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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
学習院の白い先生
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ストア・カプリス

「子供も、結構いるんですね……」


 その子供達は、ガションガションと足音を鳴らすタイランを見上げると、ポカンと口を開けるか目を輝かせるかのリアクションしかない。


「何か聞いた話だと、この都市の初代市長の要望らしい。この辺は一般学問の校舎で、金さえ払えば、誰だって学べるんだって」


 歩みを止めないまま、シルバが言う。


「この辺は、某も馴染みがある。しばらく通っていたのでな」

「そうなんですか……?」


 キキョウが学習院に出入りしていた事は、タイランにとって意外だった。


「極東のジェントの方とこっちじゃ、全然言葉が違うからな。言葉や読み書きを習うまで、結構苦労してるんだ」

「左様。右も左も分からぬ某を導いてくれたのが、シルバ殿であったのだ」

「へえ……シルバさん、ジェント語分かるんですね」


 それもまた、意外だった。


「タイラン」


 ふと、シルバはタイランを見上げた。


「は、はい……?」


 シルバは自分のこめかみに指を当てた。


「『透心(シンツ)』」

「あ」


 言われて、タイランは納得した。

 互いの意思を伝達する『透心(シンツ)』ならば、言語が違っていても問題はない。


「……なるほど」

「種族によってはモンスターでも意思疎通出来るんだから、余所の国の言葉ぐらい何とかなる」

「も、ものすごく便利なんですね」

「ああ。信仰を広めるにはうってつけの祝福だろ? ただ、習得するのにえらい修業の時間が掛かるから、ほとんど取る人がいないのが難点なんだけど」


 ホント、便利なんだけどなぁとシルバはぼやいた。


「シルバ、そろそろヒイロを呼び戻した方がいいんじゃないかい?」

「確かにな。おーい、ヒイロそろそろ合流してくれ」


 声量は大きくない。

 しかし、中庭を走り回っていたヒイロは、足を休めないまま大きく手を振った。

 これもまた『透心(シンツ)』の恩恵だ。


「せんぱーーーーーい」


 大きな声を上げながら、ヒイロが全力疾走でこちらに戻ってきた。

 キキッと足を鳴らし、急停止する。

 ニパッと笑顔で、大きく手を挙げた。


「ただいま!」

「おかえり。犬か」

「鬼だよ!」


 タイランがふと横を見下ろすと、キキョウがヒイロとシルバのやり取りにゆらゆらと尻尾を揺らし、小さく唸っていた。


(た、対抗心……?)


 とりあえず、タイランは黙っておくことにした。




 そのまま、研究棟の通路を進む。


「それにしても、僕もついていっていいのかね。吸血鬼だぞ?」

「先生はそういうの気にしない。前からパーティーのメンバーを紹介してくれとは言われてたし、問題ないだろ」

「ううむ……」


 カナリーが唸っていると、シルバはタイランでも楽々入れそうな大きな扉の前で足を止めた。

 扉の横にある金属プレートには、ストア・カプリスという名前が刻まれている。

 研究室の主、そしてシルバの師匠の名前である。

 そしてその扉をノックをした。


「シルバ・ロックールです」


 しばし、返事を待つ。

 が、中から声はしなかった。


「……返事がない」

「留守であるか?」


 キキョウの問いに答えず、シルバは頭を掻いた。

 眉を寄せたまま、シルバはノブに手を掛ける。


「相変わらず、鍵開いてるし。不用心な」


 あっさり回ったノブを引き、重い扉を開いた。


「いやいやいや、不用心とかそういうレベルじゃないだろ……」


 カナリーが、小さく呟いていた。


学習院(アカデミー)の研究室だぞ。一つ一つの部屋が機密だというのに、普通中に人がいても施錠するのが常識だろうに」

「悪いな。その辺の常識は、ウチの先生には通じない」


 扉の先は、紙の匂いでいっぱいだった。

 本来は相当に広いと思われる部屋の中は、雑然と積み重ねられた書物で満たされていたのだ。


「おぉ……」


 黴臭い臭いよりも、むしろその量にキキョウは圧倒された。


「……す、すごいお部屋ですね」


 タイランも、ため息を漏らす。


「ふむ、悪くないね」


 カナリーは、手近な本の表紙を眺め、肩を竦めた。

 なお、護衛であるヴァーミィとセルシアには、扉前で待機してもらった。

 中に入るには、この人数では手狭だろうと判断したためだ。


「普通普通」


 平然と言いながら、書物と書物の間に出来た通路を進むシルバ。

 キキョウは、タイランを見上げた。


「……普通か?」

「い、いえ……違うと思いますけど……」

「いや、本であるだけ全然マシだよ」


 二人の会話に、カナリーが割り込んだ。


「『魔術の巻物(マジックスクロール)』やら、召喚の儀式に使う小動物入ったケースじゃないだけ、ここは本当にマシだ。少なくとも、手違いで低級の魔神が出現したりとかしないだけね」


 カナリーは、遠い目をした。


「だからといってヒイロ。君、興味本位で本をいじるんじゃないよ? 雪崩が起きたら、元通りにするの大変なんだからね」

「だ、だだ、大丈夫!」


 積まれている本に手を伸ばしていたヒイロは、さっとその手を引っ込めた。

 既に本の山の向こうに進んでいたシルバが、タイランに声を掛けた。


「タイランも気をつけろよ。どっかぶつかると、周りの人間が生き埋めになるからな」


 確かに、タイランの体格では書物の通路はギリギリの幅のようだ。


「も、戻りましょうか、私……」

「は、入るなとは言われていないし、大丈夫であろう。気をつけさえすれば……」

「あ、これ駄目だ。骨剣ぶつかりそうだから、ここに置いとくね」


 おっかなびっくり、三人も部屋の奥に進む。

 殿(しんがり)にいるカナリーは慣れているのか、危なげなく皆の後をついていった。




 通路の先は応接間となっていて、ソファやテーブルがあった。

 もっとも、そのソファの脇やテーブルの上にも本が積まれているのだが。

 ソファには、毛布にくるまった人物がこちらに背を向けて寝そべっていた。


「あー、やっぱりいたいた。ったく、研究室で寝ないで下さい、先生」


 しょうがない、という風にシルバがその人物を揺り起こす。


「あ……おはようございます、ロッ君」


 長い白髪を掻きながら、彼女は身体を起こした。

 毛布から出たその姿は、白いゆったりとした寝間着だった。


「おはようございます。もうお昼ですけど」


 かなりぞんざいに、シルバは挨拶した。

 そしてキキョウが衝撃を受けていた。


「……女性っ!?」


 髪も白なら法衣も白。

 強いて言えば目は金色だが、やはりイメージは白ずくめの女性だ。

 二十代半ばぐらいだろうか、おっとりした感じの美人だった。

 亜人の血を引いているらしく、耳が長く伸びているのと、山羊のような丸い角、先端が鏃のようになった細い尻尾まで白かった。

 彼女こそ、この部屋の主、ストア・カプリスである。


「ふわぁ……あら、お客様ですか……? おはようございます」


 ややずれた挨拶をするストアだった。


「ウチのパーティーの面子で、学習院(アカデミー)の見学です。一人はほら、錬金科の」

「ああ、カナリー・ホルスティンさんですね。おはようございます」

「その挨拶は、時間的にも初対面の相手に対しても、色々間違っていますから。こっちは勝手に準備しときます。食事は一応、食堂で買っといたんで行かなくても大丈夫です。俺が勝手に連れてきたとはいえ、お客さんもいることですし、早く着替えて顔洗って下さい」

「ええ」


 頷き、ストアはいきなり法衣をたくし上げた。

 真っ白い腹部と下着に包まれた下乳が露わになる。


「って、ここで脱ぐなーっ!?」


 すかさずシルバが顔を赤らめ突っ込んだ。


「ですけど、ロッ君、着替えろって」

「更衣室!」


 ビシッと部屋の外を指差す。


「あら……そういえば、そんなモノもありましたね。それじゃ、しばらくよろしくお願いします」

「……頼むから、男子用と間違えないで下さいよ?」

「ちょっと自信ないですね、それ……」

「あと、仮にも女性一人で居残り研究なら、せめて戸締まりぐらいする!」

「盗まれる金目のモノなんて、ここにはありませんよ?」

「台詞の前半聞いてましたかねぇ!?」


 シルバを全力で振り回す女性――ストア・カプリスを、他のメンバーは呆然と眺めるのだった。

 ふと、ストアはいい事を思い出したと言った表情で、両手を合わせた。


「あ、ご飯ですけど机の上に、夜食の残りが」

「いいから着替えてこーいっ!!」


 ほとんど追い出すような勢いで、シルバは叫んだ。


「はぁい。それでは、しばらくお待ち下さい」


 おっとりと言い、ストアは二人の脇をすり抜けていった。

 息を整え、シルバが振り返る。


「……すまん、あんな先生で」

「い、いや、というか、シルバ殿のツッコミが激しすぎて、どこから驚いていいやら……」

「そ、そうですね……」


 シルバの、意外な一面を見たような気がする、四人だった。


「まあ、先生が戻ってくるまでしばらく時間もある事だし、周辺を片付けておくか……って言っても、本を移動させるだけだけど」


 言って、シルバはテーブルの上の本を、部屋の隅に寄せるのだった。

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