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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
56/215

クスノハ遺跡の決戦(6)

 四肢を踏ん張り、霊獣がカナリーに躍り掛かる。


「グア!!」

「おおっと、おっかないねえ」


 しかしその時には、カナリーは既に空へと逃れていた。

 向かって右の頭が唸り、空を見上げる。

 その顎目掛けて突撃しているのは、ヒイロだ。


「こっちだよ!」


 走った勢いのまま高く跳躍し、脳天目掛けて骨剣を振り下ろす。

 さらに、キキョウが左から回り込むように疾走していた。


「それでは某は、こちらなのである! タイラン、正面を!」

「は、はい!」


 声を掛けたキキョウは、紫色の霊光を身体から発しながら、左右への高速移動で霊獣を翻弄する。

 霊獣は苦し紛れに前脚を突き出すが、むしろその脚をキキョウは幾度も斬りつけながら駆け上がっていく。


「ギャン!」


 霊獣の顔を斬ったキキョウは、そのまま大きく跳び退って、地上に着地した。

 霊獣の左右の首がそれぞれの敵と相対し、結果として身体の動きはちぐはぐになってしまっていた。

 故に、タイランの斧槍も、正面の霊獣の口に突き刺さる。


「リフ!」

「にぃ!」


 さらに、シルバの手の甲に移動したリフが、精霊砲を放った。


「ガウゥ!!」


 タイランの斧槍を追撃した緑色の光線により、霊獣が大きく後ずさる。


「先輩、これ、イケてる?」

「油断するな、ヒイロ!」


 この距離なら精霊砲以外の攻撃は届かない。

 ヒイロはそう判断したのだろう。

 だから、霊獣が前脚で飛ばした岩つぶてで、骨剣を弾かれそうになった。


「あだっ! 危ないな、こんにゃろう!」


 だが、岩つぶてが当たった瞬間、ヒイロの身体を青い光が鎧のように守っていた。

 ゴドー聖教の祝福『鉄壁(ウオウル)』だ。

 シルバが付与したモノではない。

 反省会の時に教えていた聖句を、ヒイロは何とか覚えてくれたようだった。

 ヒイロが使う強化は、『凶化』と『豪拳(コングル)』。

 攻撃一辺倒のヒイロには、継戦能力を高めるこれか『再生(リライフ)』のどちらかで迷ったのだが、比較的まだ修得が容易いこちらを覚えることになったのだ。

 それにしてもこれだけ攻撃を加えても、霊獣に怯む様子は見られない。

 それだけ、溜められた怒りが大きいということなのだろう。


「……キキョウ」

「霊獣は、三体ではござらぬ。()()()が存在するのだ」


 地下から飛び出し、この地上で先行して霊獣の性質を探ってくれていたキキョウの答えは、明確だった。

 なるほど、確かにクロップ老も同じことを言っていた。


「に?」


 シルバはリフを見下ろす。

 リフの兄弟は三体。

 それとは別にもう一体が精霊炉に投入され、中で燃料にされ、今は荒れ狂う霊獣の一部と化している。

 クロップ老の数え間違いかと思っていたが、普通に正しかったらしい。




 空に浮いていたカナリーが弧を描いたかと思うと、スッとシルバの後ろ、遺跡の影に隠れて縛られたままのクロップ老の前に降り立った。


「さあ爺さん、話してもらおうか。貴方はモース霊山の霊獣以外に、()()()()()んだ?」

「ハッ、儂が喋ると思うてか!」

「この状況で秘密にするメリットがあるのかい?」


 カナリーが呆れると、クロップ老はほんの一瞬考え込み、あっさり頷いた。


「ないの! 掠ったのは龍魚じゃ!」

「まあ、そうだろうね。水属性の攻撃に、身体に浮かぶ鱗。シルバ、僕もすぐそっちに戻る。龍狩(ドラゴンスレイヤー)の武器がないんじゃ、一番効果があるのはおそらく僕の雷だろうからね」




透心(シンツ)』の念話を通して、カナリーの声がシルバに届く。


「頼む」

「頼まれたとも。ただ、それでも決定打とは言い難い。シルバ、もう一押し何かないかな?」

「実は、あるにはある……けどなあ」


 シルバは考える。

 ()()自体は、攻撃手段ではないのだ。

 ヒイロの『凶化』と『豪拳(コングル)』の重ね掛け、キキョウの狐面、シルバの血を吸って強化されたカナリー。

 大きな攻撃手札としては、この三つ。

 タイランの斧槍とリフの精霊砲も通常の相手ならば充分すぎる脅威となるが、怒り狂う霊獣を相手にはやや心許ない。


「にぅー……」


 シルバの思考が漏れたのか、リフが申し訳なさそうに鳴いた。


「ああ、別にリフを責めてる訳じゃないぞ。むしろ、よくやってくれてる」


 三つ頭の霊獣が、こちらに向かって駆け出した。

 あと猶予は数秒あるかないかだ。

 できれば、大きな魔術攻撃がもう一つ欲しかったが……。


「あ、あのシルバさん……」

「正面は頼んだぞ、タイラン」


 シルバとリフを守るように、すぐ前にタイランは立っていた。

 もちろん最悪、自身でも回避するつもりではいるが、それでもタイランはシルバ達の盾である。


「そ、その、そうじゃなくて……大きな魔術攻撃があれば、いいんですよね」

「魔術じゃなくて、リフみたいな精霊砲でも――タイラン!」

「大丈夫です!」


 正面の霊獣の頭が精霊砲を放ったが、これはタイランの絶魔コーティングがキャンセルした。

 ただ、光が視界を防ぐ。

 霊獣との距離感が計りづらくなったので、シルバは上空にいるカナリーの視界を『透心(シンツ)』で借りた。

 ほぼ真正面から、霊獣はタイランにぶつかろうとしていた。

 同時に、左右からヒイロとキキョウが、それぞれの霊獣の頭に、攻撃を仕掛けていた。

 ヒイロの骨剣を霊獣の牙が迎え撃ち、キキョウに向けて放たれた精霊砲は神速の刃で断ち切られる。


「行きます!」


 タイランもまた、前に走った。

 そのまま、『透心(シンツ)』を通した念話が、シルバに届く。


「あ、あと、あの、シルバさん、すみません。謝っておきます。私、嘘ついてました」

「ちょ、タイランこの状況で謝られると、困るんだけど! 嘘って何!?」

「それは、見てもらえば分かるかと……!」


 ガキン、とタイランの斧槍を霊獣の顎が阻んだ。

 力比べが始まり、タイランの足下の地面が、霊獣の圧倒的質量を前に沈み始める。


「外部重装甲、および内部軽装甲展開」


 タイランが、呟いた。

 すると、ガコン、とタイランの甲冑が内側から重い音を鳴らした。

 継ぎ目が完全に開き、蒸気が噴き上がるのが、シルバからも見えた。

 タイランの呟きは続く。


「第一第二第三安全装置を解除――しました!」


 淡い青光が鎧の隙間から漏れ始める。

 異様な気配を感じたのか、霊獣は咆哮と共にタイランそのモノをくわえ込もうとする。


「最終封印、確認――精霊炉、解放完了しました!」


 霊獣の剣牙が大きく開き、ほぼ同時にタイランの上半身が()()()

 頭部ごと背中が後ろへと倒れ、両腕も脇と共に左右に落ち、胸部もまた前に倒れた。

 中にあったのは、機械化した小さな角灯(ランタン)のような、装置。


「おおおおお、あれは! 見よ、オクトあれを見るのじゃ!」

「あ、あれって精霊炉!? それも先生のよりコンパクトじゃないですか!」

「やっかましいわ! 出力とか色々あるんじゃい!」


 後ろで何やらうるさい声が響いていたが、シルバはそれどころではなかった。

 角灯(ランタン)、クロップ老達が言うところの精霊炉から、青白い精霊光が溢れていた。

 光の中心には、華奢な乙女の背中が見えた。

 その光が、霊獣の顎が閉じるのを、ギリギリで防いでいた。


「タイラン……なのか?」

「シルバさん!」

「!」


 いつもとは違う、澄んだ声にシルバは我に返った。

 ポケットから、クロップ老の懐中時計を取り出す。

 そして竜頭を押した。


「無敵モード!」


 懐中時計から不可視の力場が生じ、同時にズン、とシルバの足が重くなる。

 無敵モードを発動した際には、動きが妨げられてしまう、そういう造りらしい。

 シルバの読み通り。

 自動鎧モンブラン八号は脅威であり、ならば使役しているクロップ老を攻撃するのがセオリー。

 ならば、その対策。

 魔術攻撃は、おそらく絶魔コーティングが施されたのであろう白衣がそれを防ぎ。

 近接攻撃ならば、クロップ老が開発した無敵モードかそれに準ずる何かを用意していると、シルバは踏んだ。

 そして白衣をまさぐってみたら、やはりあったのだ。

 小さな懐中時計。

 そして無敵モードにはもう一つ、欠点がある。


「タイラン、開け!」

「はい!」


 タイランの青白い光が強まり、霊獣の口が大きく開く。

 その中に、シルバは懐中時計を放り投げた。

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