表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
それぞれの休日
69/215

司祭のシルバ、教会の荒っぽい方の仕事をこなす

 昼下がり。

 シルバとキキョウは、とある古びた洋館の荒れた庭園を歩いていた。


「身体の調子はどうだ、キキョウ?」

「うむ、万全であるぞ。しっかり整体も行い、よい調子なのだ」


 二人とも、冒険者の装備を調えていた。

 シルバの場合は普段と変わらないが、ベルトに回復薬(ポーション)や聖水を差しており、背中にはリュートという弦楽器を背負っていた。

 キキョウは、狐面を側頭部に引っ掛け、火事装束に似た上着を羽織り、機嫌良く尻尾を振りながら、腕も振り回していた。

 なるほど、シルバの見た感じ、確かに調子はよさそうだ。


「そっか。そういや、一緒にヒイロもついていったって話だけど、院を出た後別れたのか?」

「あ、いや、ヒイロは急用ができたとかで、結局院の世話にはならなかったのだ」

「あれま。……俺も大分、凝ってきたみたいだし、また行こうかね」


 シルバも、肩を回してみた。

 何となく凝っているというか、重い気がする。

 ムワンの鍼灸院には、キキョウの紹介でお世話になったことは何度かあるのだ。


「よいのではないかな。ムワン殿は腕はいいのだが、いかんせん気が強く、あの性格が苦手という人も多くてなあ……」


 それは、シルバも分かる。

 患者と直接接することが多い仕事であり、ムワンは美人だ。

 邪な考えを抱いた客が来ることもそれなりに多いらしいが、大体は痛い目に遭って二度と来なくなる。

 本人にはあまり非はないのだが、「おっかない先生」というのは間違えようのない事実なので、通う客は少ないのだ。

 そんな話をしながら、シルバとキキョウは前を見た。

 二人が歩く庭園の前には、三階建ての洋館があった。


「ふむ、改めて見上げると、これはまた、探索のし甲斐のある屋敷であるな」

「貴族の別邸だって話だな。住んでる人が二度変わってる。一人目が自殺、二人目が家族惨殺、三人目が謎の失踪かな」


 シルバは懐から取り出した手帳で、情報を確かめた。

 今日のシルバの仕事は、この洋館の除霊である。


「……それはもう、明らかに呪われているであるなあ」


 手帳を閉じるシルバのすぐ横で、キキョウが呟く。

 今回シルバは冒険者では無く、ゴドー聖教の司祭としての仕事だったので、本来は誰か手の空いている祓魔官が同行するはずだった。

 つまり、キキョウが来る必要はなかったのだが、手伝ってくれるというのでその厚意に甘えたのだ。

 どうせ仕事をするのなら、息の合った相手の方がいいに決まっている。


「ま、とにかく入ってみようか」


 シルバは両開きの重い扉を開いた。




 入ってすぐ正面はホールになっていた。

 左右に扉が二つずつ、前方にも通路がある。

 二階は吹き抜けになっており、正面から踊り場までは真っ直ぐ下り、そこからアーチ状になった階段が一階へと伸びていた。

 壁には等間隔で燭台があったが、当然火は灯されていない。


「『紙壁(ウスオル)』」


 シルバが聖句を唱えると、二人を薄く淡い青色の光膜が包み込んだ。


「ぬ、これは『鉄壁(ウオウル)』とは違うのであるか?」


 キキョウが右の人差し指で、左手の甲をつついた。

 シルバも試したことがあるが、弾力のある感触のはずだ。


「いやこれ、滅茶苦茶弱いんだよ。ちょっと抵抗ができる程度」

「ふむ?」

「でも、埃とか雨とか防ぐには充分だろ? 魔力の消費も抑えられるし、持続力もそこそこある」


 効果は上々、シルバの鼻にも埃は入ってこない。

 それにこの術は、物理攻撃だけではなく霊体による攻撃も緩和してくれるのだ。


「シルバ殿のオリジナルであるか?」

「実は」

「……しばらくしたら、ゴドー聖教の公式になるという訳であるな。しかしこれはむしろ、生活魔術の類ではないのであるか?」

「信者になると、もれなくこんな便利な祝福を受けることができます。炊事や食器洗い、洗濯でも便利だぞ」


 広めたら、割と信者増えてくれそうなんだよなあ、と思うシルバである。


「『透心(シンツ)』といい、シルバ殿は祝福を戦よりもこういう方向に活用するのが好きであるなあ」

「一般の信者は、魔物と戦ったりしないからな。それに、ゴドー神は戦の神様じゃないし、こういうのの方が好みじゃないかと思って。あ、これオフレコな。信徒が神を慮るとは不敬なとか、たまにうるさいのがいるから」


 そういうのに限って割と上層部には受けがいい、信仰熱心な信徒だったりするので、厄介なのだ。

 大体は、直属の上司であるストア司教が庇ってくれるが、鬱陶しいことには違いない。


「もちろんである。シルバ殿と某の秘密であるな」


 さっきまでよりも元気よく、キキョウの尻尾が左右に揺れる。


「うん、そういうことにしといてくれ。――『発光(ライタン)』」


 シルバが聖句を唱えると、空中に光の球が生まれた。

 外がまだ明るいので効果は薄いが、それでも建物の中は明るくなった。


「思ったよりも、埃はないようであるな」

「比較的新しいからな。ただ、足もとには気をつけろよ。時々、ヤバい部分がある」


 シルバが歩くと、床板が軋みを上げた。

 キキョウも続き、シルバほどでは無いが、足下が嫌な音を立てていた。


「そのようであるな。タイラン辺りなら、踏み抜いて埋まりかねぬ」

「うん。あ、呪詛の類を見つけたら、適当に処理してくれ」

「承知した」


 呪詛というのは、様々な思念が凝り固まり生じる、黒い靄のようなモノだ。

 単体なら触れてもせいぜい、少し身体がだるくなったりする程度だが、あまりに増えると生命の危険を感じるレベルまで精気を吸われたり、精神を病んだり、靄そのモノが空間を歪曲させ異界へと繋がったりしてしまう。

 これまでに死んだり失踪した人達は、この呪詛の被害に遭ったのだろう。


「しっ!」


 漂う黒い靄がシルバ達に近付いてくるが、これらはキキョウが脇差しですべて斬り伏せていった。

 洋館は広いが、シルバの足が迷う事はない。

 要はこの呪詛の濃い場所へと向かえばいいのだ。

 そこに、呪詛の元があるのだから。

 やがて、シルバ達は三階にある大きな部屋にたどり着いた。

 洋館の主の執務室といったところか。

 重厚な机の後ろに飾られた、貴婦人の肖像画。

 館の主の妻の絵だろうか。

 そこから、ドロドロと液体のような呪詛が溢れ出ていた。


「呪詛の元はこれだな」

「ふむ、なかなかに禍々しい絵画であるな」


 元は気品のある貴婦人だったのだろうが、今は瞳が赤く濁り口元の裂けた、禍々しい魔女と化していた。


「それじゃ、俺が弱らせるから、あれの相手を頼む」

「うむ」


 シルバから聖水を受け取ったキキョウは、刀を濡らした。


「――『浄音』」


 パァン! とシルバが両手を叩いて鳴らすと、呪詛がわずかに怯みを見せた。

 そして背負っていたリュートを構えると、弦を鳴らした。

 蠢いていた呪詛が、その場で震え上がる。

 さらに、シルバは己の勇ましい演奏に乗せて、聖歌を歌い上げる。


「では、参るとしよう――!!」


 シルバの聖歌を背に、キキョウは部屋に滑り込み、刀を振るった。

 聖水に濡れた刃が走り、斬られた呪詛は黄金色の光となって霧散してしまう。


「うむ、やはり調子はよくなっている。ムワン殿、さすがの腕であるな!」


 呪詛を斬り伏せ、キキョウは舞い踊るように軽いステップで進んでいく。

 前後左右に天井床下からも呪詛がキキョウを襲うが、それらすべてが走る刃と共に、黄金の光となって霧散してしまう。

 危機を覚えたのか、怪物となった絵画の貴婦人が額縁から出てきた。

 しかし、動くのがあまりにも遅かった。

 鉤爪を振るうが、そこにはもうキキョウはいなかった。

 怪物が顔を上げると、天井近くまでキキョウは跳躍していた。


「これでトドメである!」


 キキョウの振るった刀は、額縁ごと怪物を両断していた。




 パンッとシルバは手を叩いた。

 洋館を囲む四方の塀から、一瞬青白い光の壁が立ち上がり、すぐに消えた。

 シルバは石壁にもたれかかり、手帳を開いた。

 この洋館に入って一仕事こなしたが、ようやくおやつの時間といったところか。


「さて、今日はあと二件回るつもりだけど、キキョウはどうする? 最初みたいなのはもうなくて、中を見回ったら、後は今やった『聖なる地』の祝福を掛けるだけなんだけど」


『聖なる地』は、土地全体に神の祝福を施す術だ。

 一時的にその場所が清浄になり、悪い霊が寄りつかなくなる。

 畑に行うと豊作になるので、種を蒔く時期には多くの農夫達が教会に寄付を行いに来る。

 ただ、中にそれなりに強い悪霊がいた場合、散らすことができないので、まずは元を絶つ必要があったのだ。

 シルバがこの後回る二つの家は、今回のような悪霊はいないはずなので、キキョウには大した仕事は残っていない。


「特にすることもないし、最後まで付き合うのである。……というか、シルバ殿は休みなのに、何故働いているのであるか」

「冒険者の仕事と、教会の仕事は別なのです」


 シルバは畏まった口調で言い、手帳を閉じた。

 そして歩き始める。


「まあ、冒険者やってる分、教会の仕事はほとんど免除されるんだけどな」

「そういうモノなのであるか?」


 シルバに並んでキキョウも歩く。


「戦場司祭は、軍に就いたり冒険者として戦う司祭。通常の聖職者が行う仕事は少ないんだ。出世も早いけど、その分、命を張るってリスクがある。それにあちこち移動するから、教会を持ったりもしないんだよ。俺も大聖堂に通ってるし」

「ふむ、なるほど」

「まあ、それ以外にも目的はあるんだけどな」

「というと?」

「カナリー以外、下宿住まいだろ? どこかに拠点を作れたら、集まる手間が省けるんじゃないかと思ってな。まあ、あくまで仕事のついでに考えてるだけで、そもそもみんなの……」

「よい考えであると、某は思う」


 シルバの言葉を待たず、キキョウはビッと親指を立てた。


「……都合を聞かないと」


 教会での仕事なので、ロクな報酬が出ない。

 その代わりに、事故物件の情報は手に入るし、不動産屋との人脈(コネ)ができ、交渉も有利になるのだ。

 教会の司祭として悪霊を祓い、それに感謝した不動産屋が便宜を図ってくれる。

 そう、これは決して、職権の濫用ではないのである。

 まあ、そういう下心があることを否定はできないが。


「某は何ら問題はないぞ、シルバ殿。なるほど、確かに少々大きな買い物であるが、長い目で見れば安くつくというもの。某は賛成なのである」


 ぶんぶんぶんと、これ以上無いほどにキキョウの尻尾が左右に揺れていた。

 鼻息も、なんだか荒い。


「そ、そうか……まあでも、やっぱりみんなの意見も聞かないと駄目だと思うんだよ」

「それはもっともであるが、他の皆が反対しても、某としては拠点ができるというのは悪くないと思うのだ。そうなると、物件も小さいのから大きいのまで、色々考えておかねばならぬな」

「お、おう……」


 すっかり乗り気なキキョウに、逆にシルバの方が及び腰になりそうだった。


「ではシルバ殿、次の物件に向かおうぞ。ふむ、元墓場があった場所で、幽霊らしき者が出るという噂であったな……大した問題ではないであるな、うむ!」


 張り切り、大きく腕を張り上げるキキョウ。

 無自覚に早足になっているキキョウの後を、シルバはついていくのだった。

 作中に出てくる『祝詞』を『聖句』に変更しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ