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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
64/215

ジェントの大妖

 キキョウは語り始めた。


 キキョウの故郷はジェントという極東の島国である。

 そこのアキヤマ藩という領地で、こちらでいうところの騎士に当たる、サムライという職業に就いていた。

 アキヤマ藩のサムライには皆、狐の面が与えられることとなっており、精強で知られる彼らは『狐面衆(こめんしゅう)』と呼ばれていた。

 キキョウはそこの三番隊隊長であった。


「へー、キキョウさん、そんなに偉かったんだ。道理で強いはずだよね」


 ヒイロが感心すると、キキョウは肩を竦めた。


「今は位などない、浪人であるがな」

「そもそもそんな偉いキキョウが何故、こんな辺境に流れてきたのかって話だよね」

「うむ……」


 カナリーの指摘に、キキョウは話を続けた。


 ある時、ジェントに大妖が出現した。

 こちらでいう災害級のモンスターである。

 流れる川が強力な力を有し、見上げるような水棲の獣の形と成ったそれは、『荒魂(あらみたま)』とも呼ばれ、半ば精霊でもある怪物であった。


「半ば、精霊? それって、あのフィリオさんみたいなの?」


 ヒイロの問いに、キキョウは頷いた。


「みたいというか、それそのモノであるな。形としては海豹(アザラシ)に近かった。ただし生まれたばかりだったので、知性はほぼなく、本能で動く。目に映るモノ全てを薙ぎ倒していく、水のモノノケであった」


 水棲の獣の形は取っていたが、陸でも動ける獣の大妖であった。

 大量の水を伴い、泳ぐように地上を移動するのだ。

 結果、被害は甚大。

 村や町は大洪水に巻き込まれ、幾つもの藩が大妖に潰された。

 ジェントの大将軍や『狐面衆』、他の藩の侍衆も立ち向かったが、足止めがせいぜいで、大妖を倒すことは敵わなかった。

 そこで、ジェントを束ねるミコト女王は一計を講じた。


「クスハ遺跡に誘い込み、余所の地へと追いやるのです」


 そこで、カナリーが待ったを掛けた。


「クスノハ遺跡ではなく、クスハ遺跡? キキョウ、君の国にはそういう名前の遺跡があるのかい?」

「あるのだ。そしてその遺跡には、古くから封じられていた転移陣(ポータル)が存在した」


 転移陣(ポータル)は地面に刻まれた、遠くへと一瞬で移動ができる円陣である。

 古代王朝の移動手段であり、円陣ではなく門の形をしていたり装置として残っていることもある。


 パチン、とカナリーが指を鳴らした。


「……なるほど、何となく繋がった。それが、こちらのクスノハ遺跡に通じていた、ということか」

「それはそうなのであるが……」


 キキョウは言葉を濁した。


「でも、こっちに送っただけじゃ、大騒ぎになったはずだよね。そんな、国一つが対処してもどうにもならないのが来てたら、この都市もただじゃ済まなかったんじゃないの?」


 ヒイロが素朴な疑問を呈すると、カナリーが驚いた。


「ヒイロ、まさしくだ。時々鋭いな、君は」

「えへへ、褒められたー」


 ヒイロは照れくさそうに頭を掻いたが、タイランは少し困った顔をしていた。


「……あ、あの……時々って辺りが少し、引っかかりますけど……」

「せっかく本人が喜んでいるのだから、水を差さないであげてもらえるかな、タイラン」

「は、はい」


 タイランが頷く。

 キキョウは腕を組み、唸った。


「ヒイロの指摘はもっともなのである。つまりその策は、余所の国に厄介ごとを全部丸投げしてしまうということだったのだ」


 クスハ遺跡の封印がミコト女王によって解かれ、転移陣(ポータル)は稼働した。

 女王は転移陣(ポータル)の先に先遣隊を送り、その先に何があるのかを確かめさせた。

 出現先は地下の広い空間で、階層状の迷宮の最底辺であった。

 ただし魔物も宝もない枯れダンジョン。

 地上に到達すると遺跡の周辺は平原や荒野で、小さな村や街が幾つか、そして大きな都市があった。

 辺境都市アーミゼストである。


 そこで、シルバは口を挟んだ。


「不審者が何やら跋扈しているっていうんで、ストア先生の指示で教会が動いた。その一人が俺。当時はまあ、前のパーティーに入ってたんだけど、冒険者ギルドを通した依頼じゃなかったから、単独(ソロ)で動いてたんだよ。それで、偵察に来てた先遣隊がクスノハ遺跡からやって来たことを知った。こう言うと、あっという間の話みたいだけど、結構な日数が経過してたんだよ。キキョウの話とすり合わせると、俺が突き止めたのは何度目かの先遣隊だったみたいだし」


 話は前後するが、つまり大妖をアーミゼストに誘い入れ、クスハ遺跡を封印する。

 破壊してしまえば、証拠もなくなる。

 そういう計画だったのを、クスハ遺跡へと大妖を誘い込む役目を担うこととなった『狐面衆』の一員であるキキョウは知ってしまった。


「計画に反対したが、却下された。お上のすることであったしな」


 ジェントの民の気質として、お上には従順であることは美徳とされていたのだ。

 キキョウの言葉に、カナリーが首を傾げた。


「それと、財宝の持ち出しとどう関係があるんだい?」

「宝物庫から持ち出したのは、正確には刀を数本と槍と矢と弓、甲冑と鞍、秘薬、戦用の魔道具の類であったのだ」


 なるほど、とどこか呆れを含んだ表情で、カナリーは納得したようだった。


「……話の流れを汲むと、こちらにその大妖というのが送られた後、倒せたんだろう。……けど、よく倒せたね?」

「もちろん、某だけの力ではない。向こう(ジェント)の侍衆が相当、手傷を負わせてくれたからだ。……まあ、王城から宝を盗んだ某を追った近衛衆も、成り行きで協力する羽目になったというか、巻き込まれたというか……」


 少し気まずそうに、キキョウは目を逸らした。

 それを見て、カナリーは目を細めた。


「何というか、目的は違うが、やったことはあのクロップ老人と同じっぽく感じるんだけど」

「……言われてみれば、否定できぬ」


 そして、大妖はクスハ遺跡に到達した。

 同時に、ミコト女王が転移陣(ポータル)で、この大妖を遙か西にあるこのクスノハ遺跡に転移させた。

 戦っていた侍衆は計画通り、直前で離脱したが、大妖と戦いをやめなかったキキョウは、そのままこちらへと送られてきた。

 地下迷宮の階層を幾つも貫き、地上に大妖は出現した。


「先遣隊を追跡して、クスノハ遺跡にたどり着いた俺が見たのは、ここから」


 と、シルバが話に割り込んだ。


「ビックリしただろう、シルバ」

「割と本気で、来るんじゃなかったと思った」


 カナリーの問いに、シルバはしみじみと語った。


 とにもかくにも、大妖と完全武装に秘薬を大量に投与したキキョウの戦いは、こちらで継続、持ち出した魔道具も全部、使い切っての勝利であった。


「よく勝てたね」


 カナリーの言葉はもっともだ。

 国を大きく荒らした大妖(モンスター)が、結果的には一人の侍によって討ち取られたのだ。


「さっきも語った通り、某一人の力ではない。それに、獣に効く猛毒や例の狐面も複数枚使用したのだ」

「複数枚?」

「向こうの戦いで、先に戦闘不能になった同僚から託された分なのだ。さすがに酷い作戦故、表向きはお上には逆らわないまでも、何人かは裏で協力してくれたのだ。某一人では、そもそも王城の宝物庫に入ることもできなかったであろう」

「はー……」


 カナリーは大きく息を吐き出すと、シルバの方を向いた。


「そんな怪獣大決戦で、シルバにできることなんてなかったんじゃないかい?」

「まあ、ほとんどなかったな」

「……」


 キキョウは何かを言いかけ、遠い目をした。


「……まあ、シルバ殿はいつも通りであった」

「……何かしたんだ、先輩」

「何しでかしたんでしょう……」


 何やらヒイロとタイランが、小声で話しながら頷き合っていた。


「信用ないな俺!? 本当に大したことしてないんだってば!?」

「話は長くなったが、つまりそういうことなのである。某は故郷では主命に逆らい、戦のドサクサに紛れて宝物庫から財宝を持ち出した大罪人なのであるよ。こちらにも言い分はあるが、しでかしたことは事実なのである」


 なお、倒した大妖の死体はシルバが呼んだ、ストア司教率いる教会の関係者が回収した。

 戦いがほぼ夜中から夜明けの直前であったこと、倒した大妖の死体は都市とは逆の方、山の方に運搬されたので、事はほとんど明るみに出ていない。

 力尽きて倒れたキキョウはシルバが保護し、辺境都市アーミゼストへと運んだ。

 この都市では、いつも通りの一日が過ぎただけだ。


「よってタイラン。お主が国に追われているからといって、それを気に病む必要はないのだ。個人としてならまあともかく、このパーティーの中では今更なのである」

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