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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
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クスノハ遺跡へ

 クスノハ遺跡には、カナリーの家から吸血馬車を借り、数十分で到着した。

 テュポン・クロップの一味もやはり馬車を使ったらしく、真新しく深い轍の跡が地面にクッキリと残っていた。


 クスノハ遺跡。

 それは、巨大な穴の周辺に申し訳程度に石造りの建物の名残が囲んでいるという、奇妙な造りをしていた。


「ここがクスノハ遺跡かー」


 ヒイロは馬車を飛び降りると、埃っぽい通りを小走りで駆け抜け、ポッカリと空いた大きな穴を覗き込んだ。

 穴の直径は百メルトほどだろうか。


「暗くて、何も見えないや」

「そりゃ、夜だしな。いくら星明りがあるっていっても、さすがに穴の中の確認は無理だろ。それと、あんまり声を出すなよ。こういうのは結構響くんだ」

「!」


 小声で言うシルバに、ヒイロは慌てて口を両手で押さえたが、今更遅い。

 ちょうど向かいの辺りに小振りなクレーンらしき影が見えるが、おそらく馬車やモンブラン四号の出し入れに使っているのだろう。


「にぅー……」

「……リフちゃん、ご兄弟を助けたくて逸る気持ちは分かりますが、もう少し我慢してくださいね」

「に……」


 やはり穴を覗き、小さく鳴くリフを、タイランが慰めていた。


「馬車は送り返しておいたよ。いつ戻れるか、分からないからね」

「では、帰りは徒歩であるか」


 そんな話をしているのは、カナリーとキキョウだ。


「この笛を吹けば、御者が馬車を連れてきてくれる。昼の場合は普通の馬車だから、今回ほど迅速ではないけどね」

「……あの吸血馬車、走りも造りも見事であったが、速すぎて何度か跳ねていたぞ?」

「さすがに舗装されていない道は、どうにもならないからねえ」


 そして、二人もシルバ達の横に並んだ。


「確か、この穴から巨大な獣が出現したって話だったかな」


 シルバが注意する必要もなく、カナリーは小声で囁いた。

 ヒクッとキキョウの顔が引きつった。


「そ、そうであるか」

「一説には、この地下には古代魔術の研究施設があって、そこに封印されていた魔獣を、誰かが解放してしまったのではないかなどという噂もある」

「へえ、そういうことになってるのか」


 シルバは呟き、穴を再び覗き込んだ。

 底の方は夜の闇でまるで見えないが、補強用の梁のようなモノがいくつも見える。

 穴の縁には幅の広い岩の階段が見える。

 おそらく、螺旋状に下ることができるのだろう。




 一旦シルバ達は大穴から離れ、近くの遺跡の影に潜んだ。

 シルバは『発光(ライタン)』を使い、見取り図を広げた。

 件の獣が出現したという事件の後、冒険者ギルドから依頼されたパーティーが調査した、大穴の底の構造だ。

 見取り図を売っていた冒険者ギルドによれば、このクスノハ遺跡はお宝どころかモンスターすらいない枯れダンジョンになっていて、何故今更? とシルバが問われたぐらいだ。

 大穴の底は、中央に大きな部屋があり、いくつかの小さな部屋が通路で繋がっている。

 地図によれば、全部の部屋や通路は吹き抜けになっているので、螺旋階段のある程度の高さから誰かが見れば、迷う余地などまるでないという。


「でも、クロップ老がここをアジトにしてるのなら、天井を造っている可能性はあるね」

「は、はい……今日みたいに、雨が降ることもありますからね」


 カナリーとタイランの会話を聞いて、ふと気がついた。


「いや、考えてみればそりゃ天井造ってるよな」

「え、先輩、何で言い切れるの?」


 シルバの呟きに、ヒイロが反応した。


「穴の底が見えないってことは、爺さん達の灯りは蓋をされてるってことじゃないか。つまり、天井があるってことだよ」

「あー、なるほど」

「ただ、全部かどうかは自信がないんだよな。自分たちの住んでるところだけで、通路は吹き抜けってことも充分あり得るし……」


 シルバは、見取り図を睨んだ。

 一応、入手はしたものの、あの老人達がいつからここをアジトにしたかによって、この見取り図はほとんど役に立たないことになるかもしれない。

 が、役に立つかもしれない。

 どちらか分からないから、シルバは一応、見取り図を頭に叩き込んだ。


「今回の件だけど、不用意に踏み込もうとするなよ、ヒイロ。十中八九、罠があるはずだ」

「爺さん達、自分達も住んでるのに?」


 シルバは遺跡の影から頭を出し、穴の向こうにあるクレーンを指差した。


「連中は、あれを使うから問題ないんだよ」

「うわ、ずっこいなぁ。ボクらは使っちゃダメなの?」

「そうしたらすごく楽なんだろうが、まず間違いなく気付かれるな。リフの兄弟を人質に取られても困る」

「……難しいモンだねぇ」

「ああ、面倒くさいモンだ」

「むー」


 こういう焦れったい行動は、ヒイロには苦手なのだろう。

 それが分かるだけに、シルバは苦笑してしまう。


「ま、まあまあヒイロ。私達の出番は、後ですから……」


 タイランもフォローに入った。


「そういう事。それまで力溜めとけ。その代わり」


 憮然とするヒイロの頭に、シルバは手を置いた。


「モンブラン四号が出たら、思いっきり暴れてよし。ヒイロの仕事は、それだ」

「うん、我慢する」

「うし、それじゃ見取り図はこんな具合だ。リフは他の部屋は回ってないんだよな」

「に。……出るのでせいっぱいだった」


 今回の作戦の主役は、一度ここを脱出した経験のあるリフだ。

 それと、勘の鋭さではリフに劣らないと思われるキキョウ。


「リフよ。来た道は覚えているのであるか?」

「に。まかせて」


 リフは、シルバの手元にある見取り図に前脚をのせた。

 そしてタシタシと通路に脚をスタンプしていった。


「に、こう行って、こう行って、こう、のはず」


 シルバはホッとした。

 どうやら、底の構造自体は、クロップ達も変えていないようだ。


「……とすると、他の部屋は回らなくて良さそうだな。何より今回の仕事は、リフの兄弟の救出が目的な訳だし。捕らえられてたっていう部屋を目指すのが最優先だ」

「にぃ」


 シルバが手を差し伸べると、その腕を伝ってリフは胸元に飛び込んだ。

 見取り図も片付け、シルバは『発光(ライタン)』を解除した。

 大穴の縁にある、螺旋階段に足を踏み入れる。

 ここから先は『透心(シンツ)』を使い、念話で話すことをシルバは全員に伝えた。

 そして、暗くても問題がないタイランが前、殿にカナリーを据えて、シルバ達は階段を下ることにした。

 浅い所はある程度、月と星が照らしてくれているとはいえ、穴が深くなるとそれも心許なくなるだろう。


「それにしてもシルバ詳しいね。来たことがあるのかい」


 シルバの後ろから、カナリーが訊ねてきた。

 先頭のタイランは、足音が鳴らないように歩くのに苦労しているようだった。


「まあ……大分前にちょっと、な」

「……」


 先頭のキキョウの耳がピクピクッと揺れる。その肩に、リフが乗った。

 幅広の螺旋階段を下りきると、通路は真っ直ぐだった。

 石を敷き詰めた床に、大きな岩を積み重ねたような壁、天井は木の板で覆われている。

 左右にも木の扉があったがそれらは今回は無視して、突き当たりの扉の前に一行は立った。

 扉はどうやら鍵が掛かっているようだった。


「しかし、扉の鍵なんてどうするんだ? リフ、君は大丈夫と言っていたが」


 強行突破しようと思えば出来ない事はないが、そうしたら相手に気付かれてしまう。

 カナリーの問いに、リフが振り返った。


「に。お兄、まめ」

「コイツか?」


 シルバは出発前、閉店間際の花屋に寄って購入した袋を取り出した。

 袋の中身は豆だ。


「にぃ……」


 手の中の豆をリフの前肢がつつくと、豆は淡い光を放ち始めた。

 豆は小さく蠢いたかと思うと、シュルシュルと蔓が伸び始める。

 蔓の先が鍵穴に入り込み、「カチリ」と音が鳴ってロックが解除された。


「ほう。まるで妖術の類のようであるな」


 キキョウが感心する。


「ちがう。これは精霊のちから。その子たちの生命力にかんしゃ」

「……で、コイツはどうすればいいんだ? 埋める場所がないんだが」


 手の中でうねうねと元気に蠢く蔓の処置に困るシルバだった。

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