学習院に行こう
シルバたちは、揃ってアーミゼストの城門を潜った。
学習院にいる師匠に呼ばれたのはシルバのみ、カナリーはまあ、院内に研究室を持っているというので、同行するのはまだ分かる。
ヴァーミィとセルシアは、カナリーの従者なのでこれは当然。
他三人が、特に同行する理由はないのに何故かついてきた。
「……キキョウ。別に森で修行を続けてて、いいんだぞ? というか、ヒイロとタイランを見ていて欲しかったんだけど」
「うむ。しかし、シルバ殿の通う学び舎にも興味があるのだ」
キキョウは、ゆらゆらと尾を揺らしながら答えた。
機嫌はいいようだ。
「特に面白いこととか、ないと思うぞ」
「それは、行ってみなければ分からないのである。シルバ殿には慣れた風景かもしれぬが、初めての者には新鮮に映るであろう?」
「理屈は分かるけどな。……えーと、特にヒイロ。学習院は勉強する場所だから、そんな目を輝かされても困る。その期待が裏切られた時の失望とか、俺超怖いです」
「うん、分かってる!」
何か、闇夜でも照らしそうなぐらい、ヒイロの瞳は好奇で輝いていた。
(……いや、分かってないだろ)
(分かっておらぬ)
(分かってないです)
(絶対、理解してないね)
当人を除く全員の心が一致していた。
シルバとしては、むしろプレッシャーである。
五人で大通りを歩く。
学習院は都市のほぼ中心にある。
「まあ、学習院は、出入りは自由だ。特に身構えることなく入るといい」
カナリーは、通りの先にある白い塔を指差した。
塔の麓に学習院は存在する。
「なんでそんなに偉そうなんだよ、カナリー」
「ホルスティン家も出資しているからね」
ふふん、とシルバの問いにカナリーは返した。
「……あ、それは偉そうにしていいやつだ。すまん」
「気にしないでいいよ、ふふふ。まあ、タイランには是非とも、僕の研究室に招待したいと思っていたんだ。ちょうどいい」
「お、お手柔らかにお願いします……」
しばらく進み、横道に曲がる。
その先にある、白い塔が印象的な、塀に囲まれた広い敷地の施設。
それが学習院だ。
シルバたちが学習院の門を潜って、十分後。
キキョウを除く一行は、中庭のベンチに腰掛け、ジュースを飲んでいた。
中庭には幾つか露店があり、自分の研究物を売っていたり、その中には普通に飲み物を販売している店もあるのだ。
シルバたちから少し離れた場所で、キキョウが十数人の女学生に囲まれて、悲鳴を上げていた。
「シ、シルバ殿! たすっ、助けてくれ! いや、某は入学希望ではなくて、いや! 案内ならば間にあっているのだ!」
何か、女の子の頭上から、手首より先しか見えない。
「……キキョウはもう少し、スマートなあしらい方を覚えるべきだね」
冷静にカナリーが批評しながら、トマトジュースを啜る。
「同感」
今回に関しては、特に同情もしないシルバだった。
師匠に呼ばれている時間はもう少し先なので、慌てない。
シルバが飲んでいるのは、冷たい香茶である。
その隣、タイランは桃蜜水のカップを大きな両手で包み込みながら、兜に傾けている。
「そもそも、これまでキキョウはどうやって女性をかわしてきたんだい?」
素朴なカナリーの疑問に、シルバは答えた。
「基本、これまで夜の酒場の用心棒だったからな。昼間はあまり出歩かなかったんだよ。確かにもうちょっと慣れるべきだよな」
「なるほど」
カナリーには、誰も近付かない。
赤と青、二人の従者が守っていたし、そういう時は『近付くな』という意味であることを、学習院の生徒たちは皆、知っているのだ。
「あれ?」
ふと思い出し、シルバは周囲を見渡した。
「ど、どうかしましたか?」
タイランの問いに、むしろシルバが尋ね返したかった。
「ヒイロは?」
「……あれ?」
いつの間にか、ヒイロがいなくなっていた。
シルバは、少し悩んだ。
今は昼時である。
後ろを振り返ると、学生食堂がある。
ヒイロは運動をしたばかりで、お腹が空いている。
「……」
シルバはベンチから立ち上がった。
カナリー、タイランとも顔を見合わせ、頷き合う。
結論は一緒だったようだ。
シルバたちが学生食堂に入ると、てんこ盛りの料理を前にしたヒイロがぶんぶんと手を振った。
ヒイロの前には、既に空になった皿が大量に積まれていた。
「やっほ、みんな。久しぶりー」
「案の定、ここだったね。というか、ここしかなかったというか」
カナリーが首を振る。
「……久しぶりも何も、ついさっき別れたばかりだろうが。というか、その胃袋は一体どうなってやがるんだ」
積まれた皿の枚数に、シルバは呆れるしかない。
この短時間で食べられる量とは思えないが……ヒイロの前には、湯気を立てるハンバーグステーキがあった。
ヒイロはソレをフォークで刺し、そのまま一口で食べた。
「おかしい。あの口の大きさでは一口で食べられるはずがないのに」
「カナリー、そんな真剣な顔で考えても、多分無駄だと思うぞ、これ」
ポン、とシルバの肩に誰かが手を置いた。
振り返ると、キキョウが荒い呼吸を繰り返していた。
「!? ……何だ、キキョウか」
「や、やっと、逃げられたのである……すまぬが、某がここにいること、黙っていてもらえるであろうか?」
キキョウは小声で言う。
その後頭部では、狐面の赤い隈取りが輝いている。
食堂の向こうでは、女学生たちがキキョウを探してウロウロしていた。
いや、食堂内の他の誰も、キキョウに気付いている様子はなかった。
シルバも、小声でキキョウに尋ねた。
「……もしかして、気配を消してるのか?」
「まさか……このようなことで狐面の力を引き出せるとは、某も思わなかったのである……」
ヒイロがあっさり料理を平らげ、七人で廊下を歩く。
学習院は上から見れば四角い校舎になっており、ポッカリ空いた中央に白い塔と中庭という構造だ。
やたら目立つ集団の為、すれ違う人達は例外なく振り返っていた。
……が、今更そんな事を気にしてもしょうがない。
ちなみにキキョウは、集団のほぼ中心にいることで、女学生たちが声を掛けづらいようにしていた。
こうしておけば、カナリーの護衛であるヴァーミィとセルシアが外側にいるので、干渉されずに済むのだ。
「先輩先輩! 運動もするの!?」
ヒイロが目を輝かせながら、中庭を指差した。
広大な中庭のあちこちで、柔軟体操やジョギングをしている生徒達の姿が見て取れた。
「そりゃするさ。詠唱はつまり発声。戦士ほどじゃなくても、それなりの体力は必要になってくる……って、もう行っちまったか」
シルバの説明を聞くより早く、ヒイロはグラウンドに飛び出していってしまった。
元々勉強より身体を動かす方が好きなヒイロだ。
大人しくしている方が無理というモノだろう。
シルバの隣では、カナリーが呆れたように口を開けていた。
「……好奇心の塊みたいな子だね、ヒイロは。シルバ、君の方の時間は大丈夫かい?」
「まあ、そっちは全然心配いらないけどな。放っておくと、どんどん関係ないところにクビ突っ込みそうだから、適当なところで捕まえておこう」
「まったく、同感だね」