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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
『アンノウン』の始動
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朝駆け

 風を感じて、シルバは目を覚ました。

 空はまだ暗く、眠気が頭を薄ぼんやりとさせていた。

 体内時計が、普段起きる時間より早いことを示している証拠だ。

 風は、扉の方から吹いているようだ。

 ……?

 シルバは考える。

 ちゃんと、戸締まりしたよな、俺?

 意識の中で疑問を抱きながら、ちゃんと目を開いた。

 猫耳猫目の幼女が、横からシルバを見下ろしていた。

 帽子は取られ、白金髪は後ろで束ねられている。


「にぃ」

「……」


 さて、どう突っ込もう。

 そう考えていると、壮年の男が反対方向からシルバの顔を覗き込んだ。


「リフが起こしに来たのだ。起きろ、シルバ・ロックール」

「ぬおうっ!?」


 たまらずシルバはベッドから転がり落ちた。


「にぃ……お兄、父上の声で起きた」


 猫耳幼女――リフは無表情だが、どこか残念そうだった。


「おのれ……貴様」


 そして拳を握りしめる壮年の男は、霊獣が人の姿をとったリフの父親、フィリオだ。

 精霊砲を放つ気なのか、手の平をシルバに向けようとする。

 朝っぱらから、命の危機だった。


「ち、違う……! そういう意味で起きたんじゃない!」


 別に、フィリオの声に応えた訳ではなく、単に驚いただけだという事を、シルバは懸命にリフに説明した。

 落ち着き、シルバは椅子に座った。


「というか、どこから入ってきたんだ、二人とも。鍵は掛かってたはずだよな?」


 ちなみにこの部屋は、三階である。

 これまで暮らしていたアパートから、今の屋敷に引っ越して数日が経過する。

 複数人で暮らしているため、各部屋にはちゃんと鍵が取り付けられていたはずだ。


「「ちゃんと開けた」」


 モース霊山の親娘は声を揃え、うっすらと開いたままの扉を指差した。

 鍵の部分に何やら細い蔓が巻き付いている。

 おそらくそれが、親娘の不法侵入を許した原因なのだろう。


「……うん、盗賊らしくて素敵だけど、この社会では基本的にそれ不法侵入って言うんだ。覚えておこう」

「に、おぼえた」

「つまりだ、リフ。コイツは更なる解錠技術を高めろと言っているのだ」

「に、がんばる」


 ぐ、と拳を握りしめるリフであった。

 ちなみにこれまで姫、と呼んでいたフィリオであったが、シルバのパーティーが異性禁止を謳っていた都合上、それはまずかろうということで、名前を呼ぶことになった。

 シルバが名付けたリフという名前を呼ぶことに、最初は難色を示したフィリオであったが、カナリーが「女の子とバレると、寄ってくる男の子が増えると思いますよ。リフは見ての通り可愛いから」と言うと、あっさりと呼び方を変えた。


「……解錠技術を高めるのはいいけど、不法侵入は駄目。それと、いくら何でも早起き過ぎるから」

「にぃ……今度から、もっと遅い方がいい?」

「んんー……そうだなぁ、起こしに来てくれるなら、あと一時間欲しいかも」

「に。ならお兄、もう少し寝る」


 リフは乱れたベッドの毛布を整え始める。


「いやいや、いいって。せっかく起きたんだし、出掛ける準備するよ」

「に」

「そうか」


 しかし、リフとフィリオはその場から動こうとしなかった。

 ……。


「あの、俺、着替えたいんですけど」


 おずおずと切り出すと、フィリオは怪訝な顔をした。


「着替えればよいだろう。何故、躊躇っている」

「着替えを見られたくないんですよ!?」


 寝室から親娘を廊下に追い出し、司祭服に着替えを済ませた。




 廊下を出ると、そこにいたのはリフだけで、フィリオがいなかった。


「リフ、フィリオさんは?」

「に、いつものトコ」

「そうか」


 シルバはリフを伴い、自室のすぐ隣にある書斎の扉を開いた。

 ここには鍵が掛かっておらず、誰でも出入りが可能だ。

 そして、フィリオが自分の部屋とリフの部屋の次に入り浸る場所でもあった。

 そこでフィリオは、椅子に腰掛けて分厚い書物を開いていた。

 明かりはついていないが、周囲には光の精霊が浮かんでいた。

 ちなみに蔵書の大半はカナリーの私物であり、残りはシルバだ。

 その内、タイランも書物を購入するという話はしていた。


「何読んでるんですか?」


 ふん、とフィリオは応えた。


「精霊に関してだ。人間も、なかなかよく勉強しているようだな」


 ああ、それかとシルバは思い当たった。

 シルバがつい最近購入した書物の一つである。


「タイランの好物とかも、それで調べたりしてるんですけど」

「まあ、内容に間違いはないな。水の気が強い精霊は、水そのモノや植物を好む。味つけは無しかあっても薄味。料理人にとってはあまり、腕が振えない相手だろう」

「……普通の料理人はあんまり精霊相手に料理振るったりしませんよね」

「うむ。ともあれ、この本は悪くない。目を通しておいて損はないだろう」

「……著者も霊獣から褒められたと知ったら、狂喜乱舞してたでしょうね。著者、もう死んでると思いますけど」

「ふん、人の寿命は儚いモノだ。それで今日の、神殿に行くという話だが」


 そもそも、フィリオ達が朝駆けで訪れたのは、それが理由だった。

 前の事件で、シルバ達は龍魚の霊獣を助けた。

 その龍魚を崇める精霊信仰の一団が、一言礼を言いたいということで招待を受けていたのだ。

 向こう側の準備が整い、どうぞという話になっていた。

 とはいえ、なるべくシルバも普段の生活ペースを崩したくない。


「まずは、俺が教会でお務めを済ませてからですね」


 朝食を食べて、それからみんなと向かうつもりだった。


「しかし……」


 むぅ、とフィリオは唸った。


「何でしょう?」

「お前は教会の人間だろう。余所の神殿に赴いてよいのか?」


 なるほど、それはもっともな疑問だった。


「その為の折り合いを付ける為の施設がこの都市にはありますからね。だから、そこは神殿であって神殿ではないというか……」


 シルバは説明した。

 この世界には、シルバ達が信仰する一大宗派・ゴドー聖教の他にも、死生観を重んじるウメ教や、東方に多い精霊宗教のムゼン信仰、その他数多の民間信仰が存在する。

 国によって、重んじられる宗教は違うのだが、ここ辺境都市アーミゼストでは、種族と同様に宗教も混然としている。

 特にゴドー聖教は、大きすぎるが故に他の宗教を受け入れがたい部分もある。

 そこで、セルビィという宗教家がこの地に作ったのが、通称セルビィ霊域である。

 この施設の領域は、神の作ったこの世界と別の世界が重複しており、つまり『どんな神もいる領域』というお題目が成立している。

 よって、この施設ではゴドー聖教やその他神々の存在が、すべて許されているのだ。

 異教同士の交渉の場として重宝され、また様々な宗教の信者が出入りするこの施設は、聖職者ギルドとしても機能している。

 もっとも、ルベラント聖王国のようにゴドー聖教の聖地とされるような場所には、さすがに存在はしていないが。


「……何ともデタラメな施設だな」


 自身も崇められる対象である山の霊獣フィリオとしては、呆れるしかないといった所だろう。

 しかし、シルバはこの施設がそれほど嫌いではない。


「いいんじゃないですか? 宗教同士で喧嘩するより、ずっとマシです」

「人間とはまったく、妙なことを考えるものだ」

「にぅ……」


 構ってもらえないのが寂しいのかいつの間にか、リフがシルバの裾を掴んでいた。

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[一言] 完全に少年むき
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