馬鹿が鎧でやってきた
青年をもう少し観察してみる。
冒険者を示す認識票は見えないが、服の中に入れていれば見えないのでこれは判断の材料にはならない。
青年の服は、安っぽい灰色のローブだ。
ずいぶんと使い込んでいるのか少々薄汚い。
そして、ローブ姿なので分かりづらいが、左脇が不自然に膨らんでいる。
……銃?
コストパフォーマンスが低く、冒険者の間では人気の低い武器だ。
威力はそれなりにあるが、レベルの高い魔物相手には通じにくい。
どちらかといえば、軍が集団で使うことが多い。
少し不自然なその挙動は、シルバが魔王討伐軍にいた頃、何度か見たことがあった。
それを、二人にも『透心』で伝えてみた。
(……まあ、自衛の為に武器を持ってる人だってそりゃいるだろうけど、なぁ……どう思うよ、二人とも)
(怪しい)
ヒイロは断言した。
(根拠は)
(ない。強いて言えば、ずっと目が笑ってないから、かなぁ)
(あ、あの……ちょっといいですか? 初めて会った時からずっと気になってたんですけど……)
(何だ、タイラン?)
(……その子、ただの小さな虎じゃないです)
「「うん?」」
たまらず、ヒイロと一緒にシルバはタイランを見上げていた。
(……その子、霊獣です。リフちゃんの話ですと、彼らは自分を捕まえに来たそうです)
霊獣。
霊山や森の奥深くに住む、半精霊の獣だ。
知性は相当に高く、中には人語を話すモノもいるという。
精霊を信仰するモノ達にとっては、半分神にも等しい尊い存在として崇められてもいる。
希少種であり、みだりに人が触れていい存在ではない。
もちろん、飼うなどもっての他だ。
下手をすれば、子を掠われた事に気付いた親が里に下りてきて、大暴れしてしまうだろう。
ただ、疑問は残る。
何故、リフの言葉がタイランに分かるのか、だ。
(その話は後でしますので……それに、相手も焦っているようにも、見えますし……)
確かによく観察してみると、しきりに目を泳がせて周囲を気にしているようだし、ソワソワしている。
一度そう考えてしまうと、何だか目の前の青年がより一層、胡散臭く感じられてきた。
シルバは、いつでも動けるようにわずかに腰を落とした。
「あの……?」
青年は、怪訝そうな表情をした。
突然、ヒイロは背後を振り返って、骨剣を抜いた。
「何かいる!」
その叫びに、少し離れた場所で様子を伺っていた、青年と同じローブ姿の男が二人、動揺した。
しかも一人は懐に手をやっている。
チラッと覗いた柄は、やはり拳銃のモノだった。
「こんな街中で、銃を抜く気か!!」
シルバが大声で叫ぶと、一瞬彼らは躊躇した。
通行人たちが、何事かと一斉にシルバたちに注目したのだ。
「逃げよう!」
「あいさ!」
「し、殿は私が……っ!」
三人は、すぐ脇の路地に飛び込んだ。
「待て!」
「その台詞で待った事のある奴って、今までいるのかなぁ……」
背後からの声に、真ん中を駆けていたヒイロが思わず感想を漏らした。
路地の幅は狭くはないが、タイランが走っていると、余裕がない。
通行人も慌てて、建物に身を寄せていた。
拳銃の音が響くが、タイランの甲冑がすべて弾き、カキンカキンと金属質な音を鳴らした。
「あああ……せっかく、磨いてもらったばかりなのにぃ……」
タイランは泣きそうな声を上げていた。
「つーかマジで撃ってきやがった!」
ということは、それだけ懐に入る霊獣の子は、重要な存在だということなのだろう。
先頭を駆けるシルバは振り返る余裕などなく、ひたすら路地を駆け抜ける。
もう少しで、通りに抜ける。
その時、路地全体に大きな声が響いた。
「それは儂のじゃあっ!」
唐突に地面が揺れ、盛り上がった。
「足下ーっ!?」
大地を貫き路地狭しと出現したのは、五メルトはあろうかという、タイランを圧倒的に上回る巨大な甲冑だった。
当たり前だが、左右の建物の壁はその余波で、乾いた重い音を立てながら崩れていった。
地面の下から現れた甲冑は、指示を与える事で動く機械式の鎧、いわゆる自動鎧と呼ばれる兵器だろう。
寸胴鍋に丸い目を描いたバケツを乗せ、太い手足を付けたような外観だ。
その背中に乗っていた、白衣を着た鷲鼻の老人が飛び降りた。
爆発したような白髪が印象的だ。
先ほどの叫び声は、この老人のモノだろう。
老人は、自動鎧の背後に回った。
シルバが振り返ると、タイランの脇から、追ってくるローブ姿の男たちの姿が見えた。
挟み撃ちにされた。
どうやら、路地を突破するには、目の前の自動鎧を何とかするしかなさそうだった。
「ヒイロは正面の鎧、タイランは後ろのローブ連中で対応! 連中の目的は、リフにある。絶対死守な!」
「うん!」
「りょ、了解です……!」
ヒイロが骨剣を構え、自動鎧に相対する。
次に懐にリフを入れたシルバ。
タイランも足を止め、斧槍を手に、後方のローブ集団に向き直った。
ヒイロとタイランが、修練場帰りだったのは運がよかった。
普段、依頼がない時なら武器を持っていないことが多いからだ。
シルバは『透心』を意識する。
こうすることで、後ろのタイランの様子も見ないで把握することができるのだ。
正面、自動鎧の股の間から、老人が不敵な笑みを浮かべていた。
「……ほう、儂に刃向かうというのか。じゃが! ソイツは苦労して手に入れたんじゃ! 貴様らには絶対やらん! やれい、モンブラン四号!」
「ガ……!」
自動鎧、モンブラン四号が短い唸り声と共に両腕を上げた。
「っしゃあっ!」
その横っ面を、跳躍したヒイロの骨剣が張り倒した。
「ガガ……ッ!?」
自動鎧がたたらを踏む。
「ま、待てこの礼儀知らずが! 名乗りぐらい挙げさせんか!」
さすがに、老人が慌てた。
シルバも黙ってはいるが、容赦ねーなコイツ、と呆れていた。
ヒイロは老人の言葉に構わず、自動鎧に躍り掛かる。
「勝負の世界にそんなモン、無用無用無用!」
二撃、三撃と骨剣による重い攻撃を繰り出していく。
モンブラン四号はかろうじて、それを大きな手であしらっているが、劣勢なのは明らかだ。
なまじ巨大な分、小回りが利かないのだろう。
「くっ……何という非常識な! これじゃからガキは嫌いなんじゃ! もうよい! まずはそやつを始末し、霊獣を手に入れるのじゃ! 助手ども! 貴様らも気張るのじゃぞ!」
ビシッとタイランと向き合っている、ローブの集団に老人は叫んだ。
「せ、先生! その事はあまり大声で言わないで下さい!」
銃を構えながら、彼らはフードを被った。
「やかまっしゃい! 無駄口叩いてる暇があったら――」
「――戦えっつー話だよね!」
老人の言葉を、ヒイロが引き継いだ。
周囲の建物に被害が及ぶのにも構わず、モンブラン四号は振り上げた拳を、ヒイロに叩きつけようとする。
「当たらないよ、そんなの!」
当たるよりも速く、ヒイロは前に踏み込み、空振った巨大な拳は地面を叩いた。
そのまま、モンブラン四号の腕を弾き上げ、足下に幾度もダメージを与えていく。
狙うは膝や足首といった関節部分。
シルバは何も言っていない、ヒイロが本能的に自動鎧の弱い部分を狙っているのだ。
「ガガッ……!」
ガクッと、自動鎧が膝を折りそうになり、何とか持ちこたえた。
けれど、間違いなく効いている。
「おお、意外にやる……」
こっちは大丈夫そうだなと判断し、シルバはタイランに振り返った。
幾つもの銃弾がタイランの鎧を叩いていたが、軽い傷がつく程度で、タイラン自身のダメージはまったくない。
そしてタイランが踏ん張ってくれているならば、シルバの懐に入るリフの身は保証されているといってもいいだろう。




