『魔王』に関して
説明回です。
ストアは、ヒイロに優しく問いかけた。
「さて、ヒイロさん。魔王というモノを知っていますか?」
「はい。えっと、大陸のど真ん中の島に居座ってるっていう、魔族の王様!」
ヒイロの解釈は大雑把だが、正しい。
この大陸は、ほぼリング状に近く、内海の中央には島がある。
大陸規模でいえばささやかだが、その広さは小さな国にも匹敵し、そこには魔王とその眷属である魔族が棲んでいるとされている。
彼らが島から出ないように、そして出てきても対処出来るように、または魔王そのモノを倒すべく、各国は兵を出し合い、手を結んでいる。
それが魔王討伐軍『オルレンジ』と呼ばれる存在だ。
もっともそれをヒイロが知っているかどうかは、分からないが。
とにかく、大陸中央にある魔王の棲む島のことは、子どもでも知っている話だ。
「そうですね。よくできました。では、魔族とはなんですか?」
「魔族? えっと……何かすごい魔法とか使う種族?」
「うーん、ちょっと惜しいですね。正解は魔族というのは、魔でできた魔術を使う種族です。魔というのは、高密度の魔力ですね」
「えー! でも間違ってないじゃん! 魔法使う種族でしょ?」
ヒイロは不満げだ。
「いえいえ、基本的に、魔族が使うのは魔術なんです。魔法ではありません」
ストアの訂正に、はにゃ? とヒイロは首を傾げた。
「魔術と魔法って違うの?」
「そうですね。例えば滑車が壊れて桶と繋がっていた縄もちぎれた井戸から、水をくみ出したいと思います。魔術は桶や井戸の底の水そのモノを操ったりして、水を得ます」
「魔法は?」
「『モノは上から下へと落ちる』っていうこの世の法則を操って、『水は下から上へと落ちる』ようにし、桶で受け止めます」
「何か面倒臭そう!」
実際、面倒臭い。
そもそも、今の例の通りに、単に水を得るために魔法を使う者など、まず存在しないだろう。
「そうですね。水を得られるという結果は同じですが、方法がまったく違います。名前は似ていますが、種類的には全然別物と考えてください」
「うん!」
不意にストアは、カナリーの方を見た。
「カナリーさん」
「うん?」
黙って聞いていたカナリーが、顔を上げる。
「魔術の専門家として、魔族の扱う魔術について意見をお願いできますか?」
なるほど、確かに魔術ならカナリーの方が専門だろう。
「いいとも。ヒイロなら、同じ術でも体術で例えた方がいいだろうね。普通の人は拳の打ち方一つにしても、何年も練習が必要だ。でも、鬼族は基本的には練習しないよね?」
「うーん、そうかも。でも、ボクは練習するけど」
「何故?」
「もっと強くなるためだよ。あ、でも村の人とかはしないかな。猪とか熊を捕るのに、わざわざ強くなる必要ないから」
それはそれですごいよな、とシルバは思う。
カナリーは構わず、話を続けた。
「そう、鬼族は、生粋の戦闘種族だ。戦う力を生まれた時から備えている。魔族はその魔術版。生まれた時から、魔術を使えるんだよ」
「ははー、何となく分かった。つまり魔王は一番強い魔族なんだね」
「……ストア先生?」
魔王に関しては、カナリーの専門外らしかった。
カナリーはストアに視線を向けた。
「そこはハッキリとしないんですよね。何しろ、島に入った人間はほとんどいませんし、魔王を見たって人の情報もありませんから」
「え、じゃあ魔王って本当にいるかいないか、分からないんじゃないの!?」
「見たという人の情報がないだけで、魔王自体は存在します」
「ん~?」
分からない、という風にヒイロは首を捻った。
説明したのは、タイランだ。
「『魔王を目撃した人物』の情報はなくて、でも『魔王はいる』っていう情報は確定、ということですよ、ヒイロ。……あの、それってつまり、目撃者は何らかの事情で伏せなきゃならなかったってことでしょうか」
タイランの疑問にストアは頷いた。
「そうですね、諸説は様々ですが、ここではとにかく魔王は実在する、というお話にしましょう」
「うん」
「ただ、この話をちょっと置いておいて」
ストアがヒョイ、と両手を脇に避ける仕草をした。
「置いとくの!?」
ヒイロのツッコミを無視して、ストアは話を続けた。
「ゴドー聖教の主神、ゴドーはどうやって誕生したか、知っていますか?」
「う、ううん。知らない」
聖書など読んだこともないのだろう、ヒイロは素直に首を振った。
そんなヒイロに怒りもせず、ストアは説明を行った。
「『万能たる聖霊』が、様々な役割ごとに力を分け与えた存在。それが神様なんです。まあ、ゴドー神以外にもいっぱい神様はいるんですけど、色々あってゴドー神が主神になりました」
カナリーが、呆れたように口を開けていた。
「……あの、先生。今、ものすごく省いたよね?」
神々が争ったり、地上に降りたり、そこでゴドーが主神に登りつめるまでの諸々を、ストアは『色々あって』で片付けてしまったのだ。
「はい、どんどん話が長くなってしまいますから。とにかく、神様は『万能たる聖霊』の一部で、その力を振るうことが出来るのです」
「さっき言ってた、えーと、しっくす・わーど? それと一緒だ」
ヒイロも、ちゃんと憶えていたようだ。
『六つ言葉』は『万能たる聖霊』に繋がっていて、その言葉には力が宿っている。
そういう意味では神にも通じる力とも言えるだろう。
「はい、そうですね。その子と神様の違いは、人の器なので限界があるか、神様なので自分の権能を十全に振るえるかです」
「んー、何となく分かった、かな? でも、その神様の話と魔王ってどう関係あるの?」
そうですね、とストアは、両手を脇にやり、それを自分の手元に戻した。
「それで置いていた話を戻しますと、魔王というのは実は神様と同じなんです」
「ぶっ!?」
ちょうどティーカップを傾けていたカナリーが、茶を噴いた。
「へー」
よく分かっていないヒイロは、素直にそういうモノなんだと納得しているようだった。
ただ、宗教にそれなりに通じている者ならば、ストアの発言が大問題であることに気付いただろう。
今、ストアは神と魔王は同じだと、そう断言したのだ。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って。待つんだ、先生。それは、その発言は……シルバ!」
カナリーは救いを求めるように、シルバを見た。
「そうだよなあ、ゴドー聖教の司教としてはまずいよな。『万能たる聖霊』はゴドー神の父であり、神聖な存在だからな」
シルバの言葉に、カナリーはビッと指を指した。
「そ、そう、それ! 大問題だ。しかも、それは何ら根拠のない、仮定にすぎないだろう? だって、魔王に会った人間でもない限り……」
そこでカナリーは言葉を切り、ギギギ……とその首をストアに向けた。
「……ストア先生? その……何だ。まさか、魔王と会ったことがあるとか、そういうことは……?」
「そこは、置いときましょうか」
「置いとくのかい!?」
とても重要なことを、ストアはあっさりと置いておいた。
「ここで大切なのは、信仰の話なんですよ。神が神であるためには、人の祈りが必要なんです。それがなければ、ゴドー神はこの地から消えてしまいます。まあ死んだりするのではなく、『万能たる聖霊』に還っちゃうだけなんですけどね。豊穣の祈りが、ゴドー神をゴドー神たらしめているのです」
ゴドーは豊穣神である。
ただ、権能はそれに留まらず、医神であったり恋愛神であったりもするのだが。
「ヒイロ。つまり祈りが、ゴドー神の存在の源だって考えてくれ」
シルバの答えに、ヒイロは頷いた。
「うん。でもなんか、話が難しくなってきてる気がする。つまり、ここで『万能たる聖霊』の研究をしてるのと、どう関係があるのかな?」
「つまりな。魔王っていうのが神様と一緒だとするだろ? で、魔王ってのは一般にすごい強くて、魔法だか魔術だかを使う。世間一般の認識は、そういうことになってる」
「……っ!?」
カナリーが、思わずといった様子で立ち上がった。
「待ってくれ、シルバ。それは……つまり、人々の魔王への信仰が、魔王を魔王たらしめていると、君たちが言っているのは、そういうことなのかい?」
「そう、そういうこと」
シルバは肩を竦めた。
長くなっていますが、この問答は次回で終わります。
重要回なので、省くことが出来ないのです。
ただ要約すると、
・神も魔王も同じ『万能たる聖霊』から生じたモノ
・神と同じく魔王も人の信じる心(信仰・認識)によって力をつける
・人間の認識:魔族を従える超強い王様=魔王という存在
こんな感じです。




