表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
小さな霊獣の冒険譚
40/215

お風呂に入ろう

 アーミゼスト北部、グラスポート温泉街。

 雨上がりの湿った地面に、何十かある公衆浴場のあちこちから湯気が立ち、相当に湿気が高い。

 リフを連れたシルバは使い魔の入浴も可能な風呂を選び、更衣室で法衣を手早く脱ぎ、タオルを腰、桶を脇に、湯煙漂う岩作りの温泉に入場した。

 ムワッとした白い湯気が、一人と一匹を包み込む。


「そして温泉な訳だが!」

「に!」


 元気よく、桶に入ったリフも返事をする。


「風呂が好きか、リフ」

「に!」

「お前はそれでも猫科の動物か! もうちょっと嫌がるモノだぞ!」

「に!」

「……まー、暴れられて、手が爪痕だらけになるよりは、よっぽどマシか」


 ボヤキながら、まずは身体を洗う事にした。

 岩に腰掛けると、リフが尻尾をゆらゆら揺らしながら、自分を見上げているのに気付いた。

 その視線を追うと、自分の左胸にある大きな傷痕に辿り着く。


「ん、何だ気になるか、これ」

「に」

「昔、死んだ事があってなー。その時の名残だー。まあ、神様に助けてもらったんだけどなー」


 ざばーっとお湯を浴びながら気楽に言う。


「に!?」


 リフの毛が逆立った。

 ちなみにこの傷は、完全に貫通している為、背中にまで到達している。


「まあ、今は全然平気だから、問題ないって。それよりお前も洗うから大人しくしろよー」

「にー」


 自分の身体と一緒に、リフの毛もワシャワシャと泡立てていく。

 薄汚れた毛皮がどんどん白くなっていき、黒いトラ柄も現れてくる。


「つーか目は瞑ってろよ。泡が目に入ると、ちょっとシャレにならん」

「に」


 リフは四本足で行儀よく立ったまま、短く返事を返した。

 ゆっくりと湯を掛けると、泡が流され真っ白い仔虎の姿が現れる。


「うっし、出来上がり。……うわ、何だこの美人さん」

「に」


 思わずシルバはリフを抱え上げた。


「つーか雄? 雌? あ、やっぱり雌か」

「にー!」


 リフの蹴りが、シルバの顔面を捕らえた。


「ぐはあ、虎キックっ!?」




 それから二人は風呂で小一時間ほど過ごした。

 脱衣所で着替えを終え、フロントに出る。

 温かい風呂場から出ると、少し肌寒い気もするが、それもまた今のシルバ達には心地いい。


「んー、いい湯だったー」

「に」

「風呂と言えば上がった後の冷たい牛乳!」


 シルバは、売店で買った瓶牛乳を高く掲げた。

 リフの尻尾もピンと立った。


「に!」

「……お前はぬるいのな。腹下すと困るから」

「にぃ……」


 ちょっと残念そうな、リフだった。




 公衆浴場を出た所で、バッタリと見知った顔と遭遇した。


「あれ、先輩?」


 首からタオルを引っさげた鬼っ子、ヒイロだった。

 相変わらず、小柄な身体に見合わない大きな骨剣を背負っている。


「おや、ヒイロ」


 ヒイロは、シルバの懐を指差した。

 リフは行きと同じように、シルバの懐に潜っていた。


「その子、新しい仲間?」

「……俺が言うのもなんだけど、どこまで種族にフリーダムなんだよ。いくら何でもこんな小さな仔虎が、新しいパーティーメンバーな訳あるかい」

「に?」


 よく分からない、とリフは首を傾げる。


「うーん、肉球は魅力的だけど、やっぱり解錠技術とかに不安がありそうだよね。そして先輩、その子をボクに」


 大きく両手を広げた。


「パスだ! 撫でたい!」

「にぃ……」


 あまりにテンションの高いヒイロに、リフはシルバの懐深くに隠れた。

 それを落ち着かせるように、シルバはリフの頭を撫でる。


「言っとくけどコイツ、食い物じゃないからな。食うなよ。絶対食うなよ。パスは無しだ。撫でるだけなら構わん」

「大丈夫だってー。いくらボクがお肉好きだからって、そんな可愛い子、食べる訳ないじゃん」

「に……」


 ようやく落ち着いたのか、ひょこっと再びシルバの懐から仔虎は頭を覗かせる。


「大丈夫だぞー。コイツも俺の仲間だから」

「に」

「……おおー。心と心が通じ合ってる? もしかして先輩、この子と『透心(シンツ)』の契約結んじゃってたり?」

「ないない。できるっちゃーできるけど、情が移るしな」


 言って、その辺りは最早手遅れかもしれんと思うシルバであった。


「それよりヒイロも風呂だったのか?」

「あ、うん。修練の途中で雨降ってきたから」


 ヒイロは、背後の大きな個室風呂浴場を指差した。

 このグラスポート、他にも電気風呂や流れる風呂など様々な風呂が存在するのだ。


「タイランは? 別行動取ってるのか?」

「いや、途中までは一緒だったんだけどね。ただ、タイランはお風呂じゃなくて……」


 ヒイロは、向こうを指差した。

 シルバとリフが指の先を追うと、小さな鍛冶屋に辿り着く。

 鍛冶師は大量の汗をかくので、グラスポートのすぐ近くが鍛冶街なのだ。

 ちょうど、その小さな鍛冶屋から大きな鎧がノソリ、と出てきた所だった。

 タイランは、ノンビリした足取りでこちらにやってくる。


「も、戻りましたー……って、シルバさん?」


 タイランの甲冑は、妙に光沢が増していた。


「……そうか。確かにタイランは、風呂入る訳にはいかないよな」




 三人と一匹は、一緒に帰る事になった。

 リフも横着せず、シルバと並ぶように自分で歩く。


「あ、大体この辺で拾ったんだよな、コイツ」


 シルバは木箱の積まれた場所で足を止める。


「酷い飼い主もいたもんだねー」


 帰り道、リフを拾った経緯を聞いていたヒイロは憤慨する。


「兄弟とか、いなかったんでしょうか……? 虎とか猫って、何だか一度に数匹単位で生まれてくる印象があったんですけど……」


 心配げなタイランに、シルバもちょっと気にならないではなかった。


「お前、兄弟とかいるの?」

「にぃ……」


 リフは元気なさげに鳴くばかりだ。

 その時、背後から声が掛けられた。


「き、君達、ちょっといいかな」


 振り返ると、眼鏡を掛けた気弱そうな青年が立っていた。

 ローブを着ている所を見ると、どこかの魔術師だろうか。


「ん? あー、タイランのナイスバディに見惚れるのは分かるけど、この子、男の子だよ?」

「は!? あ……えっ……ナ、ナンパなんですか!?」


 ヒイロの言葉に、タイランがたまらず後ずさる。


「……瞬間的にそういう発想出てくる所とか、ヒイロ、ホントにスゴイよな」


 呆れるより、本気で感心するシルバだった。

 しかし、どうやら青年の用事はタイランではなかったようだ。


「ち、違う! いや、違います。我々が訊ねたいのは、その子のことです」

「コイツ?」


 リフは、シルバの懐の奥に隠れようとしていた。


「はい!」

「に……」


 元気のいい青年の声に、シルバの懐内にいるリフの姿は、いよいよ耳しか見えなくなっていた。

 リフが喋れるはずもなく、シルバが代わりに訊ねる。


「どういうことでしょう。この子の飼い主なんですか?」

「えー」


 ヒイロは眉を寄せた。


「そ、そうなんです! ああ、ホントどこに逃げたのかと思ったら……本当によかった」


 彼は、心底安堵している様子だった。

 が、シルバは逆に警戒していた。

 明らかにリフは怯え、警戒している様子なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ