っていた二人が振り返った。
「おとんおかんー、その言い方やとまるでゆー坊が戦闘ん時役立たへんみたいやでー」
「せやなぁ。ウチの主力やねんから、怒らせるとあかんのとちゃうかー?」
双子の姉弟、レアルとウォンだ。
おっとりとした次男、ユーロウも振り返ったがこちらはよく意味が分かっていないっぽい。
「うぉっ、そ、そんなつもりで言うたんちゃうで!? ゆー坊、勘違いしたらあかんで」
「……にぃ、父親のいげん」
呟くリフの帽子を、今度はクローネが撫でた。
「ウチはあれでえーんよ、リフ君。いざっちゅー時頼りになれば」
「そのいざって時が、あんまあれへんけどなー」
「あかんて、ウォン。あんまりホンマのこと言うたら、また落ち込むで」
「もう手遅れやっちゅーねん! お前らようそんだけ好き勝手言うな!?」
息子と娘に言われ、ゲンは涙目だ。
「……言うても、ホンマのことやし」
「なあ?」
「……父親のいげん」
「大丈夫や」
母親、クローネの笑みは崩れない。




