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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
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『透心』の使い方

「シルバさん、やります……!」

「!? ……分かった!」


 シルバは、タイランの意図を察した。

 リフと共にヒイロのサポートを行いながら、シルバはポケットに入れていた石ころを眼鏡の青年に投げつけた。

 顔面に当たりそうになった石ころを、眼鏡の青年は慌てて避け、叫んだ。


「こ、子どもか! 見苦しい!」

「そんなことは、百も承知だよ」


 効果があるなら、見栄えが悪くても使うべき。

 そしてこの投石は、大抵の敵には牽制として通用するのだ。

 事実、眼鏡の青年の指揮が、わずかな時間ながら滞った。


「なら、やるだろ、普通」

「――せかいをつつみまたひとつのことしてあるかみよ、わがからだにちからをあたえたまえ」


 そうこうする間にも、タイランはローブ姿の男たちの攻撃に耐えながら、聖句を唱えていた。

 戦鎚を斧槍で弾き、棍棒は肘で受け止めた。

 ヒイロと同じく、キキョウの風のように速い攻撃で、訓練を受け続けてきたのだ。

 ただでさえ動きが大きくなる鈍器、すべてを避けることは無理でも、ある程度なら凌ぐことが出来るのだ。


「――あらゆるいたみにたえるからだを、あらゆるちからにゆるがぬからだを」


 タイランは、ゴドー聖教の信者ではない。

 本来唱えたところで、何かの効果を発揮する聖句ではない。

 けれど、効果はなくても、それは確かに祈りなのだ。

 ただ、神に届ける経路(パス)がないだけにすぎない。

 聖職者が神の祝福を使えるのは、儀式を踏み、この経路(パス)を得ているからだ。


「かみゴドー。タイラン・ハーヴェスタが、あなたにいのりをささげます――」


 タイランが詠み上げた聖句を、シルバは『透心(シンツ)』を通して受け取った。

 信者、そうでない民を問わず、その祈りを受け止め、神へと届ける――これこそが、『透心(シンツ)』の本来の使い方。

 そして聖職者(シルバ)経路(パス)を通した神への祈りは、返答もまた『透心(シンツ)』を通じて、タイランに祝福という形で顕われる。


「『鉄壁(ウオウル)』!!」


 タイランの甲冑から、濃い青の波動が放たれる。


「ぐ……っ!」

「うあっ!?」


 タイランに鈍器をぶつけてきた二人の男が、逆に弾き飛ばされた。

 絶魔コーティングで、シルバの祝福はタイランには施せない。

 外側からでは弾かれてしまうのだ。

 けれど内側、タイラン自身が唱えたならば、話は違う。

 防御力を高めてくれる祝福は、しっかりとタイランを守ってくれていた。


「れ、練習通り、出来ました……」


 シルバが、『鉄壁(ウオウル)』の聖句を記した紙を手渡した反省会は、つい先日のことだ。

 詠唱にしたって、ただ詠むのと戦闘の最中では勝手が違う。

 紙をチラッと見ただけで暗記したカナリーは例外として、この短期間にそれをモノにしたタイランは、やはり相当に頭がいいのだろう。


「『爆砲(バンド―)』っ!」


 同じく詠唱を終えた眼鏡の青年が、爆炎の魔術を放ってきた。


「シルバさん!」


 タイランが、シルバたちの盾になる。

 魔術はそもそも、タイランの身体はほぼ完全に遮断する。

 そのの巨体を、炎と土煙が包み込んでいく。

 タイランの視界を遮ることになったが、相手も同じ条件だ。

 タイランは、斧槍を構え直し、炎の中にその先端を突き込んだ。


「……何だと!?」


 眼鏡の青年の、動揺する声がした。

 炎が散ると、ローブ姿の男が一人、タイランの斧槍に弾き飛ばされていた。

 タイランが、一歩前に出る。

 物理攻撃は『鉄壁(ウオウル)』を纏った甲冑が阻み、魔術攻撃はそもそも絶魔コーティングによって無効化される。

 そんな反則みたいな相手に、攻めあぐねるローブ姿の男たちは後ずさっていた。

 指揮をしている眼鏡の青年も、さっきの『爆砲(バンド―)』が自身の最大の攻撃だったのだろう、肩で息をしている。

 この様子ならもうタイランに全部任せて大丈夫そうだな、とシルバは再び、老人の方に向き直った。

 ちょうど、ヒイロとモンブラン四号が互いの攻撃を弾き合い、距離を取ったところだった。


「今更だが、街中なのに何考えてやがるんだよ爺さん!」

「まったくじゃ!」


 シルバの糾弾に、何故か老人も同調していた。


「……あ、あれぇ?」

「馬鹿者共が! 霊獣が死んだらどうするのじゃ!」


 あ、その心配ね、とシルバは納得した。

 老人が張り上げた声は、シルバに向けられたモノではなかった。

 もう一度振り返ると、眼鏡の青年がかろうじて返事をした。


「はぁ……はぁ……し、しかしこのままでは時間が……!」

「よい、それはこちらで何とかする! 当てれば、儂らの方が強いんじゃ! ならば我がモンブラン四号の本領発揮じゃい! ゆくぞ、無敵モード!」

「ガ!」


 老人の宣言と共に、モンブラン四号の身体から見えない何かが放たれた。


「うん……?」


 不可視の力場を感じ取り、シルバはわずかに顔をしかめた。

 しかしそれがどういう効果を持つのか分からない。

 いや、すぐに分かった。


「何だか分からないけど、とにかく――うわっ!?」


 骨剣を構え直し、何度目になるか分からない突撃を仕掛けたヒイロが、突きを繰り出した直後、いきなりシルバの方へ跳び退ってきた。


「どうした、ヒイロ!? ――『回復(ヒルタン)』」


 何せヒイロは防御をほとんどしないので、既に打撲跡でいっぱいだ。

 シルバが回復の祝福を与えると外見の傷はあっという間に治ってしまうが、心の動揺までは癒せない。


「な、何かゴムみたいな見えない壁に邪魔されたんだよ!」


 無敵モードの宣言と同時に、突然ヒイロの攻撃が弾かれてしまったらしい。


「うへぇ……メッチャ手、痺れる。まるで、分厚いゴムみたい」


 ヒイロは手を振った。


「おっとノンビリしとる場合か?」


 老人が言った。

 モンブラン四号の姿がない。


「え」


 ヒイロの身体を濃い影が包み込む。


「ヒイロ、頭上だ!」


 シルバが叫ぶが間に合わない。

 そして真上から、モンブラン四号の巨体そのモノが、落下した。


「……っ!?」


 そして、地面を揺らして、ヒイロの身体がモンブラン四号に押し潰されたのだった。




「嘘だろ、おい……」


 シルバは思わず呟いていた。

 あの巨体が、まさかあんな高い跳躍をするなんて思わないではないか。

 だが事実、跳んだ。

 モンブラン四号の足部分がバネのように幾重にも折れ曲がり、跳び上がったのだ。

 そして高度からの押し潰し。

 常人では、肉を潰し、骨が砕ける致命傷だろう。

 実際、モンブラン四号の向こうで、老人は勝ち誇っていた。


「シルバさん!」


 タイランが後退し、シルバの背後を守るように立った。

 まだ、ローブ姿の男たちを全部倒しきってはいないようだが、それでもシルバを守る方を優先してくれたのだろう。


「カカカ! よし、残るは司祭とあの大鎧だけじゃ! さっさと終わらせて撤収するぞい!」

「ガ!」


 モンブラン四号の目が光り、シルバに照準を合わせる。

 しかし、シルバは焦らなかった。


「ソイツはどうかな」

「だはぁっ!」


 大きな息を吐く声と共に、地面にめり込んだモンブラン四号の胴体が浮き上がった。

 そして、老人の前で尻餅をついた。


「何ぃ!?」

「今のはちょっと痛かったぞ、コンチクショーモー」


 骨剣を杖にしながら、穴から這い上がってきたのは土まみれになったヒイロだった。

 相当頭に来ているのか、額の二本角が伸び、全身が普段の赤銅色より黒みの濃い肌へと変化していた。

 そして、禍々しい殺気がヒイロを中心に渦巻いていた。

 (オーガ)族の種族特性、攻撃力を数倍に高める『凶化』である。

 もちろん、それに伴い身体能力全体が強くなっているが、防御力にはそれほど変化がない。

 あくまで攻撃力特化型の強化なのだ。


「馬鹿な……我が四号の攻撃を食らって無事なはずが……ハッ!? 小僧、貴様の仕業か!?」


 シルバは否定しなかった。

 実際、ヒイロが潰される直前に放った『大盾(ラシルド)』が、どうやらギリギリで間にあってくれたようだ。


「それが俺の仕事だからな」

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