リフとのお話
酒場『朝務亭』に戻ったシルバたちは、衣服の汚れもそのまま、風呂帰りの騒動をキキョウとカナリーに説明した。
酒場に向かう途中で、シルバは大聖堂に寄り、司教でありシルバの上司であるストア・カプリスにも、同じ内容を話してある。
雑事を全部預かってくれたストアは今頃、教会所属の警吏らを引き連れて路地に向かっているはずだ。
時刻は既に日も沈みつつある夕刻。
空腹だったシルバらは、そのまま夕餉に移行していた。
「――という事がありましたとさ。おーい、キキョウ大丈夫か?」
海老フライを囓りながら、シルバは何だか妙に凹んでいるキキョウを見た。
尻尾も元気なく、へにゃりと垂れ下がっている。
「ぬうぅ……シルバ殿が危難に遭っていたというのに、某は呑気に飯を食っていたとは……何という不覚」
「そんな事言ったって、助けを求めようにも『透心』の距離にだって限界があるんだし、しょうがないだろ。終わったことを言っても始まらないって。まあ、それよりもうちょい飯が欲しいかな」
パンが切れ、シルバはウェイトレスを呼んだ。
その足下で蒸し魚を食べ終えたリフも、顔を上げた。
「に」
「おっ、お前もおかわりか。食う子と寝る子はよく育つぞ。しっかり食え」
サラダから小エビを幾つか取ると、リフの皿に置く。
「にぃ」
一声鳴くと、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら白い仔虎は小エビを食べ始めた。
トマト煮込みのパスタを食べていたカナリーが、タイランの方を向く。
「それで、タイラン。君の話ではこの子は霊獣だという話だけど……」
「は、はい……」
タイランがストローから口を離す。
口と言っても空気口だが。
水の入ったジョッキをテーブルに置くタイランを、シルバが制した。
「あ、ちょっと話、待ってくれ。こういうのは、本人から聞いた方がいいだろう?」
「そ、そうしてもらえると、助かります……私、口下手で……」
「む、どうする気であるか、シルバ殿」
ボソボソと焼き魚をほぐしていたキキョウも、ようやく復活してきたようだ。
「リフと、『透心』の契約をする」
食事を中断したシルバは、テーブルの空いているスペースにリフと小エビの乗った皿を置いた。
「……いや、僕としては動物相手に祝福使うのかと、むしろそっちの方に呆れるのだけれど」
カナリーのツッコミをスルーしつつ、シルバは聖句を唱えた。
「リフ、ちょっと前脚をあげてくれ」
「に?」
リフはしばらく右、左と前脚を上げ、やがて両方持ち上げた。
バランスが悪いので、リフの身体は左右にユラユラと揺れていた。
「いや、どっちか片脚でいいから」
「にう」
リフは一旦両脚を下ろし、右前脚を上げた。
シルバが人差し指で小さな肉球を押すと、互いの精神が繋がった。
契約成立だ。
「――はい、契約完了。全員チャンネルオープンにするから、普通に話していいぞ」
「はに? 喋らなくても、念話でいけるんじゃないの?」
さっきからひたすら骨付き肉を食べ続けていたヒイロが、首を傾げた。
今ので八本目だ。
ヒイロは、酒場への道中で目を覚ました。
教会に寄ったついでに、ストアにも診てもらったが、頭に大きなコブができたこと以外は問題ないという診断だった。
シルバは、一応『回復』を掛けておいた。
「……そりゃ念話でもできるけど、そうなるとここ、えらい殺伐としたテーブルになるだろ? 全員黙って子どもの虎を凝視してるテーブルを、ちょっと想像してみろよ」
「う、うーん……確かに、ちょっと怪しいかも」
「いいからヒイロは飯に専念しててくれ。相当頑張ったし、疲れただろ?」
「疲れたってより、やっぱり運動した分、お腹が空いてしょうがないかなぁ。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうねー」
言って、ヒイロは九本目の骨付き肉に取りかかり始めた。
「そうしててくれ。で、リフ、事情を話してもらえるか?」
「……」
しかし、リフはシルバの顔を見上げたまま、無言だった。
「ん?」
「失敗かい、シルバ?」
カナリーの問いに、シルバは自信なく首を振った。
「いや……そんなはずは……」
不意に、頭に舌足らずな声が響いた。
(……話していい?)
どうやらこれが、リフの意識の声らしい。
「いいぞ。事情の説明、始めてくれ」
(に)
それからリフは沈黙した。どうやら、頭の中でまとめているらしい。
シルバは待ちながら、タイランに確かめてみる事にした。
(なあ、タイラン。もしかして、コイツ)
(……はい、元々無口っぽいんです、この子)
(……やっぱり)
そして、リフは語り始めた。
「に。リフは、山からきた」
実際は「にーにー」と鳴き声だが、ちゃんと意味はシルバに伝わってきていた。
「待った。いきなり話の腰を折って悪いけど、その名前でいいのか? 本当の名前は?」
「名前はなかった。リフでいい。リフは、気に入ってる」
「そ、そうか。ならいいんだけど。続きを頼む」
「母上はもう精霊王の元に帰ったと、父上に聞いてる。だから、リフは兄弟たちと父上に育てられた」
最後の骨付き肉を頬張っていたヒイロが、シルバの袖を引っ張った。
「モグ……ねえねえ、せいれーおーのもとに帰ったって、どういう意味?」
「もう、亡くなってるって意味だ。飯はもういいのか?」
「まだまだ。もー、いくらでも入るね。ウェイトレスさーん、お肉もう十本追加ー」
「十本て」
さっき食べたのと同じ量を食べるのか、とシルバは呆れた。
「リフも、おかわり。おさかな」
リフはてしてし、と目の前の皿を前脚で叩いた。
「はいはい。水もな」
「に」
食事をしながらの、話は続く。
「けど兄弟たち、ずっと山にいるのも飽きて、父上の言いつけを破ってみんなで麓の森に下りた。リフは追いかけた。楽しかったけど、捕まった」
「その、捕まったってのが、さっきの連中か」
「うん」
しょぼん、とリフの耳が項垂れる。
「……兄弟、まだみんな捕まったまま。リフだけ逃げられた」
「どうするつもりだったんだ?」
「……山に戻って、父上に謝る。それからみんなを、取り返してもらうつもりだった」
「冷静だな」
「連中つよい。リフ一人じゃ、たぶんむり……悔しいけど、また捕まるの、ぜったいだめ。リフは残ったみんなの希望だから」
「なるほどな……」
皿の肉を全部食べ終え、暇になったヒイロが唸った。
「んー……そうなると、アレだよね。ボクとしてはリベンジしたかったんだけど、この子を山に送り返す方がいいのかな?」
コイツの腹は一体どうなっているんだろうとか思いながら、シルバは同意する。全然膨れたように見えない。
「そりゃ、そうだ。親が来たら、えらい事だぞ。どのぐらいの格の霊獣かにもよるけど、下手な相手だと、この都市が半壊する」
「そんなすごいんだ」
「ヒイロだって火精霊や水精霊の名前ぐらい聞いたことあるだろ? あれが兵隊なら、霊獣ってのは一番弱いので部隊長、ヤバいのだと将軍クラスになる」
ヒイロはしばらく頭の中でイメージしていたようだが、やがて大真面目な顔でシルバを見た。
「つまり、メッチャ強いんだね」
「そうだな」
「そういえば以前、この都市の郊外にあるクスノハ遺跡に現れたという怪物も、霊獣という噂らしいね」
ワイングラスを傾けるカナリーの言葉に、「ぶ……っ!」とキキョウが水を噴き出した。
だ、大丈夫か、と心配するシルバを余所に、ヒイロが興味を持った。
「何それ、カナリー? どこの話?」
「この都市からだと、そうは離れていないな。せいぜい歩いて二時間と言った所にある遺跡に突然現れ、遺跡を根こそぎ粉砕して消え去ったという巨大な獣の噂さ。もっとも、僕も伝聞でしかないがね。僕が訪れた現場は、もはや獣の痕跡もない、単なる廃墟だったし」
「霊獣っていうのは、半分精霊状態にある、知性の高い獣でな」
前述の通り、霊獣にも格が存在し、それほど位の高くない霊獣なら、ちょっとした山の奥深くで見つける事ができる。
もっともそれでもかなり、遭遇には困難が伴うのだが。
霊獣はその角や肉に高い薬の効果があるとされ、また希少種故、生きたままでも好事家たちのペットとしても、高値で取引される。
その一方で、霊獣と呼ばれるからには精霊としての力は相当高く、弱い霊獣でも小型の自然現象、強力な霊獣が激怒したならそれは自然災害を一つ丸ごと相手にするようなモノである。
そして、リフの父親は、その強力な方に該当するらしい。
「父上強い。怒るとすごくこわい」
「と、取りなしは頼む。悪いのはお前を捕まえた奴らであって、一般人を巻き込むのはちょっと……」
「言ってはみる」
「助かるよ」
卑屈を自覚しながらも、生きる災害相手になりふりなど構っていられないシルバであった。




