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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
『アンノウン』の始動
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タイランの新装備

「……リーダー」


 それまで一人、見張りに徹していた女性が口を開いた。

 魔術師のユーリだ。

 パーティーの中でも際だった美人だが、幽鬼のような沈んだ雰囲気がそれを台無しにしている。


「ん? どうしたの、ユーリ」

「……敵」


 ユーリの言葉に、全員が立ち上がった。

 一見やる気の感じられなかった戦士のディジーや助祭のシランにしても、真剣な表情に切り替わっている。

 なるほど、ユーリの言う通り、廊下の先には何体か背の低い獣系のモンスターの姿が見えていた。


「じゃ、じゃあ、また同じように……」


 タイランが、一歩前に踏み出す。

 その横で、カトレアが両手剣を構えた。


「タイランさん、よろしく。でも、あんまり無茶しないでね?」

「は、はい……でも、少しだけ、コツは掴めてきましたから。三体は、引き受けます」

「うん。三体も担当してくれるなんて心強いよ。お願いね」


 タイランの仕事は、最前線で出来るだけ敵の足止めをすることだ。


「……要は、最初から全開だから、まずいんですよね。低速から開始して」


 脚部に力を込め、風の力を強めていく。

 最初はゆっくり、そして徐々に加速していく。

 敵は四体、カッパーオックスと呼ばれる雄牛系のモンスターだ。

 この第一層では、やや強めの実力がある。


「ぶるる……う!?」


 突進しようとしたカッパーオックスが、一瞬躊躇う。

 それも当然、タイランは足を動かさないまま、迫ってきているのだ。

 距離感を錯覚してもおかしくはない。

 結果、カッパーオックス達が勢いをつける前に、タイランのタックルが成功した。

 二体のカッパーオックスが、後ろへと弾かれる。

 しかし残りの内一体がタイランに躍りかかり、もう一体がタイランの脇を抜けて背後のパーティーに駆け出した。


「ぐっ……! 一匹そちらに行きます!」

「任せて!」


 ポニーテールを揺らしながらカトレアが両手剣を握り直す。

 その横でディジーも小盾(バックラー)を前に構え、助祭のシランも大盾を床につける。

 さすがに一匹程度、自分達で処理できなければ、格好が付かない。




 カッパーオックスの攻撃はひたすら突進のみという、単調なモノだ。

 しかし、二撃、三撃と重い突進が繰り返し続くと、さすがにタイランも緊張してきた。


「ふぅ……!」


 浮遊(ホバー)式移動で敵の攻撃を回避し、斧槍で敵を迎撃する。

 新たな一体が横から高速で迫ってくる――のが、突然、爆発の一撃で吹き飛んだ。

 さらにその胴体に、深々と矢が突き刺さる。


「……援護」


 遠方から爆裂魔術を放ったのは、ユーリだった。

 その横で、モモもボウガンを構えている。


「あ、ありがとうございます。私は絶魔コーティングされてますから、気にせず撃って下さい」

「……うん」

「あいさー!」




「ってアンタ達、こっちの手伝いは!?」


 小盾(バックラー)を前にかざし、剣を振るうディジーの後頭部を、カトレアは叩いた。


「何言ってるのよ!? わたし達、一匹相手に三人で相手してるのよ!? こっちこそしっかりしなきゃ……!」


 いくらカッパーオックスが、ブルーゼリーなどに比べて強いと言っても、たかが知れている。

 本来、三人でも充分な相手なのだ。

 むしろ、それを三体、一人で相手しているタイランの援護を優先するのは当然とも言える。


「そりゃごもっともねー。助祭の私までこっちだし……にしても、丈夫な奴ねコイツっ!!」


 助祭のシランが苛立たしげに、メイスでカッパーオックスの頭を殴った。


「ブルッ!」


 苛立ったカッパーオックスが、首を振るう。


「ひゃっ!?」

「きゃあっ!?」


 二本の角が、ディジーを弾き飛ばし、シランも壁に叩き付けられた。


「ディジー、シラン!?」




 それには、タイランも気がついた。

 タイラン自身は、鎧の防御力でダメージはほとんどない。

 カッパーオックスを引きつけていれば問題ないのだ。


「いけない! ユ、ユーリさん、こっちはいいからカトレアさん達のサポートに回って下さい……!」

「承知……でも、呪文が間に合うか自信がない……」


 二人を倒したカッパーオックスは距離を取ると、後ろ足を蹴り始めた。

 カトレアが戦慄する。


「チャージに入った……! 二人とも、早く立って!」

「そ、そんなこと言われても足が……」


 苦しげな声を上げるディジー。


「じゃあ、せめてシランが大盾でって気絶してるーっ!?」

「……きゅー」


 シランは気絶していた。


「にゃあ! 装填ギリギリー!」

「……詠唱もギリギリ」

「じゃあ、わたし一人!?」


 何気に絶体絶命だった。




「み、みなさん……!」


 タイランは既に、カッパーオックスを二体、倒していた。

 何しろほぼ突進してくるだけなので、動きを見切ってカウンターを当てれば、倒すのはそれほど難しくない。

 首を振るっての牙攻撃も、タイランの重量があれば揺るぎもしない。

 ……もちろん、ある程度の修羅場を踏んだり、キキョウのような超高速で動く人間と修練を積んでいるタイランだからこそ、その域に達しているのだが。

 残りは一体。

 それも、大分ダメージが蓄積しているのか、その勢いも減衰している。


「こっちはいいから! そりゃ助けて欲しいけど、飛び道具でもなきゃ、この距離じゃどうにもならないわ!」


 カトレアが叫ぶ。

 いくら浮遊(ホバー)式移動のスピードでも、さすがに間に合わない。


「なら、どうにかします……!」


 言って、タイランは自分に迫る最後のカッパーオックスを蹴っ飛ばした。

 そしてその場で浮遊(ホバー)式移動を全力で噴射し反転、右腕を構えた。


「ロケットアーム!」


 タイランの腕が爆音と共に飛んだ。


「えーーーーっ!?」


 仰天するカトレアをよそに、タイランの巨大な手はカッパーオックスの首根っこをしっかりと掴んでいた。


「ぶるがっ!?」

「つ、つかみました……!」


 タイランの二の腕からはワイヤーが伸び、それが分離した腕に繋がっている。

 そのワイヤーを、引き戻しに掛かる。

 が、タイランの後ろでヨロヨロとカッパーオックスが立ち上がる。

 そして、後ろ足を蹴り始めた。

 背中に向けて、突進してくるつもりだ。


「モモさん、ユーリさん!」


 タイランは、後衛二人に声を張り上げた。


「……承知」

「任せて!」


 爆裂魔術と矢が、タイランのすぐ横を抜けていき、背後のカッパーオックスに直撃する。


「こっちも、トドメ!!」


 首根っこをタイランに掴まれブモブモと慌てる敵に、カトレアが走りながら、両手剣を振り上げる。

 ――完全に勝負が着いたのは、それからすぐのことだった。




 ゴールである合流地点まではもう少しなので、タイランは気絶している助祭のシランを背負っていた。

 浮遊(ホバー)式移動はほぼ揺れないので、負傷者にも振動を与えずに済むのだ。


「やっぱ、ウチは火力不足ねー……」


 はー、と横に並んで歩きながら、カトレアは深く息を吐いた。

 シランの大盾は、彼女が背負っていた。


「い、いえ、充分強いと思いますよ?」


 タイランのフォローに、殿(しんがり)のユーリがボソリと言う。


「……決定打が足りない」

「だよねー。五人で一体相手にあんな手こずってちゃ……あ、シーちゃん気がついたよ?」

「ん……?」


 シランが、ゆっくりと目を開けた。


「え……!? あ……っ」


 自分がどういう状況にあるか把握し、少し慌てる。


「し、しばらくは、安静にしていて下さいね……? まだ、先は長いですから……特に回復役は、体力と魔力を温存しておかないと……」

「え、ええ……」


 タイランが背負っているシランに声を掛けると、何故か彼女は頬を赤らめた。

 鋭く見咎めたのは、小盾(バックラー)をつけている方の手で、シランのメイスを持っているディジーだ。


「ちょ、ちょっとちょっと、シラン、何赤くなってるのよ」

「……いや、鉄の塊も悪くないかも」


 おそろしく広い背中に身体を預けながら、シランが呟く。


「こ、この浮気者! 貴方はキキョウ様への愛を貫きなさいよ!?」

「ちょっと待って……『貴方は』? そういうアンタはどうなのよ?」


 微妙に眉をひそめながら、シランはディジーを見下ろした。

 何故かディジーは耳まで真っ赤にしながら、そっぽを向いた。


「そ、そんなの、どうだっていいじゃない! ただ、ちょっと頼りになるなって所を評価してるだけだし」


 はーっ、とカトレアはこれでもう、何度目になるか分からない溜め息をついた。


「……タイランさん、もうホントねわたし、ごめんなさいって言うしかないの。これさえなけりゃ、いい子達なのに……」

「……ごめんなさい」

「めんごー」

「……お、お気になさらずに」


 謝る三人に、控えめに言うタイランだった。

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