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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
それぞれの休日
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起きるタイラン、眠るカナリー

 日も傾き、そろそろ太陽もオレンジ色へと変化しそうなそんな時間。

 学習院(アカデミー)の錬金術棟、カナリーの研究室。

 全体的に茶系統で統一された部屋は広く、壁に面した本棚や薬品棚は、どれも大きい。

 部屋の片隅の空きスペースには、黒い鎧が置かれている。

 パル帝国製の、魔王討伐軍『オルレンジ』仕様の重甲冑だ。

 その足下には青い鎧の残骸と、自動鎧の残骸が積まれている。

 部屋の中央には様々な実験器具の置かれた作業テーブルがあり、その中央には植木鉢がスッポリ入るぐらいのガラス筒があった。

 霊水(エーテル)に満たされたそのガラス筒の中で、手の平サイズになっていたタイランは目を覚ました。

 様々な機構が組み込まれたイーゼルに紙を広げ、一心不乱に図面を引いている、白衣を着た金髪の麗人の背中が見える。


「ん、起きたかい、タイラン。おはよう」


 振り向いたカナリーは、細い鎖のついた眼鏡を外し、眠そうな目を擦った。

 タイランは念動力で筒の上蓋を持ち上げ、霊水のプールから出た。


「お、おはようございます」


 数時間、霊水に浸かっていたお陰で、身体の調子はすこぶるいい。

 青い肌に布の衣服をイメージすると、体組織の一部がワンピース風のそれへと変質した。


「……え、まさか、ずっと起きていたんですか?」


 窓の向こうはもう、夕方に近い。


「……ん、そうか、もうそんな時間なのか」


 イーゼルの横には、食べかけのサンドウィッチと香茶のティーセットが置かれている。

 少なくとも、昼食は忘れていなかったらしい。


「いやあ、つい研究に没頭しちゃってたな」


 やや眠そうにしながら、カナリーはボリボリと頭を掻いた。

 気品こそ失っていないが、パッと見ではとても貴族には見えないだろう。

 どう見ても研究に没頭する学者である。


「こ、今晩、大丈夫ですか?」

「うん、まあ正直あまり大丈夫じゃないかも。ちょっとは仮眠をとらないと、マズいね」


 そもそも、タイランがこの研究室にいるのは、今晩からまたカナリーと共に、クスノハ遺跡に向かうためである。

 目的は、遺跡の底にあるクロップ老の研究室の資料の数々だ。

 どうせ合流するなら、この研究室にいればいいと、カナリーに勧められたのだ。

 休みの間、タイランはカナリーとここで、自身の鎧の修復と強化を行う予定なのだ。

 まだ、体力が完全に回復しきっていなかったので、朝食を食べてからすぐに、筒の中の霊水に浸かり、眠っていたのだった。


「……人間で例えると、もう明け方前になりますよ?」


 タイランは、心配になった。

 カナリーは吸血鬼であり、人間の生活とはほぼ昼夜が逆転しているといってもいい。

 クスノハ遺跡に向かうホルスティン家の馬車が迎えに来るのは、夜になってからだ。

 それを計算に入れても、眠れるのはごく短い時間になるだろう。

 ただ、眠そうにしながらも、カナリーは気力が漲っているようだった。


「そう、人間でいえば、深夜に当たる。この時間がまた、不思議と作業が捗るんだよ」

「あれは……静かですし、他の人が連絡してくることがまず無いっていう安心感もあるんじゃ……」

「まあ、気分の問題だ」


 バサッと白衣を翻し、カナリーは大きく腕を開いた。


「大体、この知識と置き土産が全部悪いんだよ! いやもちろん、ありがたい! 本当にあの霊獣様には感謝しているとも! だけどね、あのクロップの爺さんは頭はおかしいが本物の天才だった。頭はおかしいが!」


 相当ハイになっているのか、カナリーは頭はおかしいを二度言った。

 タイランとしても、クロップ老の頭がおかしいのはまったく同意だったので、修正(ツッコミ)はしなかった。


「そんな爺さんが自動鎧モンブランに詰め込んだアイデア! 詰め込みきれなかったアイデアが今! 僕の頭の中にある! 残骸もある程度回収した! ならばどうする!? やるしか……ないだろう?」


 グッと、カナリーは不気味な笑みを浮かべながら拳を握りしめた。

 タイランは、心配になった。

 二度目である。


「あの、私も同じ情報を受け取りましたから、それは分かるんですけど……その、ちょっと、精神面でも少し影響を受けていませんか……?」


 まるでクロップ老が乗り移ったような、カナリーのテンションである。


「……何となくそんな気がするから、自重しているんだけどね」

「それで、ですか?」

「これで、なんだよ。まあとにかく今晩、ホルスティン家の人間を引き連れて、あの遺跡に残っている老人の私物はすべて回収する」


 カナリーは窓の向こうに向かって、大きく両腕を広げた。

 演技がかってるなあ、とタイランは思うがまあ、大体カナリーはいつもこんなである。


「ふふふ、これでますます研究が捗る……おっと、やはり休み無しだと、ノリが少々おかしくなるね」

「シ、シルバさんに、お祓いを頼んだ方がいいかもしれませんよ……」

「ははは、いいジョークだよタイラン。そんなことをされたら、僕ごと浄化されかねない」


 ツボに入ったのか、額を押さえクックックと背を仰け反らせて笑うカナリー。

 これはちょっと、無理にでも休ませた方がいいかもしれないと、タイランは思った。

 しかし、タイランが言うより前に、カナリーが頭を振った。


「でもまあ、そろそろ本当に睡眠が必要になりそうだ。タイラン、すまないが迎えが来るまでここで待っていてくれるかい?」

「は、はい。元々そういうお話でしたし……あ、でも、カナリーさんが寝ている間に、鎧の組み立てぐらいはできると思います、よ? 自分の鎧ですし……」


 この場合の鎧の組み立てとは、前の戦いでバラバラになった、タイランの鎧である。

 これまで使ってきた鎧には炉の他、各部分を動かすために、いくつかのギミックが組み込まれていた。

 まずはある程度、それらを修復してから、新しい鎧にそれらを移植していく予定なのだ。

 カナリーが眠っている間にタイランがある程度済ませておけば、今後の作業も時間が短縮ができる。


「そうかい? なら、お願いしておこうかな……」


 カナリーが天井から伸びた紐を引っ張ると、床の一部が開き、棺が出現した。

 自動的に蓋が開き、カナリーはそこに身体を滑り込ませた。


「それじゃ、ふぁ、おやすみぃ……」

「お、おやすみなさい」


 パタン、と棺は閉じた。




 タイランは宙に浮いたまま作業テーブルから下り、部屋の端にある黒い鎧の前に立った。


「それじゃ、うん、始めようかな……確か、両方とももう、絶魔コーティングは剥がしてあるって話だから……」


 スッと前に出した両手を持ち上げると、鎧の足下にあった残骸が持ち上がった。

 さらに左右に広げると、残骸は二つに分かれた。

 タイランが使っていた青い鎧とモンブラン八号、バラバラになったそれぞれの部品だ。


「体力は、回復してる、よね……」


 呟きながらタイランが右手を下げると、モンブラン八号の残骸だけが、床に山積みになった。

 残っているタイランの鎧を、頭部、胴体、腰、両腕、両足と分類していく。

 タイランは左の手を翻し、棚に立てかけられていた人型をしたハンガーを引っ張り出した。

 鎧の部品は、これに引っ掛けるのだ。

 破片となっているモノもかなり多く、かろうじて人型にはなっているものの、タイランが力を解けば、すぐにバラバラになってしまうだろう。


「当たり前だけど、くっつかないなぁ……」


 タイランとしては、せめて黒い鎧と同じ、直立できるぐらいにはしておきたかった。

 しかし、破片は金属であり、互いに繋がることはない。

 どうしよう……と、タイランは考えた。

 そして、いい案を思いついた、と顔を輝かせ、両手を合わせた。


「……そうか、()()()()()()()()()()()()()()


 サラッととんでもないことを考えたタイランだが、止める者はここにはいない。


「粘土みたいにしちゃえば、形も変えられるし……せっかくだし、試してみよう」


 タイランの身体が、土属性の茶色に変化する。

 鋼である鎧の残骸の構造に干渉し、柔らかい物へと造り替えていく。

 試しに、小さな破片と破片をくっつけてみると、ピッタリと互いが張り付いた。


「よかった。成功した……」


 部品同士が繋がるだけではない。

 柔らかくなったパーツは形を変える事も自在だ。

 ただ、失われた部品も多いので、そこは鎧を薄くして、何とかカバーしていくしかない。

 古い方の鎧は、主に新しい鎧を強化する素材になるのだから、問題はないだろう。

 要は形さえ、整えばいいのである。


「そうだ、確かカナリーさんは鎧の強化を考えてたから……」


 タイランは思いつき、自分が起きるまでカナリーが格闘していた図面に移動した。

 見るとやはり、タイランの新しい鎧に仕込まれる、新たな機構の案が盛り込まれていた。

 鎧のあちこちに、炉と直接繋がる(あな)やスリットがあり、例えば手から精霊砲を放ったり、足下のスリットから風を噴出することでホバー的な機動を可能とする、などだ。

 また、モンブランが使ったロケットナックルも、組み込む予定らしい。


「……やれるところまで、やってみよう、かな……?」


 図面を見ながら、青い鎧をタイランは組み立て直していくのだった。




 数時間後。

 窓の外はすっかり日が沈み、月と星空が姿を現していた。

 黒い鎧の左には修復された青い鎧、右にはモンブラン八号が並んでいる。

 もちろんモンブラン八号は、命令を受ける頭脳部分が外されているので、動くことはない。

 ただ、その三体の前で、カナリーがガックリと崩れ落ちていた。

 そしてその後ろには、水属性の青の身体に戻ったタイランが、オロオロとしていた。


「あ、あの、すみません……」

「まさか、全部完成されちゃうなんて……」


 タイランもついついやり過ぎてしまった。

 本来なら、青い鎧とモンブラン八号、二つの残骸の修復には数日掛ける予定だったのだ。

 それが、この短時間で全部終わってしまっていた。


「いや、タイランは悪くないんだ。……むしろ、パーティーのことを考えれば、すごく助かったとも言える」


 そう、本来ならカナリーが落ち込むことはないのだ。


「……ただ、僕の気分的には、楽しみにしてた模型を全部組み立てられちゃったような心境でね……ははは……」

「ああああ、ほ、本当にすみません……」


 力なく笑うカナリーに、タイランはひたすら謝り倒すのだった。

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