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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
57/215

タイラン・ハーヴェスタ(上)

 タイランは、自分が生まれた時のことを思い出していた。


「おはよう、タイラン。気分はどうかな?」


 そう、白衣の創造主(ちちおや)が呼びかけてきたのは、円筒形をした培養槽のガラス越しだった。

 ヒョロリと痩せた長身の父親は、名をコラン・ハーヴェスタという。

 精霊炉の研究者であり、錬金術師。

 そして、タイランは彼が作り出した人工精霊である。

 コランは、タイランに様々なことを話した。

 ここが、大陸南西に位置する複数王国の共同体であるサフォイア連合王国であること、コランはその王国の一つグリンマの学究機関で精霊炉の開発を行っていること、タイランはそちらとは無関係であること、コランが長年の私的な研究の末に造ったこと……等々。

 だが、その辺りの事情は程々に、コランがタイランに多く与えたのは、物語や歴史、芸術、工学、錬金術といった、自分の持っていた知識であった。


「これは音楽。ちゃんと聞こえているかい? まあ僕の下手な演奏で申し訳ないが、本当なら名曲なんだよ」


 などと、タイランの前で下手くそな弦楽器の演奏を行ったりしていた。

 人工精霊であるタイランに、「楽しい」や「寂しい」「面白い」といった感情が生まれたのは、父親との交流の影響が大きい。


 けれど、そうした父親との生活も長くは続かなかった。


 廊下に、慌ただしい足音が響く。

 そして硬い声音でやりとりする男達の会話が、タイランの耳にも届いていた。


「いたか!」

「いや、こっちにはいない。一体、どこに隠れた?」

「とにかく探し出して捕らえろ。リュウ・リッチー、どこか、心当たりはないか?」

「そうですね……時折、この部屋に入ったはずの先生が、いなくなることがありました。その時は、入れ違いかと思っていましたが、もしかするとどこかに隠し部屋があるのかもしれません」


 リュウ・リッチー。

 父親であるコラン・ハーヴェスタの助手だ。

 直接会ったことはないが、コランはスケッチも趣味にしていて、その外見は知っていた。

 賢しそうな糸目の青年だ。

 男達の会話は続く。


「よし、この部屋を徹底的に探せ」

「あまり荒らさないでくださいよ? これらの資料は価値の分からない馬鹿な人達にはただの紙束ですが、錬金術師達にとっては宝の山なのですから」


 つまり、助手であるリュウ・リッチーは、コランの研究を奪おうとしているのだ。

 どこかで、タイランのことも耳にしたのだろう。

 ……いや、コラン・ハーヴェスタは人がいいので、本人がポロッと漏らした可能性は割と高い。

 そのコランは荷物をまとめると、小さなバケツサイズの精霊炉の蓋を開いた。


「急ごう、タイラン。まずは、隣国にいる師匠の所に逃げよう。大丈夫、隠し通路から外に出られるよ」


 培養槽の水が抜かれ、タイランは初めて外に出た。

 人工精霊であるタイランには、骨がない。

 なので、小さな精霊炉にも収まることができた。

 そうして、コランとタイランの親子は、グリンマ王国から逃亡したのだった。




 グリンマ王国の隣にあるエムロード王国。

 逃亡から数ヶ月後、二人は深い森の奥にある小屋に住んでいる魔女の世話になっていた。

 コランの師匠である老婆の名前を、タイランは知らない。

 名前を知られると(まじな)いを掛けられるから、というのが理由だというが、名前と呪いの因果関係など、タイランには分からなかった。

 何にしろ、ここには今、魔女である老婆と自分達以外にはいないので、名前が分からなくても、さして不便はなかった。

 コランは老婆にこき使われ、タイランは精霊としての力を使いこなせるようにと、老婆から力の使い方を教わっていた。

 お陰でタイランは、身体を様々な属性に変化させる術を修得することができた。




 そんなある日、庭先で行われた昼下がりのお茶会の席でのことだった。

 参加者は老婆、コラン、そして精霊体のタイランの三名である。


「アンタら二人は一旦分かれて行動した方がいいね」

「そんな! タイランと離れて暮らせっていうのかい!?」


 老婆の発言に、コランはテーブルから身を乗り出した。

 ティーカップや茶菓子の載った皿が、大きく揺れる。


「落ち着きな、馬鹿弟子」


 ゴン。

 老婆が大きなコブのある杖で、コランの脳天を叩いた。


「あ痛ぁ!?」


 椅子から転げ落ちて身悶える弟子に構わず、老婆は話を続けた。


「娘が可愛いのは分かるけどね、この子は目立ちすぎる。今だって、こんな派手な波長がビンビン放たれてるんだよ。いずれ、軍の連中が気付くだろう。確か何だっけ、リュウ・リッチー? とかいうお前の小賢しい弟子だったか、いくら腕は今一つだとしても、この子の波長を追跡するぐらいはできるさね」

「そ、そんな……」

「だ、大丈夫ですか、父さん」


 タイランは席から浮かび上がると、流れる水のような動きでコランの後ろに回り込み、その背を支えた。


「う、うん、ありがとう、タイラン」

「チッ……」

「今、舌打ちしましたよね師匠!?」


 それには答えず、老婆は話を続けた。


「アンタはアンタで変装もせずにここに飛び込んで来ちまった。森の中で軍の連中を惑わせるぐらいはできるけどね、焼き払われちゃ敵わない。猶予は与えた。そろそろ出て行ってもらうよ」

「ぼ、僕はともかく、この子を追い出すのは勘弁してもらえませんか」

「だから落ち着きなっつってんだよ、馬鹿弟子」


 ゴン。

 今度は額だった。

 席に座り直したばかりのコランが、再び椅子から転げ落ちた。


「だからポンポン叩かないでくださいよ!?」

「アンタの頭が悪いのが悪い。まあ、鈍くさくってもアンタは私の弟子さね。何もせずに追い出すほど薄情じゃない。まずはこの子を逃がす算段をつけようじゃないか」


 言って、老婆は香茶を飲むタイランを、顎でしゃくった。

 そして今度はタイランを見据えてきた。


「……これまでの私らの話は、ちゃんと聞いてたね?」

「は、はい」

「よーし。なら、話は早い。アンタ達は二手に分かれて逃げてもらう。馬鹿弟子は東へ。アンタは北だ。理由は分かるね?」


 タイランは、頭の中でこの大陸の地図を思い描いた。

 やや歪んだリング状の大陸だ。

 今いるサフォイア連合王国は、南西の位置にあり、東にはゴドー聖教の総本山があるルベラント聖王国、さらに東に抜けると大きな砂漠のあるサフィーンという大国だ。

 北には様々な種族が混在するドラマリン森林領がある。


「僕の故郷が、サフィーンだから……ですか? あと、タイランは……森かさらに辺境か……」

「そういうこと。そこのデカい図体が堂々と歩くには、冒険者辺りが一番しっくりくるだろう? 中身を見せる訳にはいかないから、そうだね……種族を動く鎧(リビングメイル)とでも、騙っておけばいい」


 老婆が杖で指したのは、庭の片隅に佇む、大きな全身鎧だった。

 パル帝国製、魔王討伐軍仕様の絶魔コーティングが施された甲冑。

 本来は黒いが、青く塗装されている。

 そう、()()のタイランの器となっている、あの鎧だった。

 おずおずと、コランは手を挙げた。


「あの、師匠……意思を持って行動する動く鎧(リビングメイル)なんて、相当レアじゃないですか?」

「ドラマリン森林領なら、いてもおかしくないだろう?」

「……まあ、あの半分魔境みたいな国なら、ありえますけど」


 ドラマリン森林領はまだ未開の森が多くあり、住んでいる人間ですらまだ未知の種族がいてもおかしくないという土地柄なのだ。


「アンタの腕がもうちょっとよければ、もうちょっとコンパクトにできたのにねえ。人形族の、不要になった殻を使うとかさ」

「これ以上、タイランの入る精霊炉を小さくできませんよ。波長を抑える封印まで仕込むとなれば、あれが限界です」

「まあいいさね。とにかくタイラン、アンタは北へお逃げ。そして馬鹿弟子は東をグルッと回って辺境都市アーミゼストか、ドラマリン森林領で合流って感じでいいんじゃないかい?」

「……あの、僕のルート、滅茶苦茶ハードじゃないですか?」


 コランの頬が引きつる。

 老婆は明言していないが、大陸の造りを考えるとほぼグルリと一周するコースである。


「自分の弟子のクズさも見抜けないような間抜けに対する罰だよ」

「……そこは、返す言葉もありません」


 普通にへこむ、コランであった。

 ズイ、とタイランに、老婆のコブのついた杖が突きつけられた。


「いいかい、タイラン。その鎧は、アンタの正体を隠してくれる。封印はいつでも解くことができるが、そうすればアンタが放つ独特の波長も漏れちまう。国レベルで距離を離れれば、そうそう探知できるとも思えないが、秘めておくに越したことはない。正体を明かすなら、絶対に裏切らないと信じられる相手にしな。でなきゃ、今のこの馬鹿弟子みたいなことになる」

「うぅ……」


 老婆は細めた目を、テーブルに突っ伏すコランに向けた。

 そして、その視線をタイランに戻した。


「ま、それが無理でもそうさね、たとえ裏切られてもアンタが恨まない相手にしな。それぐらいなら、できるだろ。ただしくれぐれも、慎重に選ぶんだよ」

「は、はい……」


 タイランは頷いた。

サフォイア連合国→サフォイア連合王国に変更。

過去の名称も、ボチボチ修正していこうと思っています。

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