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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
48/215

大聖堂の屋上にて

 夜空には満天の星。

 辺境都市アーミゼスト北部、グラスポート温泉街の細い通りを、酒瓶を片手に酔っ払いがノンビリと歩いていた。


「くく~はろくのだん、どぶろくさんじゅうろっく……うぃっく! いー、天気だなぁ、ったくよぅ」


 風呂上がりの酔っ払いは、笑いながら酒をラッパ飲みにする。

 白衣を着ているのは、学習院(アカデミー)の魔術師だからである。

 今日、ようやく研究が一段落したのだ。


「ひっく」


 やがて彼は通りを抜け、小さな噴水広場に出た。

 時間は相当に遅く、人気はまるでない。


「よっこいせ……っとぉ」


 千鳥足で歩き疲れた酔っ払いは、噴水に背を預け尻餅をついた。

 そして再び、酒をあおる。

 今でこそ上機嫌だが、小一時間もしたらこのまま眠ってしまうだろう。

 気候もそれほど冷えてはいないし、風邪の心配はなさそうだが。


「うーい…………ん?」


 酒臭い息を吐く彼を、大きな黒い影が覆った。

 雲で月が隠れたかなと、酔っぱらいは思った。


「……おい、小僧」


 頭上から声が掛けられた。


「ああ?」

「貴様のことだ、小僧」

「誰が小僧だ! 俺ぁ、こう見えて、よんじゅ……う……」


 顔を上げると、真正面に巨大な白い虎の顔があった。

 左右二本の牙が長い、剣牙虎と呼ばれる種の虎である。


「そうか。我は齢三千を少し超えたばかりだ」

「……」


 図体は五メルトを優に超えるだろう。

 体長ではない。背丈でだ。

 深い知性をたたえた瞳が、酔っ払いを凝視していた。


「子供を捜している。我を小さくしたような、可愛い盛りの仔ら、四頭。覚えはないか」

「……」

「聞いているのだが」

「な、ない。ないでふ」


 ろれつの回らない口調で、酔っぱらいは首をブルブル振った。


「そうか。失礼したな。この事、あまり他言はするな」


 くるりと身を翻すと白虎は跳躍し、建物の屋上へと飛び移っていった。

 酔っ払いは小便を漏らして、気絶した。




 建物から建物へと跳躍し、彼は都市中央にある大聖堂の屋上で足を止めた。


「……ここにも、おらぬか」


 彼、白虎の名前をフィリオという。

 モースという霊山の長だ。

 本来ならば俗世に興味はないが、言いつけを守らなかった子ども達が麓におり、そして人の手に落ちてしまったらしい。

 今はそれを探している。

 もしも見つけたら、子供達を捉えた者達を八つ裂きに……。


「ぬ、いかん。……落ち着け我。憤りは行動を妨げる」


 軽く頭を振る。

 妻は子ども達を産んでしばらくして死んだ。

 よってフィリオは父親として一頭で、子ども達を育ててきたのだ。

 心配にもなる。

 臭いを追ってこの都市まで辿り着いたのはいいが、ここは余計な臭いが多すぎる。

 自然、捜索の効率が落ちるのは、無理もないことだった。

 ……などと考えていると、背後にいつの間にか人の気配がある事に、フィリオは気付いた。


「誰だ……!?」

「あ、こんばんは」


 白い女が、のんびりした声をあげた。

 フィリオとは少し距離が離れていたので近付こうとして、


「あいたっ」


 こけた。

 立ち上がり、服の汚れを払う。


「……ストア・カプリスと言います。この大聖堂の主で、司教をしてます」


 何事もなかったように言う、女だった。


「……冗談、だろう?」

「いえ、本当ですよ。聖印もここにあります」


 座りますね、と彼女は屋上の縁に腰を下ろした。

 フィリオには信じられなかった。

 女には山羊のような角があるし、耳も尖っているし、尻尾まである。

 今はゆったりとした服の下だろうが、背中には羽もあるはずだ。


「ありえん。世俗に疎い我でも知っているぞ。ゴドー聖教は『人間の神』を崇める宗教だ。角や尻尾のある貴様のような輩が司教など、正気の沙汰ではあり得ない。何より貴様は、あの島に――」

「ですが、ちゃんと、許可は教皇猊下から直々に頂きましたよ?」


 おっとりとした笑顔で、彼女は言う。

 どうにも、ペースが狂うフィリオだった。


「……魔女め。何の用だ」

「ちょっと忠告に参りました。モース霊山の長。あまり人前に出られると、困るんです。市民が怯えますから。ウチの教会にも相談に来る人がいますし、もしかしたら冒険者の討伐隊が組まれてしまうかもしれません。今はまだ、調査の段階ですけど、時間の問題ですね」

「ほう……我に挑むというのか」


 争うのはあまり好きではない。

 しかし、フィリオとて暴れたい気分になる事はあり、今がまさにその時だった。


「挑むのは別にとめませんけど、出来れば都市の外でお願いしたいですね。無関係の人まで巻き込まれますから」

「ふん……最初に手を出したのは、人間の方ではないか。知ったことか」

「フィリオさんらしくもないですね。怒りで心に澱みが生じていますよ」

「怒りもする。まだ名前すら付いていない子供が掠われ、怒らぬ親がいるか。何かあれば、タダではすまさん。この都市まるごと消し去ってくれる」

「それはちょっと、困りますね」

「例え貴様が相手でもだ、魔女」

「落ち着きましょう。私を相手に怒るのは八つ当たりです、よね?」

「むぅ……」


 諫められ、反省する。

 指摘通り、彼女は関係ない。


「……確かにそうだ」

「子ども達は禁忌を破って山を下りました。ですから、然るべき報いを受けました」

「何故、知っている……貴様、我が仔を知っているな!」


 フィリオは牙を剥き出しにした。

 しかし彼女の方は落ち着いたモノだ。


「はい」

「どこにいる」

「今はちょっと、お話しできません」

「何故だ」

「一人、逃げることに成功した子が、仲間を見つけて、自分で決着をつけようとしています」

「何だと……?」

「その覚悟を無下には出来ません。実に貴方の子供らしいですし」

「ぬぅ……し、しかし……」


 子供の勇ましさを褒められ、フィリオが怯む。


「親として心配するのは分かりますけど、ここはギリギリまで見守りませんか? もちろん、子ども達を掠った方達には然るべき報いを。しかしそれを為すのは、まずあの子達にお任せしてもらえますでしょうか」

「よかろう。その覚悟、見届けよう」


 しかし、とフィリオは付け加える。


「……ただし、仔達に何かあれば、生かしてはおかんぞ」

「はい。でも大丈夫ですよ。リフちゃんには、強い味方がついてますから」

「……」

「どうかしましたか」

「今、名前が出なかったか?」

「あ」


 彼女は、「やっちゃいました」と口元を抑えた。

 しかしここは聞いておかなければならない。子供の将来に関わることだ。


「リフとは何だ? 『ちゃん』という事は娘だな? 誰かが名前を授けたのか。娘が受け入れたのかどうなのか。名付けたのは男か女か。女ならばまだ許す。だが男ならばタダではおかん。事と次第によっては七回殺して崖から突き落としてくれる」

「ところで、その身体では、すごく目立つんですけどどうにかなりませんか」

「あいにくと、人に化けるような術は持ち合わせておらぬ! あからさまに話を変えようとするなーっ!!」


 夜空の下、騒ぐ一人と一匹。

 そんなやり取りがあるなど露知らず、五人と一匹のパーティーはそのすぐ足下の通りを駆け抜けていったのだった。

特に深い意味はありませんが、子と仔を書き分けているのは意図的です。

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