盗賊の必要性
シルバの手の中で、蔓はまるで軟体生物のように蠢いていた。
「あとでいい。扉、まだある」
「まあな」
「たべてもいい。無害」
「……」
シルバはまだうねり続ける蔓を、ポケットに突っ込んだ。
扉を開けると、通路は先で右に折れ曲がっている。
人の気配は相変わらず無いが、通路には松明が等間隔で灯されていた。
「隊列を変えよう。俺とキキョウが前、タイランは殿で」
「は、はい」
「に」
「む……」
リフが声を上げ、少し遅れてキキョウも足を止めた。
「トラップか」
シルバの目には、何の異常もないように見えるが、二人の表情は厳しいままだ。
「うん」
「そのようだ。切って構わぬ類のようであるな」
「ん、いい」
キキョウの刀が一閃し、装置に繋がっていたワイヤーがまとめて切断される。
「それにしてもこれって、変だよね。住んでる人が罠に掛かったら、どうするんだろ?」
ヒイロが『透心』を通して、ぼやく。
シルバの記憶している見取り図では、この辺りから使えそうな部屋が増えてきている。
居住区だとすれば、毎日罠を意識する生活なんて、息苦しいだろう。
「罠の作動をオンオフするスイッチがあるはずなんだがな。さすがに作った本人にしか分からないようにしてるだろ。あの爺さん、そういうの得意そうだし」
リフとキキョウが罠を感知し、時には豆の蔓や刀で解除し、時にはスルーする。
さすがに一度ここを潜り抜けたリフの方が、こうした感覚には優れているようだった。
それなりに罠の数が多いのは、よほど部外者に入ってもらいたくないのだろうと、シルバは判断した。
「ただ、罠自体は雑だな。本職の人間が作るともっといやらしい」
「に?」
よく分からない、とリフが振り返る。
「魔術系のトラップがないし、トラップ同士の連動もない。何より、以前遺跡にあったトラップの再利用がほとんどだし、割と素直なダンジョンなんだよ、ここは」
「に、あしもと。端、歩かないと落ちる」
「ああ」
案の定、落とし穴もあった。
「今回のような潜入じゃない場合、ヒイロに防御を強化して特攻させるって手もあるんだけど、これが怖いんだよなぁ」
「むうぅ、ボク、トラップ嫌いっ!」
落とし穴程度なら浮遊の魔術で何とかなるが、対処にだって限度がある。
専門家ともなれば、様々な趣向で侵入者を罠に嵌める。
いちいち魔術を使っていては、キリがない。
「だからこそ、盗賊が必要なんだよ。今回はリフがいるけど、今まで迷宮探索しなかったのは、そういう理由。最悪、一撃必殺のデストラップもあるしな」
「おっかないなぁ」
そんなやり取りをしている内に、大きな部屋の前についた。
扉はない。
部屋は円形の、ホール状になっている。
少し見た感じ、恐ろしく広い部屋だ。
「……複数人の声がするのである」
「に」
壁にへばりついたキキョウが目配せし、リフも頷いた。
シルバもこっそりと中の様子を伺うと、ローブを着た男が四人いた。
全員が剣や槍で武装している。
天井の高い部屋の奥には、大小様々な檻が積み重ねられていた。
床は真新しい、石畳になっている。
「にぃ……」
「こりゃ、リフ一人じゃどうにもならないな」
「やっちゃう?」
どことなく楽しそうなヒイロだったが、カナリーがそれを留めた。
「まあ、待てヒイロ。こういうのは僕の仕事だ。任せたまえ」
呪文を呟き、指先を部屋の中に向ける。
「強眠」
強烈な睡魔を催す魔法が部屋の男達に一斉に襲い掛かり、全員が床に倒れ込んだ。
「さすが」
感心するシルバだったが、カナリーは苦笑した。
「……そう言いながら君、一応印は切ってたね。キキョウはキキョウで、出る準備をしていたようだし」
「し、信用はしてたさ。でも、念には念を入れるのが、俺の主義でね」
ちなみにシルバが用意をしていたのは、沈黙の魔法だ。
最悪音さえ鳴らさなければ、いい訳で。
それを説明すらせずに汲んでいたのが、キキョウだった。
「万が一に備えるのは、基本であろう」
キキョウは、刀の柄から手を離した。
もっとも、どちらも出番はなかったのだが。
「まあいいさ。とにかく行こう。リフ、罠はないね」
「に!」
特にカナリーは気を悪くした様子もなく、豪奢なマントをはためかせた。
一行は部屋の奥に進んだが、檻の中はすべて空だった。
「……どこにも、いない」
「にぃ……」
最悪の想像が、シルバの頭をよぎる。
その時だった。
「一手遅かったぞい、小僧ども」
どこからともなく声が響いた。
それに続く、異様に重い音。
足音だ。
だがどこから響いてくるのか。
シルバは頭の中で、見取り図を思い出す。
この遺跡は、古代魔術の実験場だというのが事実なのは、シルバは知っていた。
そして、その実験室はこの檻のある部屋だったはずだ。
円形の闘技場のような造りになっていて……。
足音はそっちから近付いてきている。
止まる気配はない。
つまり。
「に! 下!」
リフが声を上げた。
直後床を突き破り、巨大な拳が石畳を突き破った。
「マジかよ!?」
全員が、一斉に退避する。
攻撃自体に、シルバが慌てることはなかった。
最初の襲撃と同じ、地下からの奇襲だったからだ。
驚いたのは別のことだ。
見取り図では地下室の情報はなかった。
石畳が砕け、そこを中心に崩落が始まっていた。
放射状に広がった亀裂が石畳や檻、眠らされていたローブ姿の男達も飲み込んでいき、部屋の真下にあったもう一つの部屋が姿を現した。
「円形闘技場型の部屋……そうか、本来すり鉢状じゃないと、おかしいんだ」
つまり、さっきまでシルバ達が立っていたのは、闘技場に蓋をした、その上だったのだ。
よほど、秘密にしたい実験をしていたと見える。
「……その秘密の部屋を、自分でぶち抜く辺り、やっぱり頭おかしいよなあ、この爺さん」
瓦礫の上に、シルバは着地した。
「リフ、大丈夫か?」
「に!」
懐のリフも無事のようだ。
「シルバ殿、こちらも健在である」
「問題なーし」
「そもそも、落下してないからね」
「す、少し驚きましたけど……何とか」
他の皆も……問題なさそうだ。
石畳はどういう素材を使っていたのか、煙を上げたかと思うと、徐々に溶けるように消えていく。
シルバ達が立っているのは、闘技場で言えば客席の辺りにあたる。
とはいえ、斜度はきつくなく、段差のついた深めの皿というのが一番近い。
距離にして十メルトといったところか、部屋の中央には、様々な実験機器に巨大な自動鎧と白衣を着た鷲鼻の老人、テュポン・クロップが得意満面に笑っていた。
「カカカカカ! コヤツの作動実験に付き合ってくれるのはお前達じゃな! よいぞ、儂の子の強さ、思い知らせてくれよう!」
それに、メガネの青年を含めた、ローブの男が更に五人。
「ゆくぞい、モンブラン八号! 奴らを残らずやっつけるのじゃ!」
「ガ!」
自動鎧、モンブラン八号が両腕をグッと上げた。
言われてみると、若干形が違う。
一回り大きくなっているし、丸みを帯びているようだ。
「待て!? 数時間前のが四号だったのに、何でソイツが八号なんだよ!? 間の三機はどうなってる!?」
シルバとしては突っ込まざるを得ない。
「カカ! 当然じゃ! 何故ならば、コヤツは四号の倍は強い! よって八号! 文句があるなら倒してから聞いてやるわい! もちろん、無理な話じゃがな!」
轟、と両腕をあげたモンブラン八号からパワーが迸る。
「カカカ、霊獣四匹分のエネルギーじゃ! これまでの比ではないぞい……! この力とくと……ん? 何じゃい貴様ら。怖い顔しおって」




