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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
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霊獣の仔

 カナリーがワイングラスをテーブルに置いた。


「ちょっと待ってくれ、シルバ。ちょっと気になる事がある。悪いね、マスター。ちょっと依頼書を借りるよ」


 立ち上がり、掲示板を目指す。


「奇遇だな、カナリー。某も同じことを言おうとした」

「な、何だよ?」

「これ」


 カナリーは掲示板から依頼書を一枚はがし、それをシルバに投げた。

 飛来するそれを受け取り、シルバはそれを見た。

 興味があるのか、リフもその手元を覗き込もうとする。


「……大型の猫型生物現る……」


 少し考え、シルバは首を振った。


「確かにタイミング的にピッタリだけど、これがリフのお父さんとは限らないだろ? リフは、どう思う?」

「にぅ……分からない」


 リフは頷き、しょぼんとする。

 まあ、これだけの情報じゃあな、とシルバも思う。


「山下りちゃ駄目って、父上言った。言いつけ守らなかったリフ達、こんなトコ連れてこられた。だから、父上は来ないと思う」

「……いや、それはどうだろう。リフのお父さんの事はまだ全然知らないけど、親なら来るよ」

「そうなの?」

「うん、多分。というかもう来ているかもしれない」


 リフの頭を撫でながら、シルバは考える。

 ちなみにキキョウが何だか羨ましそうにしていたが、シルバはとりあえず放っておくことにした。

 ……いや、まさか撫でた方がいいのか? などと聞く訳にもいかないだろう。

 ピンと、カナリーは依頼書を指で弾いた。


「これと接触してみるのが一番だけど、もし全然違う件だったら時間の無駄だよ。例えば、どこかの金持ちが趣味で飼ってた大型獣の脱走とか、あり得ない話じゃない。どうしたものかな、シルバ」

「可能性はそれなりに高いけど……」


 シルバは頷きながらも、肯定はしなかった。


「確定じゃない。何より、霊獣に礼儀を示すなら、リフを山まで送り返すのが一番いい」

「……うん、それについては僕も同感だな」

「リフもそう思う」

「連中に、背を向けるのはシャクだけどねー」


 湯気を立てる新しく来た骨付き肉を手に取りながら、ヒイロがぼやく。


「我慢しろヒイロ。まずは、この子の身の安全が第一だ」

「うん、分かってる。それにもしかしたら、連中が追いかけてくるかも知れないしね」


 それをちょっと期待している風なヒイロだった。


「だな。それでリフ。お前の住んでた山の名前って分かるか?」

「ヒトはみんな、モースって呼んでた」


 ひく、と表情を引きつらせたのは、シルバとカナリーだった。


「……モースって」

「ずっと東の方にある、あの、モース霊山かい、リフ?」

「うん」


 リフの頷きに、二人はテーブルに突っ伏した。


「ど、どうした、シルバ殿、カナリー! 急に頭を抱えて!?」

「……あの、さ、リフ。もしかしてお前のお父さん、名前、フィリオって言うんじゃないか?」


 出来ればそうあっては欲しくない、という願いを込めながら、シルバは呻くように訊ねた。


「? うん」


 その返事に、シルバは唯一心境を共有できる、カナリーに弱々しい笑いを向けた。


「マジか? おい、マジか?」

「……あああああ。白い獣……山……草木を操る……何で僕は気付かなかったんだ、この無能……」


 一方カナリーは、ガンガンと額をテーブルに打ち付けていた。


「よ、よく分からないが、何か問題でもあるのか、二人とも?」


 他の者には、何が問題なのか分からない。


「要するに」


 シルバは、リフの顎下を撫でた。リフは気持ちよさそうに眼を細める。


「この子はすっげえ高い格を持ってる霊獣の娘です」

「ああ。霊獣と言っても色々格がある訳だけど、その中でも相当に有名なね」


 眼を細めていたリフが、小首を傾げた。


「よく、分からない。リフはリフ」




 剣士であるキキョウが知らないのも無理はない。

 モース霊山はむしろ魔術師の間で有名な霊力の高い土地であり、未知の生態系、薄靄に包まれた麓の深い森と高い山はいまだ秘境とされている。

 亜神と呼ばれる半精霊体を志す修行者達にとっては聖地の一つでもあり、その山の守護者として崇められているのが巨大な白き剣牙虎フィリオ。

 つまり、リフのいう父親がそれであり……要するにとてもおっかない獣なのだ。


 その子供たちを掠ったというのだから、あの老人たちにも恐れ入る。

 モース霊山は、密猟者達にとっても、宝の山である。

 一攫千金を狙って、霊獣を掠う輩がいても、おかしくはない。

 しかも、こんな遠方まで運ぶとは……いや、下手に近くだと、親がすぐに追ってくるから、むしろ大陸辺境の地であるここまで来たのは、むしろ必然か。


「問題はさ、カナリー。それを理解した上で、あの爺さんたちの一派がリフたちを掠ったのかどうかだよな。ほぼ最高格の霊獣の仔だぞ?」

「もし知っててやったんなら、神をも恐れない所業だよ。吸血鬼である僕が神を語るのも、おかしな話だけどね」

「つまりシルバ殿、リフは姫君のような立場にあると解釈して、よいのか?」

「ついでにまだ掠われたままの兄弟は、王子王女になるな」


 シルバは顔をしかめ、こめかみを揉んだ。


「何て子を掠いやがる。こりゃ、一刻の猶予もないぞ。すぐにでも出発しないと」

「だな」


 事の重大さが分かっているカナリーも、準備の為立ち上がった。

 もしも霊獣フィリオがリフ達を取り戻しに来たら……都市半壊どころでは済まない。

 地図上から消滅する可能性もある。

 すると、今までほとんど発言していなかったタイランが、手を挙げた。


「あ、あの……っ」


 いつもなら、オドオドと小さく挙げる手が、今回ばかりは勢いよかった。

 何かよほど言いたい事があるのだろう。


「どうした、タイラン?」

「何故、リフちゃんは掠われたんでしょうか」

「そりゃ……普通、金目当てじゃないか?」

「……ああ。希少種である霊獣は、相当高値で売れるしね。いや、本人を前にする話じゃないなこれは。失礼した」


 カナリーの謝罪に、リフは首を振った。


「いい。気にしてない」

「つまり、シルバ殿は常識的に考えるなら密輸の線が一番可能性が高いと?」

「そういう事だけど……」


 しかし、タイランは違う見解を持っているようだった。


「あの老人、見覚えがあるんです……ウチで……名前がもうちょっとで……」


 唸るタイランの方を、リフが向いた。


「クロップ」

「え」


 タイランが、リフを見る。


「他の人達、そう呼んでた」

「クロップ! 思い出しました! あ、あの人です! 父の知り合いの!」


 珍しくよほど興奮しているのか、タイランは両手を合わせて立ち上がった。


「お、落ち着けよ、タイラン。誰だ、そのクロップって?」


 シルバも知らない名前だったが、カナリーが考え込む風な表情で呟いた。


「クロップ……リフの攻撃と同じ種類の兵器を使う自動鎧……」


 カナリーは、リフを見下ろした。


「リフ。口から吐き出した光というのは、君の父上殿も使うのかな?」

「に。めったにしない。でも、すごい」

「……話に聞く、精霊砲だね。霊獣が自らの力を束ね、放出する攻撃だ。……とすると、タイランが言っているのは、精霊炉の権威、錬金術師のテュポン・クロップかい?」

「はい、その、クロップ氏です」

「有名なのかよ、カナリー」

「ああ。僕もそれほど詳しい事は知らないけど、サフォイア連合国出身で、相当な変わり者だったと聞く」

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