無謀なる腕相撲
「それで今日は……パーティーとしてはお休みだから、一人で依頼を受けに来たんですか?」
「うん。薬草とキノコの採取依頼ね」
休みの日には、ヒイロはアーミゼストを出てすぐの所でこなせる、簡単な依頼を受けているのだ。
受付嬢も心得たもので、書類に記載をしていく。
「常時依頼ですね。ありがとうございます。あ、いつものように兎や鹿の素材も引き取りますよ」
「うん、ありがとう。それじゃ、行ってくるね」
「はい、お気を付けて。出発前に装備の確認と、回復薬などの準備もお忘れなく」
「はーい!」
ヒイロは、元気よく返事をした。
冒険者ギルドに併設された酒場では、そんなヒイロを何人もの冒険者達が眺めていた。
「おいおい、あんなちっこいガキが冒険者かよ。ツラも見ろよ。まるで女の子じゃねえか」
いい感じに酔い、顔を赤らめた冒険者がヒイロを指差して笑った。
まだ若い、屈強な戦士風の男だ。
しかし、他にいたベテラン冒険者達が笑ったのは、ヒイロではなくその若い冒険者に対してだった。
「何だお前、アイツを知らないってことは新顔だな?」
「ああ? それがどうしたよ」
ベテラン冒険者達に、若い冒険者は凄んでみせた。
だが、経験の差だろう、そんな威圧はベテラン達にはまるで通じた様子がなかった。
「しかも見たところ新米か。言っちゃ何だが、あの子はアンタより強いぜ?」
眼帯を付けた男が、若い冒険者の胸元に下がった認識票を確認した。
青銅級だ。
「はぁ? あんなちっこいのに俺が負けるかよ!」
青銅級の若い冒険者は、酔いとは違う意味で顔を真っ赤にさせていた。
すると今度は、酒場のあちこちから爆笑が起こった。
「おいおい、聞いたか今の?」
「ははは、面白い奴だな。一杯奢るぜ」
「まあ確かにナリは悪くねえが、ヒイロにゃ勝てねえだろ。おぅい、ヒイロ!」
眼帯の冒険者が、ギルドから出ていこうとするヒイロを呼び止めた。
「うん? 誰か呼んだ?」
「呼んだ呼んだ。ちょっと来いよ」
眼帯の冒険者が手招きする。
「えー、ボク今から薬草とキノコ、集めに行くんだけど?」
「ケッ、見ろよ。やっぱりガキが受けるような依頼じぇねえか!」
そんなヒイロに、若い冒険者が悪態をついていた。
「んん?」
「この肉一本やるからさ、コイツと一勝負してくれねえか。勝ったらもう一本やるぜ?」
「じゃあ、やる! オジサン、よろしくね」
眼帯の冒険者から骨付き肉を受け取り、ヒイロは早速囓った。
そして、若い冒険者の向かいに座った。
「なっ! オレはまだ二十歳だっつーの!」
「オジサンじゃん?」
本当に、何の悪気もなくヒイロは首を傾げた。
なので、周りの笑いはさらに大きくなった。
「ハハハハハ、そうだなオメーからすればオジサンだわなあ!」
酒場が騒々しいのに気付いたのか、カウンターにいた受付嬢が声を張り上げた。
「ちょっと皆さん、ギルド内での私闘は厳禁ですよ!」
結構厳しめの声だったが、ベテラン冒険者達にはまるで通じない。
そもそも私闘でも何でもないから、まったく気にしてもいなかった。
「分ーかってますって! いつものアレですよ、ア・レ!」
ベテラン冒険者の中でも比較的若い、といっても三十は超えている右頬に向こう傷のある男が弁解するように答えた。
受付嬢は少し頬を膨らませながら、椅子に座り直した。
「まったくもう、程々にしておいてくださいよ? ヒイロ君も、あんまりそこの酔っぱらい達を構ってたら、悪い大人になってしまいますからね?」
「はーい。それじゃ、やろっかオジサン」
ヒイロは、右肘をテーブルに乗せた。
「だから、オジサンじゃ……ああ? 何だよこりゃ?」
「え、腕相撲だよ?」
確かに、そうとしか言いようがない。
若い冒険者が戸惑っていると、どうするの? とヒイロは指をヒラヒラさせた。
周りでは既に賭けが始まっていた。
「さー、みんな張った張った! オレはヒイロに五十!」
「ヒイロに百! っておいおい、これじゃ賭けにならねーよ!」
「そいつ自身に賭けさせりゃいいじゃねえか」
「お、頭いいなお前。そうだな、お前いくら賭ける?」
ベテラン冒険者達は勝手に盛り上がり、しかも自分に賭けろと言い出す始末だ。
「ちょっ、何なんだよこれ。アンタら勝手なこと言ってんじゃねえよ!」
「やんないの? ボク、これから外に仕事に行かなきゃならないんだけど」
周りの肉を食べ終わり、ヒイロは骨をサクサクとスナック菓子のように食べ始めた。
「チッ! じゃあ俺は自分の有り金全部だ! アンタら、あとで泣きを見るなよ!」
若い冒険者は舌打ちすると、席に座り直した。
「おいおい、威勢がいいなあ?」
「少しは持たせろよ! いくら遊びだっつっても、あっという間に終わっちゃつまらねえ!」
「クソッ、好き勝手言いやがって! 見てろよ、こんなガキ一人……」
周りの冒険者達が囃し立てる中、若い冒険者もまた右肘をテーブルにつき、ヒイロの手を握った。
直後。
「……っ!?」
見上げるような大岩のイメージが、若い冒険者の頭に浮かんだ。
「よーし、準備はいいな二人とも! それじゃ始めるぜ、せーの!」
「いくよー!」
「ちょ、ま、待てこれヤバいって……」
声を張り上げる審判役の、眼帯冒険者。
そして張り切るヒイロ。
戸惑い、何とか逃げようとする若い冒険者だったが、遅かった。
「始めぇっ!!」
ミシィッという音と共に、若い冒険者の右手の甲が、テーブルの端に叩きつけられた。
ついでに身体全体が椅子から引き剥がされ、そのまま派手に反転、半ばひっくり返る態勢になった。
背中が床についていないのは、まだヒイロが右手を握っているからだ。
酒場が冒険者達の歓声で沸き上がった。
「ほいっと」
軽い口調で、ヒイロが倒れそうになっている若い冒険者の身体をあっさり持ち上げる。
心得たように向こう傷の冒険者が倒れた椅子を起こし、若い冒険者の尻の下に滑り込ませた。
呆けたような顔のまま、若い冒険者は椅子に座った。
「じゃ、おしまい! オッチャン、お肉!」
「おうよ、持ってけ!」
ヒイロは椅子から降りると、眼帯の冒険者から骨付き肉を受け取った。
そしてその場で、食べ始めた。
「ヒイロ、これから一仕事なんだろ。こっちの唐揚げも持っていきな!」
「お前さん、たまには野菜も食わねーと大きくならねえぞ? こっちはサラダだ!」
「いやいや待てよお前達。それならこうやって、パンに挟んだ方が弁当としちゃよくねえか?」
「飲み物は、水かミルクか?」
「鬼族だろ? お前の呑んでるワインで問題ねーよ。ああでも念のため、弱い奴の方がいいな」
「みんな、ありがとー!」
紙ナプキンに包まれた即席の弁当とワインの詰まった水袋を受け取ると、ヒイロはそのまま外へと駆けていった。
「気をつけて行きな!」
「あんま、やり過ぎんなよー! 他の若いモンの獲物がなくなっちまうからなあ!」
ベテラン冒険者達は、それを手を振って見送った。
「何なんだよ、あのガキ……滅茶苦茶強いじゃねえか」
若い冒険者はいまだに呆けていた。
その様子に、眼帯の冒険者が笑っていた。
「人を見かけで判断して笑うから、逆に笑われるんだよ。憶えとけ、鬼のヒイロだ」
「……憶えとくよ」
そっぽを向く若い冒険者。
その肩に、ポンと眼帯の冒険者がゴツい手を置いた。
もう一方の手には、金の詰まった袋。
若い冒険者の、財布である。
キラリと眼帯の冒険者の片目が光った。
「あと、賭けのことは忘れてないよな」
「……!」
若い冒険者は顔を青ざめさせた。
「よーし、今日の酒はコイツの奢りだ! 派手に行こうぜ!」
「ちょっ、アンタ何言ってんだーーーーーっ!?」
「皆さん、あまり騒ぎすぎないでくださいってばーーーーーっ!!」
ヒイロが去った後も、冒険者ギルドは騒々しかった。




