龍魚の礼
シルバ達は、大きな部屋に入った。
龍魚を信奉する一派達の、神殿だ。
どこからか陽光が入り込んでいて、側面と奥の壁からは緩やかに水が流れ、周囲の壕をたたえている。
何となく、晴れた日の川をイメージさせる部屋だった。
神殿には、二人の若い巫女がいた。
左右それぞれに五人の信者が、正座で控えている。
シルバ達は床に敷かれた絨毯に、直接腰を下ろすよう指示され、その通りにした。
しばらく待っていると、二人の巫女が顔を上げた。
「お待ちしておりました」
「主様がお待ちかねです」
二人が口を揃える。
「「我らが主、龍魚の霊獣、リンド様のお出ましです」」
奥の大きな壕に魚影が浮かび、やがて緩やかに甲冑のような鱗に包まれた魚が出現した。
大きさは一抱えほど。
その瞳は、シルバ達の知る魚類とは異なり、知性の輝きを宿していた。
緩やかに空中を泳ぎ、龍魚リンドはシルバ達の前で滞空する。
「パーティー『アンノウン』のリーダー。ゴドー聖教の司祭、シルバです」
リンドは無言。
どうやら、巫女二人が念話で、リンドの言葉を代弁するらしい。
『……ねえねえ、あのお魚さんって喋れないのかな?』
シルバの背後に控えていたヒイロが、タイランの鎧を軽く叩いた。
シルバを介した、『透心』での会話である。
『はい?』
『霊獣って、喋れるモノだと思ってたんだけど』
その視線が、フィリオに向けられていた。
フィリオは正面を向いたまま、ヒイロに応える。
「霊獣も様々でな。彼女はまだ若い。もう少し年を経れば、ここにいる全員とまとめて念話が使えるようになるが、まだ足りん」
言って立ち上がり、袖から手を出した。
「我が手を貸してやろう」
フィリオの掲げた手が輝き、シルバ達の頭に直接、若い女性の声が響き渡る。
『あ……え……?』
戸惑ったような声は、龍魚リンドのモノだ。
丸い目が、瞬いていた。
「これで代弁者の必要はないだろう」
フィリオは表情を変えないまま、そう呟いた。
だが、収まらないのは、リンドの信奉者達だった。
「わ、我が主に何と不遜な!」
「礼儀を弁えぬ奴!」
彼らが崇める存在に、問答無用で怪しげな術を掛けられたのだ。
憤るに決まっている。
二人の巫女が声を上げ、周囲の信者達も槍を手に取り、シルバ達を取り囲んだ。
フィリオは、リンドを見据えた。
「……何とか言ってやれ、娘」
『よいのです。お下がりなさい、ティー、ヘレン。皆も同様です』
落ち着いた声で、リンドは命じた。
「……リンド様!?」
ティーとヘレンと呼ばれた二人の巫女が、動揺する。
しかし、龍魚は微動だにしないまま、彼女の信奉者達に説き続ける。
『その方は私などより遙かに徳を積まれている方です。決して手出しはなりませんよ』
「は、はい……」
ティーが手を上げるとフィリオ達を囲んでいた槍の穂先は引っ込み、信者達も元の場所に戻っていった。
「すまんな」
申し訳ないなど欠片も思ってない風情で、フィリオが胡座をかき直した。
『いえ……お初にお目にかかります。水龍ミサクの娘、リンドと申します』
「フィリオ・モース。今は、そう名乗っている」
ざわ……と、周囲の空気が騒然となった。
「フィリオ……」
「モースって……」
ティーとヘレンも顔を見合わせる。
だが。
「それ以上、探るな」
フィリオの一言で、部屋は即座に沈黙した。
「そして語るな」
「「は、はい!!」」
二人の巫女は直立不動で、返事をした。
「それに我は、此度の主役ではない。構わず話を進めよ」
『はい。ありがとうございます』
リンドは、シルバを見た。
『この度の件、皆さんには大変お世話になりました』
「いや……その、それは単なる偶然だったんですけどね。別の目的で動いていて、たまたまだっただけで」
その辺の事情は既に、リンドを巫女達に返す際、キキョウが説明を済ませていた。
『くすっ……それでも、助けていただいた事には変わりありません。何かお礼がしたいのですが……』
「それですけど、先程の理由もあって特に何もないんですよ」
それについては、他のメンバーとも相談を済ませていた。
そもそも、どういうことが彼らに可能なのかも分からない以上、金銭を要求するのも何だか下品な気がする。
という訳で「まあ、お互い助かってよかったんじゃない?」というえらく大雑把な結論が、シルバ達の出した答えだった。
『では、こちらで用意させていただいたモノでよろしいでしょうか』
龍魚が促し、ヘレンが平たい箱を持ってきた。
どことなく表情が強張っているのは、シルバ達の後ろにいる『フィリオ・モース』の存在が大きいのだろう。
シルバは蓋を開けた。
「これは……」
シルバが声を上げる。
開かれた箱の中には、一塊の透明な石が置かれていた。
「精霊石ですね」
タイランは一目で見抜いた。
フィリオも感心したようだ。
「……ふむ、中々よいモノだな。娘、お前が精製したモノか」
『恐縮です』
「手に取ってみても、いいんですか?」
シルバの問いに、リンドは軽く尾を振った。
『どうぞ。それは貴方達のモノです』
シルバは精霊石を手に取ると、陽に透かしてみた。
「きれー」
ヒイロが感心したような声を上げる。
「……何か、動いてるのが見えるけど」
シルバは石を通して、何やら細くうっすらとした魂のようなモノが、空気の中にいくつも揺らめいているのを確認した。
フィリオはシルバと石を交互に見、ふむと頷いた。
「大気の精霊だな。純度の高い精霊石ならば、それぐらい透けて見えて当然だ」
「人間としては、珍しいんですよ」
「先輩先輩、ボクも見たい!」
「分かった。キキョウはいいのか?」
シルバはヒイロに精霊石を渡し、キキョウに尋ねた。
「某はよい。……というか、某も見ようと思えば、見ることができるのでな」
「タイランは……まあ、聞くまでもないよな」
「は、はい」
となると、一番興味を持ちそうな仲間が、この場にいないのが残念だ。
「……まあ、ここを出てから、渡してやればいいか」
つぶやき、シルバは考える。
さて、この精霊石で何ができるのか。
「色々、できるぞ」
「に、いろいろ?」
フィリオの言葉に、リフが首を傾げる。
「うむ、色々だ。要は空気に干渉することができる。風を呼ぶ。水の中で呼吸をする。空を飛ぶ……長時間はさすがに厳しいが、人間が高いところから落ちても平気な程度には使えるのではないか?」
「に……みんなで相談」
「シルバ・ロックール。相談ぐらいなら、乗ってやろう」
「ありがとうございます……と、まずはこちらが優先ですね。こんな貴重なモノを、感謝します」
シルバは、フィリオに頭を下げかけ、慌てて先にリンドに礼を述べた。
そして、改めて、フィリオにも頭を下げる。
『いえ……当然の礼ですから。他に何か私達にできることはありますか?』
少し考え、シルバは頷いた。
「そうですね……じゃあ、教会の関係者として伺いたいことがあります」
『何でしょうか』
「貴方を掠った連中について、聞きたいかなと……教会の上の方にも届けておきたいので」
シルバは懐からコインを取り出した。
トゥスケルという組織の証だ。
『ああ、そのことですか……しかし、私もよく憶えていないのですが……』
どことなく申し訳なさそうに、龍魚は頭を項垂れた。
「憶えている範囲で結構ですので」
『分かりました。この状態で話すよりも、文書でまとめた方がよいかと思います。それでよろしいですか?』
「助かります。大聖堂の方に送っていただけますか」
『わかりました』
それから控えめに、巫女の一人、ティーが割って入った。
「リンド様、そろそろ……お身体に障りますから」
『はい。それでは皆さん、ごきげんよう……』
こうして、龍魚リンドとの面会は終了した。
龍魚の神殿を出て、セルヴィ霊域の通路を歩く。
ヒイロがジッと、フィリオを見上げていた。
「……何だ?」
「いや、うん、すごくえらい人だったんだなーって、改めて思っただけ」
「……お前はもう少し、霊獣について勉強するべきだ」
「リフちゃんの相手をしてる時と、全然違うし」
「ぬう……」
唸るフィリオ。
シルバに聞こえるぐらいだから、他の皆の耳にも届いているだろうが、誰も突っ込まなかった。
シルバは、精霊石の入った箱を脇に抱え直した。
「とりあえず戻ってから、使い道を考えようか」
「であるな」
シルバの隣で、キキョウが頷く。
用事を終えたシルバ達は、しばらくセルヴィ霊域の中を回り、外に出たのだった。




