被害者たちからの情報収集
やや大きな丘を回り込んだ先で、四人は足を止めた。
「……二、三戦どころではなかったな」
キキョウの呟きに、タイランは鋼の身体を震わせた。
「酷い……」
草原には何十人もの怪我人が、苦悶の声を上げながらシートに寝そべっていた。
まだ元気な辻聖職者達や医師達が駆けずり回っているが、とても手が足りているようには見えなかった。
シルバは近付くと、十代前半の助祭の一人が気付いたようだ。
どうやらシルバと同じ、ゴドー聖教に属する少女らしい。
「よかった! お仲間ですよね。治療を手伝ってもらえますか?」
「そりゃ当然。結構な数だな」
「百人以上います」
シルバが顔をしかめ、その後ろでキキョウ達は目を剥いていた。
「ひゃ、百人……!?」
「ひぇー……」
「ど、どうしてこんなことに……」
髪を後ろで一括りにした助祭の少女は、名をチシャといった。
「パーティーの回復係自身が負傷しているので……私達だけでは、とても手が追いつかないんです。何よりその……」
シルバは、怪我人の一人の脇にしゃがみ込んだ。
顔色が悪い……いや、悪いどころではない。紫色だ。
「この症状は、毒だな」
「そ、そうなんです。このままでは、私達の魔力も尽きてしまいそうで……」
チシャが目に涙を浮かべる。
なるほど……とシルバは納得した。
ここは、初心者訓練場だ。
『解毒』の術を習得していない者も多いだろう。
「やったのは、小さい魔術師とやたら大きい戦士のいるパーティー?」
「そ、そうです」
「施療院に連絡は?」
「し、しました。でも、ここは郊外で遠いですから……」
「だよなぁ……」
ボリボリと、シルバは頭を掻いた。
聖印と共に胸元で揺れる認識票に、チシャも気付いたようだ。
「あ、あの、その白銀色の認識票って……」
「ああ、白銀級。心配しなくても、『解毒』は使えるよ」
「よ、よかった。ありがとうございます」
チシャがホッとした笑みを浮かべた。
「了解した。じゃあ、まずはみんなをなるべく密集させて」
「はい?」
「一気にやった方が、効率がいい。キキョウ、手伝ってくれ」
「承知。ヒイロ、タイラン始めよう」
「な、何するの?」
「貴公が頼りないと言った、シルバ殿の力が少し見られるぞ」
チシャやキキョウ達の手で、苦しむ声を上げている冒険者達が、一塊に集められた。
「こ、これでいいんでしょうか」
「上等上等」
シルバは小高い丘を登り、彼らを見下ろす位置に立っていた。
「それじゃ、行きますよー。まずは――『解毒』!」
高らかに空に掲げていた右手の指を鳴らすと、冒険者達の身体から紫色の禍々しい光が天へと昇って消失していく。
顔色のよくなった彼らに、シルバの二つ目の術が発動する。
「続いて『回復』」
彼らに向けて左手の指を鳴らすと、冒険者達を青白い聖光が包み込む。
「は、範囲回復……!?」
チシャが集められた冒険者達を見ると、傷と体力が回復した彼らが一斉に快哉を叫んだ。
それを無視して、シルバは丘からのんびりと下りた。
「本当なら『全快』使うんだけど、みんなそれほど体力高い訳じゃないから節約させてもらった。治ってない人がいたら、フォローはそっちで頼む」
「は、はい。あの、今の回復術……もしかして、高位の方なのですか? 実は司教様とか……」
聖職者といっても、シルバの属するゴドー聖教の階級にはピンからキリまである。
大雑把に分けると司教、司祭、助祭の階級が存在し、シルバは司祭に該当する。
だから、シルバは首を振った。
「いや、見た目通り、司祭。魔王討伐軍……『オルレンジ』にちょっとだけ参加してた事はあるんだ。そのせいで、経験だけは歳よりちょっと積んでる次第で」
「ああ、戦場司祭なんですね。道理で……」
大陸中の国家で結成されている魔王討伐軍『オルレンジ』がまとめられているのは、世界中に広がるゴドー聖教の力が大きい。
故に、教会関係者も参加する事が多く、また生き残った参加者は、戦いから質の高い経験を学んでいる。
……もっとも、その討伐軍に関しては、シルバ自身が望んで参加した訳ではなく、半ば姉に無理矢理巻き込まれたのだが。
「経験も、微々たるモノだったけど……いや、それよりも聞きたい事があるんだ。各パーティーのリーダーを集めてくれないか」
集まったのは十九組あるパーティーのリーダー達だった。
認識票は、全員が青銅だ。
シルバも彼らも、草原に座り込む。
その中の一人、二十歳になるかどうかという、革鎧に身を包んだ青年が頭を下げた。
「まずは、命を助けてもらった礼を言う」
「礼はいいよ。その借りは今、返してもらうから」
「というと?」
「欲しいのはアンタらをやった連中の情報だ」
「承知した。そういう事なら、オレ達は全面的に協力しよう。オレの名前はカルビン。何でも聞いてくれ」
「それじゃカルビン。アンタらに毒を与えたのは、小さいのと大きいののコンビだって聞いたんだけど、間違いないか?」
シルバの問いに、カルビンは悔しそうに歯ぎしりした。
「ああ……最初は紳士的に、接してきたんだ。それでこっちも油断した。そのまま模擬戦を行う羽目になり……いきなり本性を現わしてな……」
「全員、再起不能に追いやられたと」
要約すると、そういう事らしい。
「うむ」
他のリーダー達も一斉に声を上げる。
「アイツら、卑怯なんだ!」
「そうだそうだ! 何であんな高レベルの奴らが、こんな初心者用訓練場にいるんだよ!」
どうやら納得がいかないらしい。
しかし、そこはこの訓練場の規則にもあるのだ。
「パーティーの誰か一人でも初心者なら、この訓練場には入れるんだよ。ここは、そういう規則になってる。うちの青銅級が二人いるけど、俺はほら」
シルバは、白銀級認識票の鎖を、皆に見えるように指で伸ばした。
裏技というほどではないが、ここにいる皆は知らなかったようだ。
「それじゃ、そいつらの戦闘パターンを教えて欲しい。連携はどんな感じだった?」
「それなら、俺達の憶えている範囲でいいなら……まず最初に魔術師が、こちらの前衛の防御力を下げてきた」
他の面々もカルビンに同意する。
「あ、それ俺達も」
「ウチもだ」
防御力低下ね、とシルバは内心納得した。
確かにこれは、初心者にはキツイ。
防ぐ術がまずないからだ。
体力を付けて地力を上げていれば耐えられるだろうが、そういう連中は大抵、既にこの訓練場を卒業している。
これは、聖職者たちの祝福にしても同様となる。
防御力を高める祝福は、ある程度の経験を積まないと修得することが難しい。
仮にできたとしても、味方単体がせいぜいだろう。
グループ単位で防御力を下げられては、その対処だけで手一杯になってしまうのだ。
もう一つの方法は装備を調えることだが、これも当然金が必要だ。
金を稼ぐ為には多くの依頼をこなさなければならないので、その時点で『初心者』ではなくなるのだ。
ジレンマである。
「なるほど。他には?」
シルバが促すと、カルビンは唸った。
「それから連中の前衛が恐ろしく速くてな。向こうの攻撃は当たるのに、こっちの攻撃はほとんど当たらない」
「アイツら、確か鎧を着ていただろう?」
「ああ。だから、不自然なんだ。鉄の鎧を着て、あの速さはおかしい」
確かにあの筋肉ダルマが機敏に動く姿は、想像するとなかなか不自然だ。
というか気持ち悪い。
シルバの見立てでは、前衛は戦士が三人。
屈強なポールがエースで、他二人がやや劣るといった所だった。
後衛はあのネイサンという魔術師、神官、盗賊という組み合わせだったと記憶している。
「魔術師か聖職者が、加速する術を使ったのか?」
「いや、違う……と思う。初速から尋常じゃなかった。けど、素の動きでもない」
「……となると、魔術付与された装備の類かな。攻撃は一度も当たらなかったのか?」
メモを取りながら、シルバは疑問を口にする。
すると、他のパーティーから手が上がった。
「俺んトコは当てた」
「ウチもー」
話を聞くと、だが当ててもまるで効いていないようだったという。
だが、ダメージがゼロという訳でもないようだ。
「つまり、当たってもほとんどダメージが通らない……鎧も相当いいのを使ってるのな。その前衛連中に、魔術攻撃は?」
すると、魔術師をやっている一人が首を振った。
「効果が低い。ウチは火炎を使ったけど、思ったより威力が低くなっててビックリした」
向こうと同じように防御力を下げる魔術は使える者が一人いたが、それも弾かれたという。
「魔術に対して抵抗アリ……また厄介だな」
シルバは整理してみた。
敵前衛はまず、おそろしく素早い。
よって当て難く、当たり易い。
鎧自体が固く、生半可な攻撃ではダメージが通らない。
そのくせ魔術師であるネイサンがこちら側の防御力を下げるせいで、相手の攻撃は相当に痛い。
おまけに魔術も半減。
弱体化の補助系は弾かれる。
……初心者相手にこれはチートだよなぁ。
「後衛は?」
「あの小さい魔術師は、毒の術を使う。ウチは、それでやられた」
卑怯だよな、と周りの声がいくつも聞こえてくる。
けれど、シルバはこれを卑怯とは思わなかった。
むしろ、うまいな、と正直思った。
毒は持続性があり、ジワジワと体力を削っていく。
それに加えて、心理的に焦りを生むという効果があるのだ。
本来支援すべき後衛が、これでやられてしまう。
「前衛の連中は防御力を下げてから機動力重視で叩き、後衛は『猛毒』でジワジワ弱らせるか……まったく初心者殺しだな」
大体、相手の情報が掴めた。
顔を上げると、カルビン達が縋るような目で、シルバを見つめていた。
「頼む。アンタら次、アイツらをやるんだろう? 俺達じゃアイツらに勝てない。仇を討ってくれ」
「そうだそうだ!」
「頼むぞ!」
ふむ、とシルバは腕を組んで、首を傾げた。
「いや、情報もらっといてなんだけど、それは断るよ」
「え」
シルバは手を振りながら立ち上がった。
「俺は俺の事情で戦うんだ。ここにいるみんなの仇は取らない」
呆気にとられるカルビン達を、シルバは見下ろした。
どういう話をしているのか気になったのだろう、周りには初心者パーティーの残りの面々や、キキョウ達も集まっていた。
が、構わずシルバは言葉を続けた。
「というか、何でみんなこの訓練場にいるんだよ。強くなる為だろ。冒険者になる為だろ。金目当ての奴もいれば、ここで一旗上げようって奴だっているだろう。この土地に眠るっていう封印された古代王の剣をガチで探している奴もいるだろうし、何かしらの使命を持ってる奴だっているはずだ。ただ、ここにいる連中に共通してるのは、まだ始まったばかりだってことだ。強い敵がいるからって諦めて人に託すのは早すぎるぞ、おい。困難苦難は努力して乗り越えるんだよ。ここからみんな、始まるんだ。強くなって、それから外に出てもっと強くなって、アイツらを自分たちの手で直接倒せよ。その方がスッとするだろ。俺達に頼むなんて、情けないこと言うな」
辺り一帯が、しんと静まり返る。
だが、どこからか小さな拍手が聞こえてきた。
見ると、チシャだった。
やがて、拍手は周囲全体に広まった。
困ったのは、シルバである。別に拍手されるような事を言ったつもりはない。単に、本音を喋ったに過ぎないのだ。
「確かに、アンタの言う通りだ」
しかも、何かカルビンたちが尊敬の目でシルバを見ながら立ち上がってきてるし。
「ま、まあ、まずは俺は俺の落とし前を付けるけどな」
若干腰が引け気味になりながら、シルバは言う。
「勝てるのか」
「勝負に絶対はないよ。でもま、みんなのお陰で、大分勝算は高くなったがね。見たかったら、勝手に観客やってくれ。俺は知らん」
シルバは恥ずかしそうに、髪を掻いた。
誤字脱字等、気がついたところがありましたが感想欄等にご報告お願いします。
作者が羞恥に身悶えながら、修正いたします。