クスノハ遺跡の決戦(3)
「ガ……」
鈍い唸り声に、シルバは思わず足を止めた。
そんな状況ではないのは分かっていたのに、それほどの気配だったのだ。
「な……っ!?」
胴体のあちこちから中身を覗かせながら、ヨロヨロとおぼつかない足取りでモンブラン八号が立ち上がっていた。
砕けた手足は、光が形を作っていた。
黒煙を噴き出し、所々から火花が生じている。
それでも、モンブラン八号は健在だった。
「おおっ! モンブラン八号! さすがじゃ! よく立った!」
クロップ老は、自分が最強と信じている存在に駆け寄ろうとする。
だが、モンブラン八号の様子はおかしかった。
「ガ……ガ……ガガガ……」
「……?」
「ガガガ……ガ……ガガガガガガガガ!!」
モンブラン八号は全身をブルブルと痙攣させ、その唸り声はもはや雑音だった。
「モ、モンブラン八号どうしたのじゃ! しっかりしろ!」
「ガーガーガー……ガーガー……ガーガー……ガー……」
生みの親の呼びかけにも応えず、ひたすらモンブラン八号は身体を震わせ、
「……」
不意に停止した。
呆然とするクロップ老。
シルバ達は顔を見合わせ、一歩踏み出した直後。
「ガベラッ!!」
八号の上半身が爆発と共に弾け飛び、中から何かが生じた。
青と緑に発光する気体と液体の中間のような存在が、クロップ老を容赦なく呑み込もうとするが、ギリギリの所で老人の回避が間に合った。
不定形のそれはズルリと床をのたうったかと思うと、重力を感じさせない動きで空へと駆け上がる。
遺跡のあちこちから突然、植物が生じ、一気に成長した。石造りのそれは、あっという間に緑色の草木に染まってしまう。
さらに近くに水源があったのか、遺跡の隙間から少しずつ水が湧き始める。
屋内実験場の天井は、ただでさえ残骸だったのに、もはや完全に崩壊し、真上には星空があった。
そして、空に浮いた不定形の『それ』は、やがてある形を取り始めた。
「……おいおい、ありゃあまさか……」
穴の底からそれを見上げるシルバの頬を、一筋の汗が流れる。
かろうじて声を振り絞った彼に応えたのは、タイランだった。
「暴走し、荒れ狂う……霊獣、です……」
「にぃ……」
月を背に、全身に鱗を生やした三つの頭を持つ剣牙虎が、猛然と空を舞い始める。
夜空を泳ぐように舞う三本首の霊獣の大きさは、五メルトを優に超えていたモンブラン八号を上回っているように、シルバには見えた。
ひとしきり、空の遊泳を楽しんだのか、霊獣の動きはやがて緩慢になり、その瞳が地上を捉えた。
正確には、遺跡の奈落から見上げるシルバ達の存在を思い出したようだ。
狭い場所に封じられ、無理矢理力を吸い上げられていた霊獣が、怒りに燃えているようだった。
「……目が合ったな」
「……やっぱ、先輩もそう思うよね」
緑が生い茂り、滾々と湧き水を吐き出し続ける遺跡の底で、シルバが呟き、ヒイロが応えた。
霊獣の三つの口に、緑光が収束し始める。
「にぃっ、れいれいほう!」
肩に乗ったリフの『透心』が、シルバの頭に警鐘を鳴らした。
「全員、伏せろ!」
肩に乗ったリフの言葉に、シルバは懐から巻物を取り出した。
逃げる余裕なんて無い。
シルバとリフを除く全員が、全身水浸しになるのにも構わず指示に従った。
直後、遺跡全体を緑光の柱が包み込み、轟音と共に、遺跡に開いた大穴の外周部が十数メルト広がった。
光が晴れ、大穴の底で――全員が健在だった。
「た、助かった……?」
呟いたのは、クロップ老の助手、眼鏡の青年オクトだった。
シルバの頭上には、傘のような黄金の魔力障壁が展開されていた。
「……ぜはー……ちょっとこりゃ洒落にならないぞ、おい……」
開封された巻物が、空気に溶けるように消えていく。
「虎の子の『極盾』、ギリギリセーフ」
「に?」
「あ、うん、虎の子ってのはリフのことじゃなくてだな」
この場合は切り札だ。
シルバの実力ではまだ使えない、魔力障壁の最上位。
高い寄進で手に入れていた、緊急回避手段である。
使用するのに、後悔はしていない。
正に今回こそ、生命の危機そのモノだったからだ。
黄金色の魔力障壁も長くは持たず、そのままフッ……と消滅した。
「全員集合!」
シルバの掛け声に、パーティーのメンバーは一斉に動き出した。
シルバを中心に、全員が集まる。
「『回群』」
一定範囲に効果のある回復祝福を、シルバは唱えた。
そして道具袋から魔力回復薬を取り出し、皆に配っていく。
「他にみんな、問題はないか?」
「ないよ! あんがと、先輩!」
「怪我は軽いモノがあったが、今のでなくなったのだ。もう少し休めれば、もう一戦いけるのである」
「し、心臓が止まるかと思いました……心臓、ありませんけど」
「ヴァーミィとセルシアは引っ込めさせてもらったぞ。あんなの相手じゃどうにもならないし、僕の体力優先だ」
「にぃ」
「やれやれ、何という凶暴な力じゃ」
白髪の老人がボヤいた。
「って、何でお主まで生きている!」
すかさず、キキョウがツッコミを入れた。
「最初から死んでおらんわ! そもそも伏せろと言うから伏せたんじゃ! あんな場所に立っておったら、それこそ死んでしまうじゃろうが!?」
「誰が原因だと思っているのだ!」
「実に素晴らしいパワーじゃ! あれこそ、儂が追い求めている力! 精霊炉の未来があそこにある!」
目をキラキラさせて、夜空に佇む三つ頭の霊獣を見上げるクロップ老。
ぶっちゃけキモいと、シルバは思った。
「シルバ殿! このド阿呆、斬って捨てて構わぬか!?」
「まあ待て。今は、そんなしょうもないことに付き合ってる場合じゃない。おい、部下の連中も無事だぞ、爺さん」
眼鏡の青年オクトを含めたローブ姿の連中も、ノロノロと起き上がる。
シルバはそちらは放っておいて、空中にいる霊獣に集中した。
「全員、散開!」
シルバの掛け声に、パーティーのメンバーは方々に散らばった。
「来るぞ!」
攻撃が効いていない。
その事に気付いた夜空に妖しく光る霊獣は、今度は身体を反転させ、真下に降りてきた。
さすがネコ科というべきか音も無く地面に着地した霊獣は、三つの顎を大きく開き、六本の長い剣牙を凶暴に輝かせた。
その標的は――シルバだった。
「『大盾』!!」
シルバは再び印を切り、大盾を展開し――直後、衝撃が来た。
暴走した霊獣の牙が、魔力障壁を食い破ろうとする。
これは数秒持たない。
「リフ横薙ぎ!」
「にぃ!!」
魔力障壁が砕けたと同時に、リフが口から精霊砲を放った。
シルバの指示通り、横薙ぎに放出されたそれが、霊獣の目を潰していく。
「ガアッ!!」
破壊には到らぬものの、一瞬の時間は稼げた。
シルバは身を翻らせ、霊獣が苦し紛れに振るった前脚を回避する。
一撃食らえば、鋭い爪で切り裂かれるだろう。
運よく爪に当たらなくても、巨大な猫パンチはシルバの骨を砕くかも知れない。
転がり態勢を整えると、すぐ傍にクロップ老がいた。
「アンタまだいたのか」
「……お主、何故、儂を助けた」
「アンタの為じゃないっつーの」
立ち上がり、クロップ老の襟首を掴むと、眼鏡の青年オクトに向かって投げつけた。
「しっかり守っとけ!」
そしてまだ霊獣に目眩ましが通じている内に、自身も距離を取った。
「……訳も分からないうちに人殺しになっちゃ、アイツらもたまらないからだよ」
「にぃ……」
肩に乗っていたリフが、兄弟(だった存在)を悲しげに見る。
「さて……」
時間はあまりない。
シルバは、散らばっている皆に『透心』で念話を飛ばした。
逃げるか、戦うか。
それが問題だ。




