フィリオの礼
霊獣フィリオの怒りの威圧が一瞬高まったようだが、それはすぐに鎮まった。
『我が名はフィリオ。モース霊山の長であり、お前達が守ってくれた子らの父親である。……感謝する』
フィリオの名乗りと礼に、シルバ達は恐縮した。
「こ、これはご丁寧に。俺はゴドー聖教の司祭でシルバ・ロックールです」
シルバに続いて、キキョウやヒイロも自分の名を名乗った。
それが終わると、フィリオはパーティーのメンバーを見渡し、目を細めた。
『……なかなか、趣のある面子だな。見事に種族がバラけておる』
「そういうのを狙って集めた訳でもないんですが」
困ったような笑顔を浮かべながら、シルバは肩を竦めた。
シルバの態度を見て、ふん、とフィリオは鼻を鳴らした。
『……お前の普段の口振りでよい。姫が奇妙な顔をしている』
「に」
ペシペシとリフが、シルバの袖を軽く叩いていた。
「そういうことなら失礼して、本来の口調に戻させてもらいます」
シルバが言うと、フィリオも鷹揚に頷いた。
『うむ。姫よ、こちらへ戻るがよい』
「にぅ……」
リフは何故か、フィリオに応えず、シルバを見上げた。
ぶわっとフィリオの全身の毛が逆立った。
『ど、どうした、姫。父だぞ?』
「そ、そうだぞ、リフ。お父さんだ。行ってやれ」
「に!」
シルバの言葉に一瞬フィリオの目が赤く光ったが、リフが飛び出し、フィリオの前脚に身を寄せると、すぐに碧い色に戻った。
毛並みも元に戻っている。
次にフィリオは、シートの上で丸まっている、三頭の霊獣の仔達を見下ろした。
『あと、そこの子狸ども。いい加減、芝居をやめるのだな。……我はすべてを知っているぞ』
キン、と碧い瞳が輝いたかと思うと、霊獣の仔達の身体が緑色の光に包まれた。
『これで起きられるはずだ。これでも目覚めぬというのなら……呑むぞ』
「「「っ!!」」」
フィリオがグアッと大きな口を開くと、彼の子達は跳びはねるように起き上がった。
これにはヒイロやキキョウもビックリした。
「寝たふり!?」
「狸寝入りであったか」
ノソリと動き、フィリオはリフを伴いながら、己の子達に近付いた。
その瞳は、優しいモノだった。
『ともあれ、お前達も無事でよかった。……人の悪意というモノを、理解できたか? ここがどこかも分かっておらぬのではないか?』
「にぅ」「にゃあ」「にぃ」
『反省せよ』
フィリオの前脚が、ベシンと三頭の子達を叩いた。
「「「ぎっ!!」」」
というか、潰したという表現の方が正しいかも知れない。
シートを巻き込み、三頭の小さな霊獣達は、地面に埋没していた。
ちゃんとフィリオは手加減したようで、子ども達は足を痙攣させながらも、無事に生きているようだった。
『本格的な折檻は、戻ってからとする。……まったく、これではどこぞの火龍の子らを笑えぬではないか』
ふん、とフィリオは鼻を鳴らした。
子どもへの仕置きは終わったようなので、シルバは気になっていることを聞いてみることにした。
「えっと、質問があるんだけど」
『何だ』
「こっちの龍魚の素性とか、心当たりは?」
シルバは寝かしている、龍魚を指差した。
『ない。だが、あの都市には龍魚信仰の施設もあるはずだ。そちらに預ければよいだろう』
龍魚の身体もまた、緑色の光に包まれた。
『衰弱しているようだが、これでもう大丈夫の筈だ』
「助かる」
フィリオの前で、白目を剥いた三頭の小さな霊獣達が浮かび上がり、その背中に乗った。
後ろに下がり、再びシルバ達と距離を取った。
『礼をしたい。我に叶えられるモノならば、応えよう』
「それは、少し考えさせて欲しいかな」
シルバは戸惑い、キキョウたちを振り返った。
シルバだけでなく、全員困惑していた。
「俺達、何にも考えてなかったし……なぁ?」
「うむ、左様であるな」
「リフちゃんを、助けようとしただけだしねぇ」
「で、でも受け取らないというのも、なんだか失礼な気もしますよ……?」
「ああ、それなら僕に一つ、考えがあるんだけど」
パチンと指を鳴らしたのはカナリーだった。
「え!?」
カナリーの話す提案に、タイランが驚いた。
だが、シルバは悪くないなと思った。
「……確かに、なかなか手に入らないモノだし、それはアリかもな」
「い、いえ、それはちょっと、どうかと」
「遠慮しちゃダメだよ、タイラン。一番頑張ったんだしさ」
右往左往するタイランの肩を、ヒイロが叩いた。
さらに、キキョウも同意を示した。
「某もよいと思うぞ。修復するにせよ新たに調達するにせよ、かなりの費用になってしまう」
「決まりだね、シルバ」
「ああ」
シルバは、シートの傍らに置いていた、タイランの鎧の残骸を指差した。
「お礼っていうのなら、この鎧と炉を修復して欲しい。もしくは新しいそれか」
『そうか』
フィリオが口を開くと、そこから黒い全身鎧が吐き出された。
パル帝国製、魔王討伐軍仕様の黒甲冑。
タイランが使っていたモノより、少し新しいモノのようだ。
……失礼にならないように気をつけながらシルバは調べてみたが、唾液などはついていないようだった。
『鎧そのモノは持っていたが、魔力遮断の施術はされておらぬ。故に、その資金としてこれを使うがよい』
さらに口から出したのは、拳ほどもある宝石だった。
「デカっ!?」
『山で採れたモノだ。気にはするな。それは、お前達の求めるという、炉の費用も兼ねている。……そして炉自体もまた、我には用意できぬ。というかしたくもない』
フィリオは苦々しく、歯を剥いた。
「あ、そうか。すまない。子どもを苦しめた道具だもんな」
これは配慮が足りなかったかなと、シルバは恥じた。
フィリオはそれに構わず、視線をカナリーとタイランに向けた。
『この中で錬金術の知識があるのは……お前達だな』
「さすが」
カナリーは、軽く目を見開いた。
『匂いで分かる。もう一人は存在そのモノが錬金術の粋ではないか』
「あ、ありがとう、ございます……」
人工精霊であるタイランは、恥ずかしそうに身を縮こまらせた。
『ならば、知識を授けよう』
フィリオは右の前脚を持ち上げると、くい、と振った。
小さな緑色の光球が、カナリーとタイランの頭上に出現したかと思うと、溶けるようにその頭に消えていった。
「……っ! こ、これは……!!」
「炉の知識、ですか……? いえ、これはそれだけじゃなくて、自動鎧の知識も……!?」
『群れの糧とするがよいだろう』
戸惑う二人に、むふん、とフィリオは鼻息を上げた。
「えー、いいなあ。ボクは駄目なの?」
ちょっと羨ましそうにしたのはヒイロだ。
興奮していたカナリーだったが、そんなヒイロの両肩に手を置き、心配そうな顔をした。
「ヒイロ。これは嫌みでも何でもなく純粋な親切で言わせてもらう。僕とタイランが受け止めた知識を君の頭に入れると、多分頭から煙を噴いてぶっ倒れる。それとも君、百行近くにわたる数式とか、理解できるかい?」
「ボクが悪かったです」
大真面目に答えるヒイロであった。
『だが、確かにその二人にだけでは不公平だな。鬼の子よ。その骨剣を見せよ』
「え、これ?」
フィリオに言われ、ヒイロは自分の骨剣を掲げた。
前の戦いで投げたが、ちゃんと後で回収はしていたのだ。
手を離すと、フィリオの目の前に骨剣が浮かび上がった。
『やはり、罅が入っているな……骨剣に龍の因子を埋め込んだ。折れにくく、またお前の成長に合わせてその骨剣も成長するだろう』
フィリオの目前で、骨剣が輝いた。
そして光の収まったその骨剣が、ヒイロの手に戻った。
「ほえー……ありがとう!」
『うむ。お前達には、望みはないのか?』
残ったのは、シルバとキキョウだった……が、シルバは腕を組んで唸った。
「特にはない……かなぁ」
「では、某も同じくである」
思いつかないのなら、無理に求めることもないだろう。
そもそも、最初に求めたのはタイランの器となる鎧と炉だけなのだ。
充分過ぎる報酬といっていいだろう。
『欲のないことだ。では、礼も終わったところで――』
一度フィリオは目を閉じた。
そして次に開かれたその瞳は、獲物を狙う獣のような爛々とした眼光であった。
『……娘に名を付けた責任、これをどう取るつもりだ?』
「ちょっ、何この気迫!?」
何のことか、シルバはすぐには分からなかった。




