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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
それぞれの休日
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『プラチナ・クロス』の崩壊

「え、ええ……それにしても、そ、その姿は一体……? いや、そもそも何でリフは耳と尻尾あるのに、フィリオさんは完全人間体……?」


 やや及び腰になりながら、シルバは尋ねた。


「我も、しばらくこの街で過ごすことにした」


 後半の質問は、完全に無視された。


「いや、山はどうしたんですか」

「下の者に預けておいた。些細なことだ」


 ……相当に大事だと思うのだが。


「他の子ども達は? 確かあと、三頭……人? リフの兄がいたと思うんですけど」

「今は罰を与えている最中で、山にまだいる。頃合いを見計らって迎えには行くが、そういう事情で今は連れてはおらん。……それに倅のことは、貴様には関係ないことではないか?」

「そ、それはそうですけど……えっと、そもそも、どうして貴方がこの街で暮らすことになるんですか?」


 シルバが言うと、フィリオはずい、と難しい顔をシルバに近づけた。

 怖い。


「……姫の寝泊まりをどうするつもりだ? 一人にしておく訳にもいくまい」

「に。リフは別に、お兄と一緒でいいのに」

「「却下だ!!」」


 何故か、二つの声が響いた。


「何も、キキョウまで……」

「う、うう、うら若い乙女がシルバ殿と一緒の部屋など、そんなうらやま、違う、何かの間違いがあってはならない! そ、それはよろしくないぞ、リフ」

「うむ! 万が一があっては取り返しがつかぬ! 我がちゃんと部屋を用意してやるから、安心するがよい!」


 何故か、見事に息のあった二人であった。


「……さすがに、間違いはないと思うけどなー」


 見た目ほとんど幼児に欲情するほど、堕ちているつもりはないシルバだった。

 しかし、おずおずとタイランまで、手を挙げ始める。


「あ、あの……一応風紀的に、私も、その、同じ部屋というのには反対しときます」

「ここは一つ、ボクも一緒の部屋に住むというのはどうかな?」

「……ヒイロ、君、何も考えずに言ってるだろう?」


 ヒイロの言葉に、カナリーが髪を掻き上げながら呆れる。

 そして、小声でシルバに話しかけてきた。


「シルバ、さっき食べてる最中に、君が事故物件巡りをしていたという話があっただろう。そこを詰めれば、ある程度は丸く収まるんじゃないかい?」

「そりゃもっともだけどカナリー。あれはあくまで教会の仕事のついでに、俺が勝手にやってたことだぞ」

「そうだね、リフが来てから話し合おうって軽く流したけど、そのリフが来たから詰めていいんじゃないかってことだよ」

「それは一理あるな……いや、ここで話してる場合じゃなさそうだ」


 そうこうしている間にも、このやたら目立つ面々を見に、どんどんと野次馬達が集まってきていた。

 シルバは少し焦り、逃げることにした。


「とにかくテースト、悪い! そういう事なんで、ウチのパーティーはこれで決まりなんだ。ごめん! みんな、逃げるぞ!? フィリオさんも、この場で長話はよくないと思います!」

「うむ、もっともだ」


 シルバはリフの手を引いて、急いでまだ尻餅をついたままでいるテーストの脇を抜ける。

 その後ろを、キキョウやヒイロが続く。

 人と人の間を掻き分けながら、そのまま並走するフィリオに訊ねた。


「しかしフィリオさん、仕事はどうするんですか」

「伝手で学習院の講師の職を得た。精霊学の造詣にはそれなりに詳しいのでな」


 歩幅が圧倒的に違うせいか、フィリオの歩みはゆったりしたものだ。


「……く、詳しいというか。いいんでしょうか」


 学問も何も、フィリオはほとんど、精霊そのものではないか。


「俗な世界もたまには悪くない。そういえばシルバ・ロックール、倅どもと一緒に保護した龍魚の件はどうなった?」

「リフ、盗賊ギルドにいかないと……」


 親娘の要求に、後ろをノンビリと歩いていたカナリーが、溜め息をつきながら首を振っていた。


「あと、冒険者ギルドに、正式に登録も必要になるね。やれやれ、本当に忙しいことだ」




「ちぇー……」


 遠ざかっていく一団を見送り、テーストはナイフを取り出した。


「やっぱダメだったか。ま、しゃーねーな」


 まだ足に絡みついている雑草を切断し、尻を叩きながら立ち上がる。

 駄目で元々だったので、それほど失望はしていない。

 シルバ達と反対側の人混みを掻き分け、テーストは早足でその場を去った。




 そのままテーストは、『プラチナ・クロス』の集まる酒場に飛び込んだ。

 ちなみにシルバに言ったパーティーを抜けた、というのは嘘である。

 もちろん、シルバのパーティーに入ることになれば即抜けるつもりではいたが、将来の見通しが分からない状況で『プラチナ・クロス』を抜けるのは、収入面から考えてなかなかに厳しい。

 運良く入ることができたなら、多少揉めるかもしれないがそれはそれで何とかなるだろう、というのがテーストの楽観的思考であった。


「ちーっす、ただいまー」


 シルバと接触していたことなど、微塵も感じさせぬ鷹揚さで、パーティーのメンバーに手を上げる。

 しかし、彼らはテーストに反応することなく、重い雰囲気を醸し出していた。


「……っと、あれぇ?」

「テースト、そこに座れ」


 パーティーのリーダーである聖騎士、イスハータが空いている席を指差した。

 ふとテーブルに視線を巡らせると、厳しい表情のイスハータ、いつもと変わらず無言のロッシェ、居心地悪そうにテーストの様子を伺うノワ、魔術師であるバサンズはテーストと目が合うと、サッと顔を背けた。

 あ、でもこのノワちゃんの態度は演技だなーと、テーストは見抜いた。

 ただ、そっちを指摘できる空気でもなさそうだ。


「……どうやら、すっかりご存じのようで」


 テーストは自嘲する。

 魔術師の『透化(スケルト)』に気付かないとはね……。

 テーストは反省し、頭の中で言い訳を組み立て始めた。


「俺達を出し抜いて、色々と画策している件もあるが……先に話さなければならないのは、別の問題だ」

「あ?」


 他に何かあったか……いやまあ、心当たりは多々あるが、それはあくまでパーティーとしての問題だ。

 しかし周りのこの険悪な雰囲気は、何だかテースト個人に向けられているような気がする。

 そしてそれは、今さっきシルバとやりとりしたこととは、別のようだ。


「これが、お前の部屋から出てきた」


 パーティーのリーダーである聖騎士のイスハータがテーブルに置いたのは、金袋だった。

 重い音から察するに、中身は金貨だろう。


「ちょっ、人の部屋を勝手に……って、何だよコレ?」

「とぼけるな」


 戦士のロッシェが冷たい目で、テーストを見据える。

 だが、テーストにはまったく心当たりがない。


「とぼけてなんかねーよ! 何でこんな大金が、俺の部屋から出てくるんだ!?」

「それはこっちの台詞だ! ……テースト、預けていた『古代遺産(アーティファクト)』を出してくれ」


 大きく怒鳴ったイスハータだったが、息を吐き出すと落ち着いた声音でテーストに要求した。


「ああ? 何でだよ」

「俺の部屋から指輪がなくなった」

「は?」


 ここでいう指輪とは、『古代遺産(アーティファクト)』の指輪のことだ。

 効果は、暑さと寒さを無効化する。

 そして、テーストはそれとは別に、一定の時間が経過すると強烈な音と光を放つ球体の『古代遺産(アーティファクト)』を有していた。

 テースト個人の所有物ではなく、パーティーの共有財産だ。

 部屋にあった金袋、失われた『古代遺産(アーティファクト)』。

 二つを結びつけるのは、容易なことだった。


「……おいおいおい、ちょ、ちょっと待ってくれ。それってつまり、え? オレが『古代遺産(アーティファクト)』を売り払ったって、そう思われてるのか?」

「とにかく、出してくれ。持っているのか、持っていないのか?」

「そりゃここに……」


 テーストは、腰の袋に手をやった。


「……どういうことだ?」


 愕然とする。

 そこに、『古代遺産(アーティファクト)』の球体はなかった。


「やっぱり……」

「やっぱりってどういうことだよ、バサンズ!」

「故買屋で、貴方によく似た人を見たんです……その時は、まさかとは思いましたが……」


 眼鏡をクイ、と持ち上げる魔術師のバサンズ。

 テーストは、テーブルから身を乗り出し、バサンズの胸ぐらをつかんだ。


「ふざけんなよテメエ!?」


 卓上の料理や飲み物が、床へと落ちていく。


「やめろテースト!」

「取り押さえろ!」

「や、やっぱり、テースト君が……何で……」


 そのテーストを、イスハータとロッシェが後ろから押さえ込み、バサンズから引き剥がした。


「けほっ……えほっ……か、返してください! あれは僕達の財産だったんですよ!」

「オレじゃねえっつってんだろうが! 離せよロッシェ! オレじゃねえ!」


 酒場の中は大騒ぎになった。

 ――その日、『プラチナ・クロス』のテーブルは荒れに荒れ、五時間に渡る喧嘩じみた議論の末、『古代遺産(アーティファクト)』も失い、パーティーは完全に瓦解した。

 頭を抱えて落ち込む者、新たな仲間を求めて荷物をまとめる者、途方に暮れて部屋に帰る者、やけ酒をあおって酒場を出て行く者など、反応は様々だがメンバーは散り散りとなった。


 ……そして、気がつけば、騒ぎのどさくさで金袋もなくなっていた。

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