ヒイロ、新米パーティーを手伝う
ダンジョン『墜落殿』の第一階層は、石造りの迷宮である。
等間隔で灯りが点されている壁は、苔が繁殖しどことなく湿っぽい。
おそらく古代のこの場所が、地下水路だったと想定されているせいだろう。
全員が妖精族、そして黒鉄級で統一されているパーティー『フェアリーズ』は、探索を始めて十数分、ようやく初めての敵を倒し終えた所だった。
飢犬と呼ばれる痩せた狂犬は、予想以上に俊敏で、手こずる相手だった。
「はぁ……はぁ……」
パーティーのリーダー、カカ・ボラジは何とか最後の一頭を殴り倒し、大きく息をついた。
立派な髭とずんぐりとした体躯が特徴的な、山妖精という種族の格闘家である。
その彼に、不意に声が掛かる。
「あ、危ない!」
顔を上げると、身体をくの字に折り曲げた飢犬が、カカ目がけて飛んでくる所だった。
「ぬおお、危ねえっ!?」
咄嗟の回避が間に合った。
飢犬は壁に叩き付けられ、そのまま動かなくなる。
もはや、半分肉塊状態だ。
いや、そもそもが跳びかかってきたモノではなく、同行者が倒した魔物だ。
あまりの攻撃の威力に、こちらまで飛んできたのだ。
「ごめんごめん。大丈夫だった?」
「お、おう」
駆け寄ってきたのは、身体よりも大きい幅広の骨剣を担いだ、鬼族の子であった。
革製のブレストアーマーとやたらごついブーツ以外は、特に防具らしい防具も着けていない。
健康的な腕も足もほとんどむき出しだ。
名前をヒイロといい、本来はもう少しレベルの高いパーティーに属している。
今回はとある目的の為に、カカ達に同行していた。
「あんまり素早くて鬱陶しかったんで、力任せに殴ったら派手に飛んじゃった♪」
あははーと、ヒイロは陽気に笑う。
「今度からは気を付けるだよ」
「うん」
元気よく頷き、ヒイロは周囲を見渡した。
「とりあえず、ここにはもう敵はいないね」
「ん、んだ。しっかし、やっぱすげえだなあ、アンタ」
「ん? 何が?」
「や……オラ達が五人がかりで三匹に手こずってる内に、もー、十匹も倒しちまって。オラ達、まだまだだなぁ」
ボリボリと頭を掻くカカ。
しかし、ヒイロは首を振った。
「いやぁ、これは慣れの問題だと思うよ。ボクはしょっちゅう狩りもしてるしね。もーちょっと相手の癖が分かると効率いいんだけど」
「……あれで、効率悪いだか」
少し離れた所に無造作に散らばった、モンスターの死体を見て、カカは少し途方に暮れたりする。
「うん。モンスターの動きってのが分かるのと分からないのとでは大違いだよ。それが経験ってもんだ……ってのが、先輩、あ、ウチのリーダーのシルバさんのことね。その人の台詞な訳で。それにしても、なかなか出ないねぇ」
「何がだ?」
「魔術を使う魔物。この辺に頻繁に出て来るって聞いたんだけど……ボクの目当てはそれなんだよねー」
「はて? だがしかし、確か、鬼族は魔術に弱いんだったんでなかっただか?」
苦手な敵が目当てとはどういうことだろうと、カカは思う。
「うん。だから、カカさんらに同行させてもらってるんだけどね。妖精族はほら、ボクらと違って魔術に強いし?」
「オラ達としては、ヒイロさんに付いてきてもらって超心強いけど、ほんなれば、シルバさんらと一緒が一番いいんでないだか?」
「そりゃまあ、そうなんだけどさ……」
うーん、とヒイロは腕組みして唸った。
「うん?」
「……この階層の相手だと、ボクが倒すより先にキキョウさんがあっという間に全滅させちゃうんだよ。ボクとタイランの出番がほとんどなくて」
「……贅沢すぎる悩みだべ」
この階層でひーひー言っている自分達としては、そんな感想しか出ない。
「かと言って、第三層にいきなり踏み込むのもきついしね。休みの間にもみんなそれぞれ力つけてたみたいで、その成果がどれほどのモノか、ちょっと実感してみる為にもこの階層で慣らしてみるってことなんだよ」
それが、ヒイロの目的なのだという。
元々は、シルバ達は自分達のパーティー内で二人一組で分かれ、第一層を探索するつもりだったらしい。
しかし、以前関わりを持った、複数の初心者パーティーが、第一層の探索をするというので、なら同行させてもらおうという話になったのだ。
基本的に迷宮探索は、迷宮の横幅や役割分担、報酬の分配率から考えても、五人から六人で一組が理想とされている。
とはいえ、少数精鋭をモットーにしていたり、単純に仲間が集められなかったという理由で、人数が少ないパーティーだって存在する。
そうしたパーティーに、今回ヒイロ達はそれぞれ一人ずつ、参加してくれていた。
カカ達新米パーティーとしては、強力な護衛が付くことになる。
一方、ヒイロ達にしてみても適当に腕を試しながら、回復や後方支援の世話になることが出来る。
どちらにとっても損のない話なので、あっという間に臨時のパーティーは完成したのだった。
『墜落殿』はあちこちに出入り口があり、今頃は他の冒険者パーティーも、合流地点目指して行動しているはずだ。
「まあ、第一層はそれほど強い魔法を使うもんすたはいねえらしいし、そういう意味ではちょうどいいべな」
「そういうこと」
カカとヒイロは頷き合った。
「んだらば、もうちょっと先に進んでみるべか。合流の時間までは、まだ余裕があるでよ」
「そだね」
再び一時間ほど歩き、ようやくヒイロが目当てとしていた魔物の群れが現れた。
プチ魔道と呼ばれる、フードを目深に被った小柄な魔術師の集団だ。
杖を持った彼らは、全部で五体いる。
「出ただよ、ヒイロさん!」
「うっし! じゃあ、ここはボクに任せて!」
ヒイロはモンスター目がけて飛び出した。
「うす! サポートは任せるだ!」
カカ達フェアリーズの五人はその場で待機する。
ただし、いつでも飛び出せるように準備をするのは、最低限の用心だ。
「ありがと! でも魔法ダメージ減らす類のはいらないから! 回復だけよろしく!」
「い、いいだか!?」
「それが、ボクの課題!」
言って、ヒイロは更に加速する。
しかしそれでもプチ魔道達の呪文の方が早い。
モンスター達は次々と火球を出現させると、それをヒイロ目がけて飛ばしてきた。
ヒイロは骨剣をグルンと逆手に持つと、それを自分の前に立てて突き進む。
「おおおおおっ!!」
後ろで待機していたカカ達は、複数の火球を前にも怯まないヒイロに、舌を巻いていた。
「す、すげえ……被弾したまま、突進してるだ」
「違うわ、リーダー。あれは全部受けきってるのよ……! 武器を盾にしてるの!」
フェアリーズの紅一点、森妖精の魔術師ミナスが興奮に耳をピコピコ揺らす。
「マジだか、ミナス!? 全然止まらないだ!」
ヒイロは間合いに入ると、骨剣を横殴りに振るった。
「はあっ!!」
その一撃で、三匹のモンスターが派手に吹っ飛ばされる。
しかし残った二匹が、新たな火球でヒイロを攻撃する。
「食らわないよ!」
ヒイロは骨剣を器用に操り、腹や柄で二つの火球を弾いた。
「あの動きは、剣と言うより棍に近いだな……」
カカは感心したように、そんな感想を漏らした。
「ふぅっ……」
大きく息を吐き、残る二匹を相手取るヒイロ。
通路の向こうから、新たなプチ魔道が三匹、出現する。
「……新手っ!」
フェアリーズの神官、土妖精のハルティが杖を握りしめた。
「ここは、ヒイロさんに任せるだ。でもハルティは、念のため『回復』を用意しとくだよ」
「はい!」
ちょっと見、子供のような土妖精は、険しい表情で頷いた。
森妖精のミナスも表情を強張らせる。
「バックを取られた! 防御が間に合わないわ!」
敵は全部で五体。
ウチの一匹が素早くヒイロの背後に回り、火球の準備を始めていた。
「やばい、ヒイロさん!」
五匹のプチ魔道が一斉に火球を放った。
「だいじょう……ぶっ!」
ヒイロは大きく骨剣を振るった。
火球ごと正面二匹のプチ魔道を薙ぎ倒し、その勢いのまま後ろ蹴りを放つ。
背後から飛んできた火球が、その蹴りで弾き返された。
自分の火球を喰らい、プチ魔道が炎に包まれる。
「魔術蹴ったーーーーーっ!?」
フェアリーズの全員が突っ込んだ。




