クスノハ遺跡再び
夜の平原、申し訳程度にならされている道を吸血馬車が走る。
馬車の窓から、カナリーが身を乗り出した。
遠くに、光に照らされたクレーンが見えた。
「見えてきたよ、タイラン。クスノハ遺跡だ」
カナリーは手に、角灯を改造した霊水容器を持っていた。
四方がガラス張りなので、中に入っている小さなタイランも周りを見渡せるのだ。
もちろん、カナリーが指差した先のクスノハ遺跡もちゃんと見えているはずだ。
『は、はい。……思っていたより、大がかりですね。灯りもあんなについてますけど……吸血鬼には、必要ないんじゃ……?』
「人間だって、昼間、明るいからといって灯りをつけない……なんてことはないだろう? そういうもんさ。それよりタイランは、一応水の精霊ってことにしてること、忘れないでくれるかい?」
カナリーの問いに、タイランは頷いた。
『は、はい。人の言葉を理解できる、水の上級精霊でしたよね』
「うん、そういうことにしている。……ウチの者の口は固いと信じているけれど、それでもどこから漏れるか分からないからねえ……ん?」
カナリーは眉を顰めた。
夜の吸血鬼は、その性能が昼間より格段に高くなる。
なので、作業場から逃げ出す人々や、揺れるクレーンの様子などもしっかり見えるのだ。
クスノハ遺跡は中央に大きく穴が空いている構造だ。
どうやら、トラブルが穴の底の方で発生しているようなのだ。
『な、何だか……騒々しいです、ね?』
「そうだね。何かのトラブルか。まあ、聞いてみれば分かるか」
ここから飛んでもいけるが、荒事になる可能性を考えると、体力は温存した方がよさそうだ。
それに、作業をしているカナリーの部下達も、無能では無い。
少なくとも、カナリーが現場に到着するまでの間、持ちこたえることぐらいはできるだろう。
そう見越して、カナリーは静観することにした。
加えていうなら、トラブルの元凶に心当たりがないでもないのだ。
『……考えられるとすれば、クロップ老人の研究室関連だと思いますけど』
「細心の注意を払うようにとは、言ったんだけどねえ」
カナリーは馬車の中に身体を戻すと、窓を閉めた。
クスノハ遺跡に吸血馬車が止まり、カナリーは角灯型霊水容器に入ったタイランを伴って馬車を降りた。
すると、焦った様子で老執事が駆け寄ってきた。
「申し訳ございません、カナリー様!」
「謝罪はいいから、まずは何が起こったのか説明をしてくれるかい?」
カナリーは、遺跡中心に大穴に向かう。
風ではないが、それに近い黒い力が人や資材を巻き上げていた。
人といっても、カナリーの部下の吸血鬼達である。
見たところ、巻き込まれている彼らは慌ててはいるが、命の危険は無さそうだ。
怪我の心配は、少しした方がいいかもしれないが。
とにかくカナリーは、老執事の話を聞くことにした。
「はい。カナリー様の指示通り、昼間の内に先行した者達で、瓦礫の撤去などの作業を行っておりました。研究室の方には、もちろん手を付けておりません」
「ふむ」
「ですが、つい先ほどのことでございます。壁の亀裂から、靄のようなモノが湧いて出たかと思うと、残っていた資材が手も触れていないのに動き出し、人は宙に浮き、そして嵐のようにあのように……」
老執事は、穴から巻き上がっている疑似竜巻を、手で指し示した。
「なるほど、大体理解した。君は部下達の避難指示を続行。僕達で何とかする」
「あ、危のうございますぞ!?」
「これでも冒険者パーティー『アンノウン』の一員でね。ま、この仕事には、報酬は出そうにないけど」
『わ、私も何とかお手伝いを……』
霊水容器に入ったままタイランは言うが、カナリーは固辞した。
「いやあ、ここでタイランに出てもらうのは得策じゃ無いだろう? それにあれが、僕達の考えている通りのモノだとするなら、僕だけで充分のはずだ」
大穴で暴れている疑似竜巻の正体は、カナリーの推測では精霊の類である。
老執事の言っていた壁の亀裂、その向こうはおそらくはクロップ老の研究室に併設された、精霊の培養室だったのだろう。
自動鎧モンブランの動力部は精霊炉であり、そのエネルギーは精霊石や霊獣が用いられた。
自然の精霊は密度が薄く、炉のエネルギーとしては弱い。
密度を高めることにより、人工的に精霊石を造ることができるのだ。
ただ、その為には多くの精霊が必要だし、むしろ天然の精霊石をどこかの洞窟で掘削した方が効率がいい。
……というのが、一般的な認識だ。
クロップ老は、自身の精霊炉に、国が保有していた精霊石すべてをぶち込むという、研究職なら誰もが妄想するがまずやらないことを実践し、結果国を追われることとなった。
だが、この事件があったからこそ、クロップ老は霊獣を動力とした高効率の精霊炉を開発したのだ。
加えていえば、副次的に人工精霊石の精製方法も、編み出していた。
精霊の召喚自体は、召喚術の入り口を少し囓った程度でも、可能だ。
ここにいたクロップ老の部下に、その資質を持った者がいた。
その精霊を捕らえ、培養槽に閉じ込めることで増殖させ、これを圧縮することで、欠片程度の人工精霊石が精製される。
「まあ、つまりこの培養槽に閉じ込められっぱなしだった精霊が溢れ、暴走した結果がこれだ」
カナリーは、大穴の縁に立った。
一言で精霊と言っても、火や水といった様々な属性が存在する。
クロップ老は、どの属性の精霊石が炉と相性がいいのかの研究も行っていたのだ。
溢れ出た精霊の属性は複数混じり合い、このような黒い竜巻の形となったのだろう。
精霊に対しては、物理攻撃はほとんど効果が無い。
キキョウ辺りならば、気合いでどうにかできるだろうが、効率的で無いのは確かだろう。
しかし、カナリーなら、精霊との相性は抜群だ。
「『吸精』」
荒れ狂う精霊に向けて、右手を掲げた。
手の中の血管を、身体の中心に向かって力が流れていく感覚。
それにつれて、勢いよく回っていた黒い疑似竜巻は徐々に力を失っていき、やがてその大きさはカナリーの手の平に収まるレベルとなった。
巻き込まれていた資材は穴の底に落ち、カナリーの部下達は背中から蝙蝠の羽を生やして、落下を免れていた。
作業はまだしばらく部下達に任せることにし、カナリーは遺跡の崩れた壁部分に角灯型霊水容器を置いた。
自身は、壁に身体を預けた。
「という訳で、捕らえてみたよ」
手の平にある小さな黒い竜巻精霊を、容器の中にいるタイランに見せた。
そしてその竜巻精霊を、容器の前に置いた。
「大人しくなると、ずいぶんとコンパクトですねえ……」
「大人しくなったというか、無理矢理精気を吸ったから、単に元気が無いだけなんだよなあ……タイラン、暴れないレベルに回復させて、説得とかできるかい?」
「や、やってみます」
容器の上蓋が開き、小さなタイランが浮かび上がる。
そして、精霊の前に降り立った。
タイランと黒い竜巻精霊のサイズはほぼ、同じぐらいだ。
タイランが竜巻に手を触れると、少しずつその回転が速まってきていた。
カナリーは少し心配になったが、タイランが何か言う様子もないし、それなら大丈夫なのだろうと待つことにした。
「やれやれ……タイランがいて、助かったよ。そうでなきゃ、せっかくの貴重な精霊が、このまま消滅してしまうところだったからね」
やがて、竜巻はふわりと浮き始め、タイランの周囲を回り始めた。
……その動きは緩やかで、少なくとも先ほどのように暴れ回るという事はなさそうだ。
「私達が敵ではないと、分かってもらえました」
タイランは、ホッとしているようだ。
「これ、精霊としての格は、どんなものなんだい?」
「現状、中級といったところでしょうか。自我はありますけど、言葉を喋れるほどではありませんし……火蜥蜴や水乙女ぐらいです。属性は……混沌ですね。珍しいです」
精霊には、何段階かの格が存在する。
下級の精霊は自我の無い人魂のようなモノに近く、その力も種火やそよ風程度だ。
中級の精霊になると、動物や人の形を取るモノが増えてくる。
代表的なのは、今タイランが挙げたような火蜥蜴や水乙女だろう。
当然振るう力も大きくなる。
上級の精霊は人の言葉を理解し、また会話も行うことができる。
タイランは人工の精霊だが、格としては上級といってもいいだろう。
クロップ老の精霊培養室にあったのは下級精霊だったが、集まり混ざり合うことで格が高まったのだろう。
混沌属性は実際そう、お目に掛かることは無い。
色は闇精霊に近いが、闇が純粋な黒であるのに対し、混沌はいわばあらゆる絵の具の色が混じり合った黒だ。
性質としてはあらゆる属性を巻き込み飲み込み分解する。
竜巻の形を取ったのは、必然なのかもしれない。
その混沌精霊は、ただただ、タイランの周囲を回っている。
まるで、犬のようだ。
「ずいぶんと、タイランに懐いているようだね」
「そ、それは多分……私の力を分け与えたからじゃないかと……」
なるほど、エネルギーを与えたタイランを、親か何かと思っているのかもしれない。
だとしたら、好都合だ。
カナリーとしては、混沌の精霊なんてそうお目に掛かることはできないし、できれば研究してみたい。
「タイラン、従えられるかい?」
「えっと、従えられますけど……まだ疲れているみたいですし、眠ってもらった方がいいと思います、けど」
「眠るって、どうやって?」
「ええと……」
タイランは、混沌精霊を手招きした。
周囲を回っていた精霊は、ハッと一瞬動きを止めたかと思うと、タイランに跳びかかった。
しかし、タイランは精霊にぶつかることも無く、一瞬全身が黒くなったかと思うと、そのまま精霊を取り込んだ。
しばらくタイランの身体のあちこちが波打ったが、やがてそれも、静かになった。
つまり、タイランの言を借りるなら、あの混沌の精霊は、タイランの身体の中で眠ったのだろう。
「……その、こんな具合、です」
少し恥ずかしそうに言うタイランに、カナリーは少し呆れた。
「……何というかタイラン、君の精霊としての力を目の当たりにするたびに、国が狙う理由も分かる気がするよ」
「ぶ、分離も可能ですけど、どうしましょうか……?」
「一応案はあるけど、しばらくは預かっておいてくれないかな。まずは、ここの作業を終わらせよう」
「そうですね」
部下達の作業もそろそろ終わりそうだ。
タイランは角灯型霊水容器に戻り、カナリーが持ち上げる。
空を飛べるカナリー一人なら、クレーンを使う必要はない。
大穴からそのまま、カナリーは穴の底へと向かうのだった。




