クスノハ遺跡の決戦(5)
すみません、ちょっと短めになります。
シルバは、雷の縄に縛られているクロップ老を見下ろした。
「ヒイロ、先に行ってくれ。俺とタイランはちょっと、やることがある」
「殴るの? 骨剣いる?」
ヒイロは持っていた骨剣のひっくり返してその先端を持ち、柄の方をシルバに突き出した。
シルバは気持ちだけ、受け取ることにした。
「き、貴様ら、か弱い老人に私的制裁とか鬼か!?」
「鬼族だけど、それが何?」
慌てるクロップ老に、ヒイロは素で返した。
「とにかく先に行ってくれ。すぐに追いつくから」
「うん、分かった!」
ヒイロはあっさり頷くと、そのまま霊獣に向かって駆け出した。
「あと、さすがにか弱いは通じないだろ、爺さん」
「……先生、さすがにそれは僕も擁護できません」
ガックリと首を落としたのは、クロップ老と一緒に縛られていた眼鏡の青年オクトだった。
「オ、オクト裏切りおったな!?」
「……いえ、他はともかく、そこは本当にもう……」
「死んでも死にそうにないもんな、爺さん」
「ええ……」
シルバの言葉に、オクトは本心から同意しているように見えた。
「さてタイラン」
「は、はい!」
「爺さんの白衣を剥いでくれ。タイランの絶魔コーティングなら、この雷の縄も素通りできるだろ?」
「あ……精霊砲対策ですね」
「そういうことだ」
そういうことなら……と、タイランはクロップ老の白衣を奪い取ろうと、身体をまさぐった。
「き、貴様、やめんか破廉恥な! 人のモノを盗むなど人道にもとる行為じゃぞ!」
「……リフ、今なら撃っても全然構わないぞ」
「にぅー……」
撃ちたいけど、我慢するらしい。
これから、兄弟を止めるためにできるだけ力を溜めておく必要がある。
リフはそう判断したようだ。
「シルバさん、取れました!」
「よし、じゃあタイラン行こう」
「はい!」
「ま、待て! 儂らはこのままか! 解放していかんか!」
「……解放する訳ないだろ、爺さん。じゃ、また後でな」
抗議するクロップ老を置いて、シルバとタイランは遺跡の陰から飛び出した。
手には白衣があり、ポケットに何やら硬い感触があったので調べてみると、それは懐中時計だった。
シルバは、足を休めないまま、懐中時計を調べてみた。
「……やっぱり、そりゃそうだよな」
シルバの考えた通りだった。
しばらく走ると、すぐにヒイロの背中に追いついた。
が、これは別にヒイロの足が遅いからではない。
「草、か?」
来る時には荒れ地だった土地には、雑草が生い茂っていたのだ。
それも相当に成長し、今はシルバの膝ぐらいまである。
「どんどん伸びてきてるよね! 走りづらい!」
ヒイロが叫ぶ。
しかも草の背は、どんどんと高くなってきていた。
「にぅ!」
「……そうか、リフの兄弟ならそういうこともあるか」
リフは植物を操る、木属性の霊獣だ。
ならば、その兄弟も同じ属性であり、しかも三体分の力が大地の植物に影響しているのだろう。
このままでは、シルバ達も身動きが取れなくなってしまうだろう。
霊獣は脚先が雑草に隠れている程度で健在、キキョウの姿は見えない。
おそらく高くなった雑草のどこかに、姿が隠れてしまっているのだろう。
霊獣を翻弄する黄金色の光、カナリーが牽制を担ってくれているようだ。
うるさい虫を払うように、霊獣が何度も前脚で光を叩こうとするが、その度に光は舞うように前脚から逃れていた。
「早くあのカナリーさんと合流しないとね!」
「だな」
雑草はシルバの腰近くまで伸びてきていた。
ヒイロも胸元ぐらいまで隠れていて、これ以上は本当に動きの妨げになってしまう。
けれど、カナリーが来てくれればそれも、解消される。
「にに?」
もちろん、リフに理由が分かるはずがない。
「以前、こういうので俺達、一回痛い目に遭ったことがあるんだ。何、体力とか吸い取られないだけ、ずいぶん優しいよこれは」
「ですよねぇ……」
タイランがしみじみと言う。
以前、炭坑前での戦いでは、皆が身動きを取れなくなり、唯一動けたタイランの負担が相当に大きかったのだ。
シルバはポケットから石ころを取り出し、『発光』の祝福を付与したそれを霊獣に投げつけた。
「これでも食らえ!」
シルバが指を鳴らすと、石ころが強烈な光を放った。
三つの頭を持つ霊獣が、たまらず怯む。
しかしその中でも、頭の一つは苦し紛れに口から光線を吐き出した。
精霊砲だ。
このまま直撃するそれを、シルバは手に持ったクロップ老の白衣で払った。
対遠距離魔術用の白衣は案の定、精霊砲にも通用した。
そのままシルバは叫ぶ。
「散開!」
「あいさー!」
「りょ、了解です」
ヒイロとタイランが、正面の草むらに飛び込んでいく。
そして真上からは、カナリーが降りてきた。
「シルバ!」
「カナリー囮役助かった! もう一仕事頼む!」
「やれやれだね、まったく!」
カナリーは、地面に手をついた。
シルバは同時にキキョウに向け、『透心』の念話を飛ばす。
「キキョウ、どっちだあれ!」
シルバの問いに、草むらからキキョウの念話が届いてきた。
(物理である。シルバ殿の精霊砲の無効化は今し方確認したが……水の術も使うのである。それはおそらくどうにもならぬぞ)
「……いや、助かった。物理って分かっただけでも御の字だ。それも多分、何とかなる」
一方カナリーである。
「さーて、覚悟はいいかい獣君。――吸精!!」
ズッ!
カナリーを中心に、青々とした雑草が一気に赤黒い色に変化した。
そしてそのまま放射状に枯れ果てていく。
カナリーの纏う黄金の輝きは、目を見開くのも困難なほどになっていた。
雑草の中に姿を隠していた、ヒイロ、タイラン、それにキキョウの姿も露わになっていく。
「ガアア!!」
シルバの放った『発光』の目潰しも既に効果を失い、霊獣は三つの口から精霊砲を放とうとしていた。
「からの――『雷槌』!!」
カナリーは限界まで吸収した草の精気を魔力に換え、そしてそれをそのまま霊獣に対して解き放った。
振り下ろした掌と共に、霊獣を紫色の雷柱が包み込んだ。
「ギイイィィ……!?」
霊獣は精霊砲を放つこともできず、苦しげな悲鳴を上げた。




