絡んでくる悪意
新しく入ったヒイロの攻撃はすさまじく、重装兵であるタイランが斧槍で受け止める度に派手に火花が散っていた。
頬を引きつらせながら、シルバはそれを眺める。
「……つーか、あの攻撃を受けまくって、よく生きてたな俺」
「う、うむ。さすがに某も、気が気ではなかったぞ。どんな手品を使ったのだ」
「手品じゃねーよ。戦う前に待ってもらって『再生』と『鉄壁』を掛けといたんだ。いや、それでも一撃喰らう度に、体力ギリギリだったんだけどな。結局最後倒れたし」
なお、『再生』はダメージを受ける度に即座に回復する術、『鉄壁』は防御力を高める呪文である。
キキョウは眉を八の字に下げた。
「……あまり無茶をしないでもらえるか。まだ、パーティーの名前すら決まらないうちに、リーダーにくたばられては、困るのだ」
「はは……それじゃもう一人、タイランの評価はどうだ」
「防御力特化型、ヒイロとは好対照な戦士であるな。あの重厚な鎧を貫ける者はそうはいないであろう」
「キキョウなら、どうだ?」
「やはりまともにやれば、難しいといったところであろう。シルバ殿が手伝ってくれると、かなり楽になるのだが」
キキョウがチラッと横目で、シルバを見た。
キキョウは、スピードを重視した一撃離脱戦法や多段攻撃を得意としている。
多勢相手の攻めは得意中の得意だが、一撃の重さではヒイロが勝ると見ていい。
ただし、それもキキョウとヒイロの一対一ならばだ。
威力が足りないならば、足せばいいのである。
「おだてても、何も出ねーぞ」
「はっは、本音なのだがな」
笑うキキョウ。
シルバはそれを見てから、たどたどしくヒイロの猛攻を受け止めるタイランの動きを観察した。
「あんまり、慣れてなさそうだよなー」
「うむ。それは某も感じた。貴殿でも分かるか」
「これでも、軍やそれなりの腕を持ったパーティーに参加してたんでね」
シルバは肩を竦め、キキョウも頷いた。
「故に、若干攻撃と防御の切り替えに不安がある。まず、致命的なのは、その動きの鈍さだろう。アレでは、敵に攻撃を当てるのが難く、逆は易い」
「けど、だからこそ、あの二人は組み合わせれば強いと思う」
「うむ」
攻めのヒイロに、受けのタイラン。
タイランの動きがもう少し速ければ、ツートップでいけるだろう。不安があるとすれば、ヒイロがどこまでも突撃しそうな感じがする点だろうか。
「ま、大体の連携はイメージ出来たかな」
うん、と頷くシルバに、何故かキキョウが焦った。
「待て、シルバ殿」
裾を引っ張り、シルバを睨む。
「な、何だよ」
「そ、某の評価が済んでおらぬ」
「いや、何を今更」
「今更も皿屋敷もない。ふ、二人だけ見て、某を論じぬのはズルイではないか」
「そ、そうか?」
「そうだ! シルバ殿の中での、某の位置づけがどの辺りにあるか、大いに気になる!」
何故か、顔を赤らめながら力説するキキョウだった。
「んー、つーか参ったな」
どうしたモノかなーと思いながら、結局シルバは思ったままの事を言う事にした。
「キキョウはスピード重視の攻め方が得意だろ。相手を引っ掻き回すのが多分メインの仕事になると思う」
「ふむ。それでそれで」
「もちろん、そのまま敵を倒してもいいけど、一番の役所は敵を引きつけること。そうすれば、ヒイロが威力のある一撃を放てる」
「某が転がし、ヒイロが叩く。回復はシルバ殿。ふむ、カマイタチだな」
「……何だ、それ」
聞いた事もない単語だった。
「うむ。某の国に伝わる、風の精霊の一種だ」
「けどそれ、タイランが抜けてるんだけど」
カマイタチには、入れないのだろうか。
仲間はずれも可哀想だと思う、シルバだった。
「……タイランは、強いていえばヌリカベではなかろうか」
これもまた、聞いた事のない単語だった。
「……何か、えらく鈍くさそうな名前じゃないか、それ」
「う、うむ」
「んじゃま、ちょっと飲み物買ってくる。キキョウは二人の相手をしといてくれ。俺が戻ったら休憩して、それから二対二の模擬戦にしよう」
「うむ、心得た」
シルバの背を見送り、キキョウはヒイロとタイランに近付いた。
「さて、二人とも。某が直接、貴公らの腕を見よう」
「はい――な!?」
「あ、あの……この魔力は、その、一体……」
すらりと刀を抜くキキョウの、尋常ならざる気配に二人が後ずさる。
「魔力? ああ、微妙に違うな。これは妖力だ。何、遠慮は要らぬ。全力で掛かってくるがいい。どうせ、一撃も当たらぬからな」
「あ! そういう事言う!?」
キキョウの軽い挑発に、好戦的なヒイロはあっさりと乗った。
「だったら手加減無用だね」
ぶん、と大骨剣を振りかぶる。
「最初に言っただろう。遠慮は要らぬと」
キキョウはニコニコと笑顔のまま、何かスゴイ迫力をヒイロに叩き付けていた。
「……貴公らの、シルバ殿を軽んじるような発言、某は見過ごさぬ」
笑っていたが、目が据わっていた。
タイランは、控えめに鉄の手を挙げた。
「……わ、私は、お、お手柔らかにお願いします」
「全力で掛かってこいとも言った」
「ひいっ!?」
売店は、訓練場の入り口にあり、シルバ達の稽古場所からはやや遠い。
ノンビリ歩きながら、シルバはパーティーの動きを頭で組み立てていた。
「三人とも前衛なのが、悩みどころだな……盗賊がいないんじゃ、遺跡に潜ってもなー……」
「ああ、いたいた。ちょっと君」
「ん?」
声を掛けられ、振り返った。
そこには、小柄な魔術師とその仲間らしき屈強な戦士達がいた。
「さっきの練習見てたよ。よければ僕達と模擬戦をしようよ」
友好的な微笑みと共に、魔術師の少年が言う。
しかし、シルバは首を振った。
「いや、悪いな。残念だけど遠慮しとくよ」
「え、どうしてさ?」
「そっちは六人、こっちのパーティーは四人しかいないんだ。バランスが取れないだろ?」
「あらら、それじゃ困るんだ」
「困る?」
笑顔を崩さないまま、少年は言った。
「ポール、やっちゃえ」
「おう」
ひときわ大柄な戦士が前に進むと、拳を振りかぶった。
「え?」
何が何だか分からないうちにシルバはぶん殴られ、五メルトほど吹っ飛ばされた。
「――ぐはっ!?」
草原に背中から叩きつけられ、シルバはたまらず息を詰まらせた。
ヌルリとした感触に唇を舐めると、とたんに鉄臭い味が口内に広がった。鼻血だ。
それを拭うシルバに、のんびりと六人のならず者達は近づいてきた。
「よう、やる気になったか、司祭さん?」
シルバを殴った大男が、好戦的な笑みを浮かべる。
「……どういうつもりだ、こりゃ?」
地面に腰を落としたまま、シルバは尋ねた。
小柄な少年が肩を竦める。
「だから、試合さ。何、タダって訳じゃない。そっちが勝てば五千カッド。新米パーティーには悪くない額だろう?」
五カッドでちょうどランチ一食分ぐらいの価格だ。
五千カッドとなると、小さな家庭なら数ヶ月は暮らせる額だ。
「お前らが勝ったら?」
「お前らじゃなくて、ネイサンだよ。ネイサン・プリングルス。こっちは弟のポール」
少年、ネイサンが顎をしゃくると、シルバを殴った大男がゴキリゴキリと拳を鳴らした。
「それで、僕達が勝った場合だっけか。そうだね、一人二百五十カッドの千カッドでどうだい」
「俺の分はともかく、仲間達の分を勝手に了承できる訳ないだろ」
「だったら君が全額払えばいいじゃない。その後仲間内で相談って形で。パーティーは一蓮托生。そうでしょう?」
もちろん、シルバはそんな言葉に頷いたりしなかった。
「おい、返事はどうした?」
黙っていると、ポールの蹴りが腹に入った。
「がはっ!」
たまらず腹を押さえ、シルバは胃液を吐き出す――振りをした。
ようやく間にあった。
効果を発揮した祝福の術『再生』のお陰で鼻血は止まり、防御力を高める『鉄壁』の力で見かけほどダメージは受けていない。せいぜい枕を投げつけられた程度の威力にまで、落ちている。
「ん? なんか変な感触だな」
「よすんだポール。これ以上は必要ない」
怪訝な顔をする弟を、ネイサンは制した。
「今はだろ、兄貴」
「うん、今は」
模擬戦闘で好きなように、と暗にほのめかす兄弟だった。
「へへ……よかったな」
「それで、返事は?」
もちろんシルバは即答した。
「断るに決まってるだろ。アホかお前ら」
「ポール、やっていいよ」
「へへ、了解」
今度の蹴りは、顔面にきた。
「がっ……!」
いくら術で防御力を高めていても、鼻を蹴られてはたまらない。シルバが形成した魔力障壁に阻まれスポンジのような感触なのは変わらないが、それでも痛い事に違いはないし、少々息が詰まるのは無理もない。
何より『再生』の祝福は常時発動の為、やたら魔力を食うのである。
それに、この連中に術を使っている事を悟られるのも面倒だ。なるべく痛みに苦しむ演技を心がけるシルバだった。