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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
初心者訓練場の戦い
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油断大敵

 時間を確かめると、約束の時間まであと十五分だった。

 シルバのパーティーメンバーは、車座になって相談を開始した。


「まあ、向こうの大体の戦術パターンは掴めた訳だ」


 シルバは、ネイサン一行にやられた連中の情報を、みんなに伝えた。


「他にはないの?」


 ヒイロの質問に対し、シルバは首を振った。


「あるかも知れないけど、その前にケリをつける。それにこれが連中の必勝パターンだってのなら、そう簡単に崩しやしないさ」

「相手が素早いってのが厄介だねぇ。鎧着てるならキキョウさんほど極端じゃないだろうけど、ボク、そういう相手はあんまり得意じゃないっていうか」


 ヒイロがむむむ、と唸る。

 それに対し挙手したのは、名指しされたキキョウだった。


「それならば、某が何とかしようではないか」

「いや、相手の足を止めるのなら、俺がやるよ。三人がそれぞれ一人ずつ倒してくればいい」


 シルバが言うと、キキョウは頷きながらも不安そうな表情を作った。


「しかし、相手には強化(バフ)系の術も効きにくいという話であるぞ? 何か手はあるのか?」


 それは、シルバを除く三人共通の懸念でもあった。

 本来なら、こちらが加速(スパーダ)を使って対抗するという手が一番確実だが、()()()()()でそれはタイランには適応できない。

 そういう意味では、確かに相手の足を止めるのがベストだ。

 もしくは幻影の呪文で相手を惑わせるか。

 しかし、相手に魔術抵抗(レジスト)がある以上、それも絶対確実とは言えないのだ。

 その不安に対して、シルバは一応対策を持っていた。


「実はな……」


 念のため、シルバはそれを小声で説明した。

 実に初歩的な方法なのだが、案外に知られていないし、使う人間もいない。

 聞いたヒイロは、何とも微妙な表情をした。


「それ、アリ?」


 呆れた声を漏らすヒイロに、シルバは頷いた。


「神様はアリって言ってる」

「ひ、酷い方法ですね……」

「褒め言葉だな」

「なるほど……それを使うのであるか。ならば、問題はないのである」


 キキョウの言葉に、タイランは驚いた。


「し、知ってたんですか……? シルバさんの、その、()のこと……」

「うむ。某も酒場での用心棒(しごと)で何度かシルバ殿には世話になったことがあるのだ。アレであろう?」

「ま、そういうこと」

「それならばシルバ殿、某達は攻撃に専念するまで」

「当然。それが俺の仕事さね。……でまあ、相手の狙いはほぼ俺だと思う」

「ふむ、その根拠は」

「四対六の戦いだ。回復役がいなけりゃ、後は持久戦で勝てるからさ。よほどのアホでなければ、そこを突く。だから、隙あらばこちらの前衛を抜いてくるだろうな」


 もう一つ理由があるのだが、それは今は関係ないので喋らないことにした。

 語るには裏付けが必要だし、目の前の戦いに集中すべき今、その必要はない。


「けど……先輩、攻撃力が全然ないよね?」

「むぅ……ヒイロ」


 キキョウがたしなめると、ヒイロは怯んだ。


「う……だ、だって本当のことでしょう?」

「確かにその通り。だから、まあ」


 否定せず、シルバはタイランの胴を拳で軽く叩いた。


「そこはアテにしてるから、タイラン」

「わ、私ですか!?」

「まあ、それはともかく、そろそろ時間だ。始めるとしよう」


 シルバが手を叩き、四人は一斉に立ち上がった。




 後ろ十メルトの距離にそれぞれのメンバーを控え、シルバとネイサンは中央で向き合った。


「勝利条件は、相手のパーティーの全滅。それでオッケー?」


 ネイサンの提案に、シルバは頷く。


「問題ない」

「こっちが勝てば一万カッド。君たちが勝てば五万カッド。約束は守れよ」

「そっちこそ」

「ところで……」


 ネイサンは、チラッと横を見た。

 丘の斜面に、百人以上の人間が座り込んでいた。

 全員が、この模擬戦に注目しているようだ。


「……アレは、何?」

「見覚えがないか? アンタらが狩った、パーティーの面々だよ。何だ、結局全員観客に来たみたいだな」

「……」


 十九組のパーティーの敵意に満ちた視線を受け、ネイサンはさすがに少々居心地が悪いようだった。


「まあ、話を聞くと辻聖職者のみんなが相当頑張ったみたいなようで。ずいぶんと酷いことをしたようじゃないか」

「勝つ為に全力を尽くす。それが勝負の掟だろ」

「ごもっとも。この戦いもそうありたいね」

「全く同感だね。……この観客も、その一環ってことか。じゃあ、そろそろ始めよう」




 互いの前衛が一斉に構え、後衛が支援の準備を開始する。

 ネイサンは、敵前衛の背後にいるシルバを見据えたまま、早口でパーティーに説明した。


「その鎧なら、滅多なことで防御力や速度の低下はないから、心配ないとは思うけど、念には念だ。誰でもいい。前衛の三人を抜いて、まず最優先で司祭を叩け」

「おうよ!」


 ネイサンの指令に、弟のポールが拳を手に打ちつけ、大きく声を上げた。


「注意すべきなのはあの司祭と、パーティーリーダーである狐だ。他二人は青銅級らしいからまあいいとして、司祭は白銀級、狐は鋼鉄級なんだ」

「なあ、何でリーダーの方がランクが低いんだよ、兄貴?」

「あの司祭は、『プラチナ・クロス』っていう腕の立つパーティーに所属してたんだよ。つまり仲間に乗っかかる形で、冒険者のランクを上げてたんだろう。寄生ってやつさ」

「マジかよ。最低だな」

「そういう奴は潰さないと駄目だろう、ポール?」

「当然だな」


 ニィッと鋭い歯を剥き出しにして、ポールが笑う。


「ただ、あのキキョウってリーダーは、どう見てもスピード型だ。最悪、二人がかりでもいい。足止めしてくれ。その場合、向こうの青銅級二人は僕の方で対処する。寄生だろうと、白銀級だ。とにかく、回復役の司祭を全力で潰す。いいね?」


 ネイサンパーティーの前衛は、前衛が全員対魔コーティングを施してある特別製だ。

 更にブーツには『加速(スパーダ)』の魔術が付与されている。

 ポールの武器である両手斧や他前衛の剣だって安いモノではなく、彼らの筋力と相まって相当に高い攻撃力を誇る。

 ある意味、正統派の強さを高めてきたパーティーなのだ。

 そして全員が鋼鉄級である。

 唯一の不安は後衛の盗賊が、この初心者訓練場に入る為、青銅級を引っ張ってきた点だ。

 しかし、元々盗賊は戦闘において強く重要視されるモノではないので、それは大した問題はない。

 それでも戦力には違いないので、ネイサンと同じ後方から、矢を放ってもらうことになっていた。


 ……ちなみに本来のネイサンパーティーの盗賊は、宿で惰眠を貪っている。


 ともあれ、戦闘開始だ。

 呪文を唱え終わり、ネイサンは敵前衛に向けて相手の防御力を弱める魔術を解き放った。


「いくぞ、『崩壁(シルダン)』!!」


 ガラスの割れるような音と共に、キキョウ達の身体がわずかに硬直する。


「おおお、行くぜ行くぜ行くぜぇっ!!」


 ポール達前衛が、突進を開始した。

 重そうな装備とは裏腹に、その動きは機敏に過ぎる。

 風を切りながら、彼らは着物姿の麗人達との距離を詰め始めた。




 雄叫びを上げながら駆け寄ってくる戦士達を見て、キキョウは溜め息をついた。


「……実に、馬鹿っぽいのである」


 身体に力が入りにくいのは、相手の放った防御力低下の魔術のせいだろう。

 一方、ヒイロは既に巨大な骨剣を抜き、正面に構えを取っていた。

 走る二人から少し遅れてタイラン、さらにその後ろにシルバが駆け足で追っていた。


「だけど、速い」

「そ、そうですね――シルバさん、この距離なら!」


 ガチャリ、と重装鎧を鳴らしながら、タイランが叫ぶ。

 そして。


「ああ、いい間合いだ。『崩壁(シルダン)』」


 シルバは、指を鳴らした。




 術の発動は、ポールも気がついた。


「馬っ鹿、効かないっての!」


 嘲笑いながら、構わず直進する。

 実際、対魔コーティングされた鎧のお陰で、シルバの魔術が効いた様子はない。

 弾かれたのだ。このままいける!

 そう確信した。

 直後、足下が崩れた。


「ぬあっ!?」


 ポールはたまらずつんのめった。


「何っ!?」


 見ると、地面が膝近くまで埋没していた。

 ポール以外の二人の前衛も同様だ。


「ふざけるな……っ!」


 何が起こったのか、真っ先に悟ったのは、魔術師であるネイサンだった。

 聖職者でも、魔術の習得ができないことはない。

 そこまでは、まだいい。

 だが、()()()()()()()()()()なんて術、聞いたことがない……!

 あれではポールの周囲の地面は相当柔らかくなっており、相当な力を込めても脱することが困難になってしまうではないか。

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