キキョウ、疾走する
戦いが終わり、一旦休憩となった。
キャンプの背後の通路には、無数のモンスターが倒れている。
「色々考えたんだけどねぇ……さっきも話した三体目とか……」
尊敬の眼差しで見る盗賊少女、メルティを相手にカナリーは話をしていた。
手にはワイングラス、中身はトマトジュースだ。
瓶はヴァーミィが抱えており、他のメンバーにはセルシアがジュースを注いでいた。
「……移動系の魔術の習得っていうのも面白そうだったんだけど……うん、そっちはシルバに任せた」
足を組みながら、カナリーは独り言のように言う。
一方、セルシアからジュースを注がれ、メルティはひたすらに恐縮していた。
「ウチのパーティーは、基本シルバしか回復が使えなくてね……まあ、一人いれば充分じゃないかって話もあるんだけど、ほら、僕は吸血鬼だし、タイランは鎧に魔術を弾く絶魔コーティングを施してるじゃあないか……」
ピン、とグラスを指先で弾く。
二人とも『透心』を応用したシルバの裏技で、変則的には祝福の恩恵にあずかることはできるが、それでも直接回復を受けることはできない。
そこは変わらない。
「……回復薬で賄えるけど、そうした手数は多い方がいい。何より従者による攻撃イコール僕の回復というのは、実に楽でね……」
面倒くさがりな自分にはピッタリなのさ、とカナリーは言った。
「この階層のモンスター程度なら、どれだけやられても、君達が負けることはないから、安心したまえ。強いて言えば、キーノ君の抵抗感が難と言えば難だが……まあ、職業柄しょうがないねぇ?」
「ま、まあな」
カナリーに苦笑され、助祭のキーノはそっぽを向いた。
それを鋭く見咎めたのは、魔術師のタキナだった。
「ちょ、ちょっとキーノ、どうして顔赤らめてるのよ!?」
「う、うっせえな!? 関係ないだろ!?」
「えぇ、ないわよ! アンタが誰にデレデレしようと、あたしには関係ないわよ! 相手が男の人でもね!」
「な……! お、お前だって、何かモジモジしてたじゃねーか」
なし崩し的に口喧嘩を始めた二人を眺め、カナリーは眠たげな目をリーダーであるカルビンに向けた。
「……一応聞くけど、このパーティーは、大丈夫なのかい? 主に内部分裂の可能性的な意味で」
「ま、まあ、あの二人はいつものことだ」
曖昧に頷くカルビンに、戦士のアポロと盗賊のメルティが補足する。
「今回は、何故かいつもより激しいけどな」
「あ、あの二人は幼馴染みなんですよ」
ふむ、とカナリーは唸った。
「……何ともまあベタな。まあ、みんなが言うなら心配はいらないか。さて、体力回復が必要な人はいるかい? キーノ君はあれで仕事してるみたいだから、大丈夫だと思うけど」
ワイングラスを傾けながら、カナリーは微笑んだ。
「……出来れば、合流地点には一着で辿り着きたいモノだね」
『墜落殿』第一層某所。
通路を抜けた先にあった広間は、モンスターの巣と化していた。
無数のブルーゼリーが床の上で身体を震わせ、小鬼や妖蟲がひしめいている。
勢いよく広間の扉が開いたかと思うと、紫色の影が飛び込んできた。
影が駆け抜け、蠢いていた大ミミズの身体がスパッと二分される。
周囲のモンスターも数体、同じ切れ味を残して床に伏せた。
モンスターを斬り捨てた人影は、部屋の中央で停止する。
モンスター達は突然の闖入者の正体を見極めようと、周囲を取り囲んだ。
「ふむ、数は五十といった所か……」
人影――狐耳と尻尾を持つ剣士、キキョウはのんびりと呟いた。
闖入者が刀を手にした狐獣人であることにようやく気付いたモンスター達が、咆哮を上げて円を狭めて襲いかかる。
「詠静流――」
刀を納めて、キキョウは一歩を踏み出した。
「――『朧』」
次の瞬間、モンスター達は、キキョウの姿を見失っていた。
瞬間移動、ではない。
高速の歩法でモンスター達の間を潜り抜け、包囲を脱したのだ。
キキョウの手が、自身の刀の柄に掛かる。
「『月光』」
直後、キキョウの手元が一閃し、手近にいたモンスターが五体、まとめて斬り伏せられた。
しかし敵の数は圧倒的であり、上下左右から新たなモンスターが殺到しつつある。
モンスター達の攻撃の有効範囲に、キキョウの身体が迫る――。
「『孤月』」
――金属質な音が鳴り響き、キキョウを中心とした半径二メルトの円内にいたモンスターは、身体を二分して床に倒れることになった。
その場で跳躍、頂点に達すると尻尾を振って、キキョウは空中をもう一度蹴った。
人では到達できない高みに到ったキキョウは、天井を這い回っていた妖蟲を両断する。
その様子を、新米パーティー『プラス・ロウ』の面々が、蹴破られた扉の影から伺っていた。
「……すげえ。キキョウ無双だぜい」
錬金術師兼盗賊であるボンドが、広間を駆け回るキキョウの高速移動と斬撃に、半ば呆れた声を上げる。
「感心している場合ではありません。私達も戦いますよ」
『プラス・ロウ』のリーダーである女聖騎士、ルルー・フーキンは既に臨戦態勢に入っていた。
前衛である斧使いの戦士と魔法剣士も同様だ。
「あー、はいはい。チシャ、リーダーの支援頼むぜい。あの人、すぐ突進しちゃうから」
「は、はい」
ボンドの言葉に、助祭であるチシャは頷く。
かつて一度、彼女の猪突猛進ぶりを突かれ、初心者訓練場で手痛い目に遭ったこともあるのだ。
「ま、さすがにそうそう、やられはしないと思うけどなー」
ボンドが呟いた時には、既にルルーら前衛は広間に飛び込んでいた。
最前衛に、男の戦士二人を従え、ルルーは自身の剣を掲げた。
「フーキン家代々に伝わる聖なる剣の力、思い知りなさい!」
刀身が光り輝き、聖光を浴びた周囲のモンスター達を灼いていく。
「ほう……烈光の効果とはな」
あらかじめ、チシャからルルーの剣について聞いていたキキョウは、盾にしたモンスターの影からその様子を伺っていた。
光が収まると、再び移動を開始して、敵をまた三体ほど斬っていく。
ルルー達の周囲のモンスターが全滅し、ポッカリと空白地帯が出来ていた。
「で、ですけど、油断は禁物ですよ、ルルーさん!」
遅れて広間に飛び込んだチシャが、前衛に向かって叫ぶ。
「もちろんです。かつての轍は、二度と踏みません」
正面から襲ってきた雑鬼を、ルルーは聖剣で叩き切った。
直後、横から軽い衝撃を感じ、彼女は驚いた。
「!?」
見ると、忍び寄っていたブルーゼリーがしゅうしゅうと音を立てながら溶けようとしている所だった。
「……そう言いながら正面しか見ないのは悪い癖だぜい、リーダー」
モンスターに爆薬を投げつけた姿勢のまま、ボンドは苦笑した。
十分後、広間のモンスターは一掃され、彼らは休憩を取ることにした。
「それにしても、敵が多いですね」
腰を下ろし、回復薬を飲みながら、ルルーは自慢の金髪を掻き上げた。
「そ、そりゃあ、そうですよ。この辺りは、そういうことで有名ですから」
チシャの言葉に、彼女は首を傾げた。
「聞いてませんよ?」
「言ってましたよ?」
「……言ってたぜい?」
ルルーが見渡すと、全員が頷いた。
この辺りは、モンスター自体の強さはさほどではないが、数だけはやたらに多い。
この広間にしても実は迂回が可能なのだが、それでは訓練にならないということで、突入したのだ。
「ルルー殿は、もう少し、落ち着くべきではないかと思う」
「キ、キキョウ様まで……」
ガクリ、と落ち込むルルーだった。
「……いや、そりゃ普通言うぜい」
基本的にいい奴なんだけどなー。
話を聞かないのととにかく突っ込む癖は直した方がいいよなーと思う、ボンドであった。
そのまま、爆薬の精製に取りかかる。
一方チシャは、刀の手入れをしているキキョウに話を向けていた。
「そ、それにしてもすごいですね、キキョウさん。前に見た時よりずっと速くなっています」
「うむ。ヒイロが攻撃力を強化しているようなので、某は手数を増やすことにしたのだ。下の層ではいちいち、一体ずつを相手取れる訳ではないのでな。ダメージの蓄積も重要なのである」




