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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
それぞれの休日
72/215

転移陣・転移門

 クスノハ遺跡の大穴の底。

 クロップ老の研究室にあったほぼすべての資材を回収し終え、カナリーと角灯型霊水(エーテル)容器に入ったタイランは、地面を見下ろした。

 カナリー達の他、回収を手伝ってくれたホルスティン家の者達も揃っている。


「『転移陣(ポータル)』の再現は無理かー」


 カナリーは少し残念だった。

 ここに来た目的は大きく二つあり、一つはもちろんクロップ老の遺産の回収だ。

 ……まあ、あの老人はまだ、死んではいないはずだが、社会的にはもう遺産と言っていいだろう。

 それはつい先ほど、達したばかりだ。

 そしてもう一つは、キキョウが遙か東の島国ジェントからこの辺境の地へと送られた『転移陣(ポータル)』の再現だ。

 これが可能になれば、ここから一気に極東のジェントへと空間転移が可能となる。


「ま、まあ、これはもう、さすがに……それに、おそらくはジェント側で遺跡を破壊していると思いますしね」


 タイランの言葉はもっともだ。


「……そりゃ、せっかくこっちに押しつけた大妖が、また戻ってきたら大変だろうしね。しょうがない、こればかりは諦めるしかないか」

「はい」


 残念ではあったが、それほど落胆はしていない。

 できればいいな、と思った程度だ。

 それに、ホルスティン家は既にいくつかの『転移(ポータル)』機能を有する遺跡や装置、魔道具を、幾つか手中に収めている。

 もちろん公にはしていない、ホルスティン家の秘密の一つである。

 惜しくはあるが、どうにもならないモノを悔やんでもしょうが無い。

 カナリーは、パンと手を叩いた。


「じゃ、この遺跡にあった必要なモノは全部回収したし、みんな撤収しようか!」

「「「はい!」」」


 周囲の部下達が、一斉に声を張り上げた。




 そしてカナリー達は吸血馬車に乗り、辺境都市アーミゼストへの帰路へと就いた。


「ふぁ……やっぱりまだ、ちょっと眠いな」


 ソファに身体を沈め、カナリーは小さく欠伸をした。

 向かいの席には、タイランの収まった角灯型霊水(エーテル)容器が置かれている。

 多少は揺れるが、落ちることは無いだろう。


「棺で眠っていたのは、ほんの数時間でしたから……一旦、家でゆっくり休んだ方がいいと思いますよ」

「そうさせてもらうよ。タイランも、ウチで休んでいくといい」

「あ、は、はい……お言葉に甘えさせていただきます」

「……とりあえず、ここでも一眠りさせてもらおう。何だろうね、この馬車の揺れってやつは、どうにも眠気を誘うというか……」


 いっそソファに横になってしまいたいが、タイランがいる。

 貴族として、それはさすがにはしたないだろう。

 ……なので座ったまま、腕組みをし、カナリーは眠りに落ちていった。




 そんな辺境から、遙か東。

 サフィーンと呼ばれる国にある、モース霊山。

 自然に包まれた山は常にうっすらとした霧に覆われ、太陽が高く昇っていても、その日差しはどこか柔らかい。

 人類が未踏破の場所も数多い、秘境である。

 そんな場所に幾つかある、古代の遺跡に小さな白虎がいた。

 シルバ達と行動を共にし、兄弟を助けた霊獣の娘リフである。

 遺跡自体は、やや大きめの家一つ分ぐらいだろう、人の腰の高さほど崩れた石造りの壁が幾つも残っているが、それだけだ。

 ただ、その中央には、やはり石造りのアーチ状をした大きな門があった。

 扉は無い。

 なので、その門から見えるのは、青空と空を飛ぶ鳥ぐらいだ。


「姫、そこに近付いてはならぬと言っただろう」


 後ろから響く声に、リフはピクッと身体を震わせた。


「にぅ……」


 振り返ると、リフの父親でありこのモース霊山の主、霊獣フィリオがいた。

 リフよりも遥かに巨大な、剣牙虎だ。

 理知的な瞳がリフから、門へと移動した。


「もっとも、ただ乗ったところで転移はできぬがな。万が一ということもある……我の話を聞いていたか、お前達?」

「「「に?」」」


 フィリオの足下から飛び出した、三頭の仔虎が門へと突撃し、身体を擦り付けたり、よじ登ったりし始めていた。

 リフの兄達である。

 フィリオは深く、大きなため息をついた。

 そして、不可視の力を放ち、仔虎達を持ち上げた。

 そのまま、自分の目の前まで引き寄せる。


「本当にお前達は、我の言うことを聞かぬな。あれだけ痛い目に遭っておきながら、何故反省をせぬ」


 フィリオがジロリとにらみつけるも、仔虎達はまるで悪びれない。


「人間のつくった、おいしいご飯たべたい」

「街とか見たいし」

「もっと遊びたかったー」


 やいのやいのと、実に騒々しい仔虎達である。


「……ええい、聞き分けのない」


 フィリオは仔虎達をひとまとめにすると、自分達のネグラとしている洞窟がある、後方へ投げ飛ばした。


「ふぅ……」


 フィリオは再び、遺跡の門を見た。

 古代の民が造った『転移門(ポータル)』である。

 大陸の各地にあるこれを使用し、リフとフィリオは辺境のアーミゼストから、このモース霊山に帰還した。

 あの戦いから、数日が経過していた。


「にぅー……」


 リフは、フィリオを見上げたが、彼は首を振るだけだ。


「姫よ。気持ちは分かるが、やはり駄目だ。俗世は、そなたにはまだ早すぎる」

「にぃ……うけた恩はかえす。霊獣の決まりでも神聖なもの。リフはお兄たちに恩がえししたい」

「それは品でどうにかする。我に任せるのだ」

「駄目。リフの気がすまない」

「ぬうぅ……あ、あの若造めぇ……!」


 フィリオは唸り、遙か彼方にある辺境都市アーミゼストの方を睨んだ。

 しかし、落ち着くように重い息を吐き出し、フィリオは再びリフを見下ろした。


「だが、姫よ。そなたの力はまだまだ足りぬ。せめて、もっと力をつけてからにするべきだ」

「に……」


 このやり取りも、何度目だろうか。

 リフも頭では分かっているのだが、やはり毎日、この遺跡を訪れてしまうのだ。


「決意は固いようですねぇ」

「そこが娘の長所であり同時に厄介な点で……って何で貴様がいるのだ魔女!?」


 リフも声の方を振り返ると、岩場に山羊の角と槍のような尻尾を生やした白髪の女性が腰掛けていた。

 登山者らしい荷物も何もない、恐ろしいぐらいの軽装だ。

 足など、なんとサンダル履きである。


「はい、お届け物に来ました。他の人では、ここまで数ヶ月、下手をすれば年単位が掛かってしまいますから、私が直々に」


 フィリオから魔女と呼ばれた女性は、シレッと答えた。


「だ、だが、どうやってここまで。いくら貴様に羽があると言っても、限度があるだろう!?」


 フィリオの問いに、ストアはたおやかに微笑む。


「それはもう、フィリオさんと同じ方法ですよ」

転移門(ポータル)か……!」

「はい。どこにあるかは秘密です」

「見つけたら、破壊してやる……!」


 フィリオは忌々しそうに、牙を剥いた。


「に……確か、お兄のせんせえ?」


 リフも話した事はないが、最初のクロップ老との戦闘後、シルバは大聖堂に寄った。

 その際に、会話こそなかったものの、姿には覚えがあったのだ。


「はい。ストア・カプリスって言います。アーミゼストでは、司教を勤めてますよ」

「しってる。お兄から聞いた」


 ふん、とフィリオは鼻を鳴らした。


「……人間の神と宗教が雑である、生きた証拠だ。よりにもよって貴様が神の僕だなど、ありえんだろう。どんな冗談だ」


 フィリオは、獰猛な唸り声を上げた。

 ストアは彼をスルーして、袖からポーションの瓶を取り出した。


「それはともかく、はい、リフちゃんにプレゼントです」

「にぃ……?」

「魔女、貴様それは!」


 その薬の正体を悟り、フィリオは焦った。

 だがストアはやはり構わず、もう一本、同じ瓶を取り出した。


「お父さんの分もありますよ?」

「何……!?」

「それと、この山の素材を使わせてもらえると、もうちょっと面白いモノが作れそうなんですけど、駄目でしょうか?」

「それを許すと……」

「に。先生、そのお薬なに?」

「ふふふ、リフちゃんはロッ君の力になりたいっていうから、先生珍しく頑張ったんですよー?」

「っ!」


 リフの尻尾がピンと立った。

 一方フィリオは慌てた様子で、リフを庇うように前に出た。


「ま、魔女め! さっさと自分の住処に帰れ!」

「あ、そろそろお昼ですね。リフちゃん、ご飯食べませんか。屋台から、色々買ってきたんですよー」


 ストアが一瞬袖の中に両手を隠したかと思うと、何本かの串焼き肉を指に挟んで取り出した。

 霊獣は、通常の獣とは違い、人間の食べ物でも普通に食べることができる。

 そして、湯気を放つ串焼き肉は、いかにも美味しそうな匂いを漂わせていた。


「にぅ……?」

「それともリフちゃんは、コロッケの方がいいですか? ロッ君が持ってたの、気になってたんですよね?」

「にぅっ!?」


 ストアが包みを取り出す。

 それは初めてシルバと出会った時、彼が抱えていた包みと同じモノであった。


「姫を餌付けするな!」

「ごはん!」「たべる!」「屋台なにそれおいしいの!?」


 気がつくと、いつの間に戻ってきたのかリフの兄達もフィリオの傍にいた。

 かと思うと、ててーっとその股の間を抜けて、ストアに群がっていく。


「みんなの分もありますよー」


 そして、串焼き肉を食べ始めた。


「あ、こ、こら倅ども!?」


 リフは、フィリオのいう事を聞いて、まだ我慢していた。

 ただ、そのお腹は「くぅ」と小さな音を立てていた。

 コロッケも食べたい。


「お父さんはお肉とお野菜、どっちがお好きですか?」

「……ぐぬぬ……肉だ!」


 フィリオはひもじそうにするリフを見下ろし、諦めたようだ。

 何にしろ昼の飯の時間であるのは確かだし、ストアとの話し合いは後回しにする。

 ただ、この先生を追い出すのは大変だと思う……と、リフは子どもながらにして思うのだった。

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