セルヴィ霊域
「ところでリフ」
「に?」
「気になってたんだけど、変わったチョーカーしてるよな」
頭を撫でながら、聞いてみた。
何だか魔術刻印のようなデザインのチョーカーだった。
「に、せんせえにもらった」
「……」
シルバは微妙な表情で、フィリオを見た。
「事実だ」
仕方ないという風に、フィリオは頷いた。
何となく二人とも、こと相手がストア・カプリスとなると心が通じ合っている部分があった。
そしておそらく魔術刻印のようなではなく、これはそのモノなのだろう。
「変な呪いとか、なかったですよね?」
「お前はもう少し、師匠に敬意を払うべきだな。かなり難しいと思うが。第一、リフにそのようなことをされたら、さすがに我も黙っておらん」
「ま、そりゃそうですね」
危険はないだろう、とシルバも判断した。
「で、先生が作ったってことは普通のベルトじゃないよな、それ」
「に、すごいの」
ちょっと得意げに、リフは言った。
「具体的には?」
「へんしん出来る」
「……へんしん?」
「に」
リフは少し後ろに下がると、ポーズを取った。
「へんしん」
言うと同時に、リフの体は光に包まれた。
「な……!? リ、リフ!?」
パサ、とリフは服を残して消失した。
「にぃ……」
服の中から、鳴き声が漏れる。
モソモソと蠢き、中から出てきたのは首輪をつけた白い仔虎だった。
「こ、仔虎になった……!?」
にぃ、と鳴くリフの首の後ろを、シルバは持ち上げた。
「シルバ・ロックール。我が娘だ。そのような持ち方をするな」
『に、リフはかまわない。小さいから、あちこち侵入できる。盗賊、そういうのだってせんせえ言ってた』
精神共有のお陰で、会話に支障はない。
「な、なるほど……」
ただストアがこれを与えた一番の動機は、面白がっただけのような気がするシルバだった。
「そういえば、フィリオさん」
リフを見て、ふとシルバは思い出した。
「何だ?」
「山に置き去りになってるリフのお兄さん達って罰受けてるそうですけど……こっち来るんですか?」
手の中で、リフを撫でながら、シルバは尋ねた。
フィリオはうむ、と頷く。
「今は、百日ほど強制修練の刑に処している。我を崇める森妖精達の監視付きでな。今度はそうは簡単に、逃げられんだろう。それが終われば、こちらに連れてきてもよいと思っている」
『に。父上、何十日かに一回会いに行く。リフだけ、ちょっと不公平』
「……うむ」
こっちに来て……まあ、この屋敷で暮らすことになりそうだなあ、と思うシルバであった。
「で、リフはその姿から元に戻れるのか?」
両手で抱えたリフにシルバが聞いてみると、フィリオがすかさず突っ込んだ。
「元という意味では、その姿が本来の姿なのだが」
確かにその通りである。
「獣人系という意味で」
『もんだいない』
「……そういえば、ふと疑問に思ったのですが、何でリフは獣人で、フィリオさんは人間なんですか?」
「お前の師匠である白い魔女の話では、盗賊ならば感性や敏捷性を重視して、そちらの方が良いという話なのだ。その点は、我にも異存はない」
「はー」
一応考えてはいるんだな、と思うシルバだった。
「もっとも、一番の理由はむしろ、我がこの状態で耳や尻尾があっても気持ちが悪いからだ。ドン引きだ」
「……た、確かに」
想像してみた。
街を歩いていたら、確実に警吏に職務質問されそうだ。
あと、山の主がドン引きなんて言葉使うと、違和感が半端ないな、とシルバは思った。
「じゃあ、そろそろリフ。元の格好に戻ってくれるか?」
シルバの腕の中で、リフは申し訳なさそうに身動ぎした。
『にぃ……それが、このへんしんの悩み所。すぐは無理』
「無理?」
『首輪にボタンある。それを押す』
「これか?」
シルバが手を伸ばすと、何故かフィリオが慌てた。
「ちょ、おい待て……」
「え?」
よく分からないまま、シルバは首輪のボタンを押した。
そして、押した瞬間、自分の失敗に思い至った。
『に。も一回、へんしん』
一瞬光が迸り、リフは元の獣人の姿に戻った。
一糸まとわぬスレンダーな肢体が露わな姿――すなわち全裸で、シルバが抱きかかえている格好だ。
「なっ……!?」
一瞬身体が強張る、シルバ。
「見るな、ロックール!」
「ちょっ!?」
フィリオが手を突き出すのを見て、とっさにシルバは身を屈めた。
直後、上半身のあった部分を強烈な精霊砲が貫いた。
精霊砲はそのまま窓を突き破り、まだ日の昇っていない明けの空へと消えていく。
いや、窓でよかったと思うべきか。
本棚が破壊されたら、シルバとカナリーに深刻なダメージである。
「姫、早く服を着ろ!」
フィリオは慌てた声で、シルバからリフを奪い取ると、床に落ちていたコートを巻き付けた。
「に?」
リフはまるで分かっていなかった。
「あ、あんた、俺の着替えの時と言ってることが全然違うじゃないか!?」
「当たり前だ!」
尻餅をついたまま抗議するシルバを、フィリオは怒鳴りつけた。
直後、キキョウが書斎に飛び込んできた。
「シルバ殿、一体何の騒ぎで……あ、る……か……?」
コートだけを巻き付けた裸のリフ。
何とかそのコートを着せようとするフィリオ。
そして尻餅をつくシルバ。
――一瞬、部屋の空気が硬直し、キキョウの悲鳴が早朝の屋敷に響き渡った。
セルヴィ霊域。
無数の世界が重なり合っている領域……とされている巨大な施設は、聖職者ギルドを兼ねている。
大聖堂ほどではないにしろ、高さは五階建てぐらいはあるだろう。
建物の形はほぼ正方形で、周囲を太い幾つもの柱が立ち並んでいる。
その内側は白い壁で囲まれ、あちこちに換気用の窓が開けられている。
飾り気はほとんど無い。
どこの宗教にも重ならないように、一切の浮き彫りが禁じられているのだ。
幅の広い階段を上ると、正面が通路となっていて、そのまま後ろの出入り口に通じている。
天井は高く、様々な垂れ旗や布が吊されている。
空中には光の精霊が緩やかに舞っているも、施設内はどこか薄暗い。
左右に幾つもの部屋が並んでいる。
等間隔で通路が並んでいるのは、裏手にも部屋があるからだろう。
行き来する人間の服装が、多彩な宗教衣装なのが、特徴的だ。
人の行き来は、それなりに多い。
そんな建物を、フィリオを加えたシルバ達一行は、訪れていた。
龍魚の霊獣を崇める団体は、精霊宗教として大きいムゼン信仰の一派なのだという。
「はー、神殿ってこんな風になってるんだ……」
物珍しげに、ヒイロは霊域を眺め回していた。
石畳の通路は数十メルトほどの幅があり、天井は呆れるほど高い。
「……ここは一般的な神殿じゃないから、あんまり参考にはならないぞ」
「どの宗教にも当たらない宗教施設っていうのも、珍しいですよね……」
タイランが、そんな感想を漏らす。
施設内には、お香、香油、古くなった御札の匂い、溶ける蝋燭の香り、様々な匂いが充満している。
そこかしこから、小さく経を読む声やオルガンの響く音が控えめに聞こえてくる。
「カナリーさんも来ればよかったのになー……」
ヒイロは少し残念そうだった。
出発前、カナリーは屋敷のリビングで従者二人に囲まれながら香茶を啜り、
「宗教ごった煮といえど、神の住む場所だろう? 特に害はないと思うけど、気分的にあまり入りたくないね」
と肩を竦めたのだった。
そうした理由で、カナリーだけは、今回の招待に応じなかったのであった。
「……ま、こればっかりはしょうがないだろ」
「先輩、質問」
シュタッとヒイロが勢いよく手を上げた。
「何だよ後輩」
「こんなに天井高いんだから、もっと二階建てとか三階建てにすればいいのに、何でみんな一階に部屋作ってるのかな? 勿体なくない?」
「俺もそう思うけど、まあちょっと考えてみろよ。余所の宗教が二階で、自分ところが一階ってシチュエーション」
「……あ、あー」
ヒイロは少し考え、手を合わせた。
思い至ったようだ。
「に! 上下関係できる」
「うむ、そういうことだろうな。よく気づいたぞ、リフ」
「にうにう」
フィリオがリフの頭をワシワシと撫でた。
「でもまあ、やっぱり勿体ないとは思うけどな。……キキョウ、龍魚の団体って、どの部屋か分かるか」
シルバは肩を竦め、キキョウに訪ねた。
「うむ、ちゃんと招待の手紙に、見取り図も用意されていたのだ。問題ない」
キキョウの足取りに迷いはない。
「に、おさかな」
何となく嬉しそうなリフの頭に、シルバは手を置いた。
「……変な方向に興味持っちゃダメ」
「にぃ」
まあ、食べないとは思うが、それでもちょっと心配なシルバだった。
考えてみると、この辺り自作品の一つ、ガストノーセンの原型っぽいですね。




