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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
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タイラン・ハーヴェスタ(下)

 そうして魔女の家を発ったタイランは、まず最初に、ドラマリン森林領南端の村へとたどり着いた。

 旅をするにも資金が必要である。

 父コランによれば、冒険者ならば、自分のこの甲冑姿でも違和感はないだろうし、移動しながらでも稼ぐことができるだろう、という話だった。

 その村には冒険者ギルドの支部となっている酒場があり、タイランがその酒場の前に到着した時だった。

 スイングドアが派手な音を鳴らし、柄の悪そうな男達が三人、転げ出されてきた。

 タイランは、思わず身体を硬直させた。

 まだ、昼前だというのにずいぶんと酔っているようだ。

 そして、酒場から続いて出てきたのは、革鎧に身を包んだ、(オーガ)族の少女……少年? か判断はつかないが、十代半ばほどの子だった。

 後ろ髪が、なんだか()()()()()()()()()()のザンバラのようになっている。

 自分の身長ほどもある、大きく太い骨剣を軽々と抱えていた。

 その子が、呆気にとられているタイランに気付いた。


「あ、ここはやめた方がいいよー」

「……え」

「君、初心者でしょ? 確実に絡まれるよ。これ、経験(けーけん)談ね」


 (オーガ)族の子は、重なり倒れた男達を蹴飛ばした。

 つまり、()()()()()()らしい。


「貴方は……?」

「ボクはヒイロ。見ての通りの(オーガ)族だよ。君は?」

「タ、タイランです……その、えと、動く鎧(リビングメイル)、です」

「そっかー。で、どうすんの? 入る? やめとく? ボクはもうやめとくけど」


 ヒイロが酒場を見ると、中からガタッとテーブルだか椅子だから揺れ動く音が響いた。

 まるで、何かに怯えているようだ。

 いやまあ、つまりヒイロに対して怯えているということなのだろう。

 このタイミングで、タイランが酒場に入ったらどうなるのか。


「か、絡まれるっていうのは?」

「言葉どーりだよ」


 ふん、とヒイロは後ろ髪を掻き、ふと違和感を覚えたような顔をした。


「……あー、そっか、切ったんだっけ」


 ポツリと漏らし、それから話を戻した。


「たとえば女」


 ヒイロは指を一本、立てた。


「たとえばチビ、たとえば子ども、たとえばひょろっちいの、たとえば老人」


 たとえを挙げるたびに、ヒイロの立てる指の数は増えていった。

 そして、とヒイロはタイランに指を突きつけた。


「……たとえば見るからに素人(しろーと)

「うぅ、否定できません」


 斧槍こそ持ってはいるものの、腕の方はまるで自信がない。

 剣よりはリーチもあるし、素人のタイランでも弱い魔物程度なら何とかなるだろうという、魔女の勧めであった。

 実際、一角ウサギ(アルミラージ)程度なら、悪戦苦闘しながらも倒すことはできた。

 ただし、それ以上となるとまるで自信がないし、対人戦なども未知の領域だ。

 チンピラに絡まれて、やり過ごせる自信もない。


「冒険者になるなら、北にある辺境、アーミゼストって都市の方がいいみたい。今、そこそこ人が集まってるみたいだし、楽しそうだからね」

「そ、そうなんですか……」


 タイランの返事に、ヒイロはうんうんと笑った。


「そうなんだよ。じゃあ、行こうか」


 そんな、まるで近所の散歩に誘うかのようなノリで、ヒイロは言った。


「え?」

「行かないの?」


 心底不思議そうに、ヒイロが首を傾げた。


「い、いえ、その……いいんですか? 私も一緒について行っても……」

「いーんじゃないの? それにタイランは、ボクについてくるんじゃないよ。一緒に行こうって言ってるんだよ。よし、行こう」


 最早ヒイロの中では、タイランの同行は決定事項のようだった。


「は、はい」


 タイランとしても、旅の仲間が増えることは心強かった。

 そもそも、タイランの性格は引っ込み思案の傾向があり、ここで一緒に行かなければ、今後いつ友人ができるか分かったものではなかった。

 ヒイロはもう、北に向かって歩き始めていた。

 タイランはそれを追おうとし……一つだけ気になることがあった。


「あ、あの、でもこの人達は……」


 おそらくヒイロが酒場から叩き出したと思われる、柄の悪い冒険者達だ。

 目を回して気絶しているが、このままにしておいていいものなのだろうか。


「放っといていいんじゃない? どうせもう、この村から出発するんだし。追ってくるなら、また追い払うだけだけど」


 すると、冒険者の一人の身体がビクッと震えた。

 どうやら、気絶した振りをしていたらしい。

 タイランに気付くと、必死の表情で手を払っていた。

 さっさと行け、ということらしい。

 そういうことなら、とタイランはヒイロを追い、横に並んだ。


「ご飯はねー、心配いらないよ。この森、魔物はいっぱいいるから、いくらでも狩れるし! 泉とか川もあるから、お水も大丈夫!」

「せ、せめて、長旅の準備はした方がいいと思いますよ……?」


 ほとんど成り行きで、タイランはヒイロと共に、旅をすることになった。




 そして、辺境都市アーミゼストにたどり着き、その日の夜、酒場で一息をついた。

 カウンターでは、酔った司祭とその愚痴を笑って聞く剣士の姿があった。

 二人の会話は、何となくタイランの耳に入っていた。

 すると、ヒイロが立ち上がった。


「タイラン、あの人達に声掛けてみようよ。新しくパーティー作る相談してるみたいだし」

「え、ちょ、ちょっとヒイロ!?」


 止める間もなく、ヒイロはその二人、シルバとキキョウに声を掛けていた。


「その話、ボクらも乗っていい?」


 ……ほとんど勢いだけで、タイランも二人に名乗ることになった。


「タイラン・ハーベスタと申します。私も、よければその、パーティーに加えさせて頂けると助かるのですが」

「……男?」


 シルバの問いに、タイランは明言はしなかった。


「み、見ての通りです」


 どうかバレませんように、とタイランは祈った。

 コランや魔女によれば、性別は正確には無性になるが、性格に引っ張られるように容姿は少女を形取ることになったのだろう、という話であった。

 その気になれば少年型にもなれるはず、という話だったが、なれなかった。

 ということは、よほど強い意志を込めねば性別は女性で固定ということになるのだろうね、というのが魔女の結論であった。

 しかし今の外見は、全身鎧の重装兵である。


「……じゃあ、よし」


 こうして、タイランはシルバのパーティーに入ることになったのだった。




 シルバは攻撃という点においてはまるで頼りにならず、ヒイロなどは最初は軽んじていた。

 しかし、実戦の経験は豊富であり、タイランの今の身体、パル帝国製の重甲冑のことも知っていた。

 パーティーを結成した翌日の、初心者訓練場。

 コンコン、と胸当て部分をシルバは叩いた。


「絶魔コーティングが施された甲冑かぁ……またずいぶんとレアだなぁ」

「す、すみません……」

「いや、別に怒ってないから。問題は俺の祝福をどうするかって点だ。さすがに通すのは無理だな」


 ふーむ、とシルバは腕を組み、唸った。


「ですよね」


 絶魔コーティングは魔術攻撃を完全に弾いてくれるが、その代償として回復や支援系の術の恩恵も受けることができないのだ。

 必然的に、薬の類に頼ることになる。

 タイランの場合は、甲冑内に仕込んだ精霊炉の吸入口に、薬品を投入することになる……もちろん、シルバ達には、そのことは内緒だ。

 動く鎧(リビングメイル)は、甲冑内に液体を注げばそれを吸収する……という風に解釈してもらうよう、適当に言葉を濁していたのだ。


「でもまあ、タイランにも祝福を与える方法はある」


 そんなことをシルバが言い、思わずタイランは声を上げた。


「え」

「ただ、それを教える前にまずは、前衛としての仕事に慣れてもらわないとな」


 シルバが顔を横に向けた。

 タイランも視線の先を追うと、ヒイロが草原にひっくり返っていた。

 少し離れた場所に、汗一つ掻いていないキキョウが佇んでいる。


「タイラン、次である!」

「ひゃっ、は、はい!」


 キキョウに呼ばれ、タイランはそちらに向かった。

 一方シルバは、倒れているヒイロに近付いていた。


「うーし、ヒイロ、すぐ回復掛けてやるからなー。そんでまたキキョウと乱取りだ」

「ひいぃ……先輩、これきっついよ……」




 そして、いくつかの冒険をこなし、炭坑前での戦いを経て、カナリーがパーティーに参加した。

 同時に、炭坑前での戦いの反省会が行われた。

 それぞれの反省点が挙げられ、キキョウは本来持っていた力を取り戻す為、とシルバから狐面を受け取った。

 その時、カナリーはこう言ったのだ。


「ここにいるみんなとパーティーを組んでこれまで、本気を出していなかったってことじゃないのかい? ずいぶんと人を舐めていると思うんだけど、その辺どうなのかな?」


 カナリーが言ったのは、キキョウに対してだ。

 だが、それはタイランにも突き刺さっていた。

 タイランには、人工精霊としての力がある。

 地水火風、他雷や光、闇といった各種属性の精霊の力を振るうことができるのだ。

 しかし、その力をタイランは封じている。

 この力を発揮すれば、同時にその波長が周囲に放たれ、故国の軍が追ってくるかもしれない。

 相当な距離があるし、その可能性は低いと魔女は言っていたが、ゼロではないとも同時に言っていた。

 ヒイロやシルバ達に、タイランは迷惑を掛けたくなかった。

 だが、続くキキョウの言葉に、さらにタイランの心は揺れた。


「これは危険ではあるが、某が持っておかねばならぬ。……いざという時に、某にもっと力があればなどとは、後悔したくはないのだ。それが、先の戦いにおける某の反省点。ならば、某の『黒歴史』であるとか、そのようなことは言ってはおれぬ。使える力があるならば、振るえるようにせねばならぬ。もちろん通常の鍛錬も含めての話であるな」


 それを聞いて、思わずタイランは呟いていた。


「使える力があるなら……」


 ヒイロは『凶化』、キキョウは狐面の力を……リスクを取っても力を得ることを選んだ。

 ならば、自分は……。




 そうした過去を、タイランは思い返していた。

 意識は現在に戻る。

 クスノハ遺跡、暴走した三つ頭の霊獣と今、タイランは向き合い、そして本来の力を解放した。

 今、怒り狂っている霊獣(この子)達を、一刻も早く鎮める為には、全力を振るうべきなのだ。

 自分が力を解放しなくても、シルバならば霊獣を倒し得たかもしれない。

 しかし、そんな不確定な望みに頼っていいのか。

 それは否だ。

 使える力があるならば、今、振るわなければならないのだ。


「タイラン、開け!」

「はい!」


 これまで使わず溜め込んでいた、精霊としての力を放ち、霊獣の口をこじ開ける。

 そしてタイランの背中越しに、小さな何かがその口に、投げ込まれた。

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