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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
学習院の白い先生
31/215

森の中での修行風景

 辺境都市アーミゼスト、郊外。

 小さな森の中。


「ん~~~~~っ!」


 地面に自身の武器である骨剣を突き刺し、ヒイロは全身に気を張り巡らせる。

 赤褐色の身体は徐々に黒みを強め、次第に禍々しい赤黒い肌へと変化していく。

 身体のあちこちから湯気が立ち上る……が。


「ぷぁっ!!」


 ヒイロが大きく息を吐き出すと、その湯気は一気に霧散し、肌の色も本来の赤褐色に戻ってしまった。


「まだまだ、だなぁ……もっと早くできないと使い物にならないや」


 んー、と身体の前で指を組み、ヒイロは身体を伸ばした。

 さっきまで行っていたのは、(オーガ)族の種族特性である、凶化発動の練習だ。

 一連の流れを見ていたシルバは、ヒイロの横に突き立てられた骨剣を指差した。


「ヒイロ、その凶化ってやつ、一旦骨剣を手放さないと、できないのか?」

「うーん、骨剣を構えたままでもできないことはないけどさ」


 ヒイロは骨剣を地面から引き抜いた。

 自分の身体とほとんど変わらない大きさのそれを、軽々と振り回す。


「けど?」

「踏ん張ってると、柄が砕けちゃいそうで」


 てへり、とヒイロは舌を出した。


「……そりゃ、手放さないと、駄目だな」

「だよねえ」


 いちいち武器を破壊していては、戦いにならない。

 それなら、ヒイロのやったように武器を手放しておくべきだろう。


「でも、それなら横よりこうした方がよくないか? ヒイロは小柄なんだし、ある程度は身体も隠れるだろ?」


 シルバはヒイロに近付くと、ヒイロの()に骨剣を刺すよう指示した。

 ヒイロが言われた通り、骨剣を自分の前に突き刺すと、思った通り、通常の剣よりかなり幅の太い骨剣は、小柄なヒイロの姿をほとんど隠してしまっていた。

 近接戦闘時にはこんな真似はできないだろうが、距離を取ればよほどの大火力の魔術でもない限り、身を守ることができるだろう。


「あ、そっか。先輩ありがと!」

「どういたしまして。……あと一応確認しとくけど、聖句の方はどうだ?」


 シルバが頼んだ、ゴドー聖教の聖句の暗記である。

 ビシッとヒイロの身体が強ばった。

 ギギギ……と顔が明後日の方角を見る。


「ぐ……うう、暗記苦手……」


 努力はしているのだろう。

 けれど、苦手なモノはしょうがない。

 何とかして憶えるか……あるいは違う方法を考えるか。

 ふと思いついて、シルバはヒイロに提案してみることにした。


「ヒイロ、剣の型ってできるか?」

「え、何、急に? 普通にできるけど?」

「ちょっとやってみてくれ」

「いいよ?」


 再び骨剣を引き抜くと、ヒイロは剣の型を始めた。

 シルバにはこうした武の心得はないが、それでも突く、薙ぐ、払うといったヒイロの動きの意味ぐらいは分かる。

 ついでにいえば、明らかに防御より攻撃に偏っている。

 ……が、そこにはシルバは突っ込まなかった。

 一通りの型を終えると、ヒイロは骨剣を下ろした。


「これでいいの?」

「大したモノだな」

「そう? でも、褒められるのは嬉しいなあ」


 シルバは小さく拍手を送ると、ヒイロは頭を掻いて照れた。


「型は憶えられるんだよな」


 再び、ヒイロの身体が固まった。


「うっ……い、いや、ほら、頭で憶えるのと身体で憶えるのって、ち、違うし」


 言い訳を始めるヒイロに、シルバは手を振った。


「違う。責めてるんじゃない。身体で憶えられるんなら、聖句の代わりに印を組む形の方がいいかなと思って」


 シルバは自分の指を組んでみせた。


「印って、先輩が手でやってるソレ?」

「そうそう。聖句を使わず、印を組むだけでもできる。両手を使うから、戦闘中じゃ不向きかなと思ったけど、凶化の時に剣を離すのなら、その時にでも出来そうかなと思ってさ」


 言って、シルバは『回復(ヒルタン)』の印を組んで見せた。


「こう、こう、こうで、こうの四種類」

「へー、うん、ボクはそっちの方がいいかな。……でも、さすがに一回見ただけじゃ、憶えられないけど」


 ヒイロはシルバを真似ようとしたが、最後の印の形に指を組むので精一杯だった。


「そういうことなら、僕が絵にしよう」


 後ろから声が掛かり、シルバが振り返ると、そこにはカナリーが立っていた。

 マントは木の枝に掛け、シャツ姿である。

 単にマントを脱いだだけなのに、絵になる奴だなあとシルバは思ったが、尋ねたことは別だった。


「カナリー、絵、描けるのか?」

「絵画、音楽演奏、詩といった芸術は、貴族の嗜みさ。絶品とは言わないが、人が分かる程度には、大体どんなモノでも描けるよ。何故か、歌だけは歌わせてもらえないんだけど」

「へー、そういうことなら頼もうか」

「任せてくれたまえ」


 何故、歌は駄目なのか気になったが、そこは突っ込まないことにしたシルバであった。


「カナリーの方は、順調か?」


 カナリーの課題は、他の人間と組んでの連携である。


「順調も何も、守ってくれるのがウチの二人にタイランだよ? よっぽどのことがない限り、抜かれることはないね。ただ、動きながら撃つってなると、やっぱりまだまだ慣れが必要だね」


 そう、戦闘中を想定している以上、魔術師の壁になってくれる前衛も、そして敵も動くのだ。

 動かない的を相手にするのとは、訳が違う。


「呪文を唱えている時が、特にな」

「さすが。……分かってるね」


 足を休めず、前衛と敵の戦いにも気をつけ、しかも呪文を唱えるとなると、どこに集中すればいいのかが難しい。


「冒険者としてのキャリアは、俺の方が長いからな」

「コツは?」

「集中するというより、むしろ全体を俯瞰するような感じだな」


 行動(アクション)の一つ一つに気をつけていたら、頭が追いつかないのだ。

 イメージ的には広く浅く。

 呪文や聖句に関しては、頭に思い描く必要もないレベルで唱えられればベストである。

 ……研究職の魔術師や教会勤めの聖職者が聞けば眉をしかめるような考えだが、冒険者をやっている後衛の間では割と、常識なのだ。


「なるほど、憶えとくよ」


 ズシャッ!

 土を削る音に目を向けると、タイランが後ずさる音だった。


「ちょっ、も、もうちょっと、その、お手柔らかにぃ……!」


 斧槍で、赤と青のドレスの美女、カナリーの従者である人形族、ヴァーミィとセルシアの連係攻撃を必死に捌いているのは、タイランだ。


「そう言いながら、何だかんだで捌いてるじゃないか、タイラン」


 もっとも、全部は捌き切れておらず、時折胸や足に手刀や足刀が当たっているが。


「ギ、ギリギリいっぱいなんですよう、シルバさん!」

「心配しなくても、ちゃんと手加減してあるよ。……ヴァーミィもセルシアも、まだ本気を出していない」


 ふふふ……と、シルバの隣でカナリーが不敵に笑った。


「う、嬉しそうに言わないでください、カナリーさん……!」

「ほら、話しながら戦ってると」


 スッと赤い(ヴァーミィ)がタイランの懐に飛び込んだかと思うと、青い(セルシア)がその足を払った。

 ふわりとタイランの身体が浮いたかと思うと、そのまま空中で反転し、地面に叩きつけられた。


「あうぅっ!!」

「投げ飛ばされるから、気をつけるんだね」


 ヴァーミィとセルシアは、大の字に倒れたタイランから距離を取ると、軽くスカートを持ち上げ、一礼した。




 腰を落としたキキョウの前には、二メルトほどもある長方形の鉄の塊があった。

 キキョウの頭の後ろにある狐面、その隈取りとなっている赤いラインが輝きを強める。

 キキョウの身体からは、陽炎のような無色の揺らぎが生じていた。


「ふ……っ!!」


 キキョウが手に持っている得物の柄を手にすると、一息で振り抜いた。

 ゴォン……!!

 鈍い鐘のような音が響き、鉄塊が震えた。

 だが、切断された様子はない。


「……キキョウ、さすがにその鉄塊を斬るのは、無茶なんじゃないか?」


 基礎トレーニングを済ませ、様子を見に来たシルバは、キキョウの持つ得物を指差した。


「しかも、そんな鉄の棒で」


 キキョウの手にあるのは、本来の武器である刀ではない。

 長さこそキキョウの刀と同じだが、丸みを帯びた鉄の棒だ。

 あれでは、ヒイロの骨剣よりも斬れないだろう。

 斬撃よりも、むしろ打撃系の武器である。

 しかし、キキョウは首を振った。


「昔はできていたのだ。今、できぬのは鈍っているに過ぎぬよ。それに、これは鉄塊を斬っているのではないのだ」


 スッと、キキョウは鉄棒で鉄塊を指差した。


「……どう見ても、鉄の塊だぞ?」

「正確には、鉄塊のある()()を斬るのである。これができれば、理論上どのような硬さを持つ物質であろうと、関係はなくなるのだ」


 狐面に封じていた力を緩め、キキョウはソレを自分の中に取り込んだ。

 今の自分ならば、それぐらいはできて当然、なのだという。

 気負いもない断言は、強がりでも何でもなく、キキョウにとっては事実なのだろう。


「……シルバ、ここを見てくれ」


 カナリーが鉄塊の、自分の腰の高さぐらいに触れながら、シルバを手招きしていた。

 シルバが近付くと、カナリーは自分が触れていた部分を指差した。


「この線。半分、斬れている」


 言われてみるとなるほど、一筋の線が斜め上に向かって一直線に伸びていた。

 描いたモノではない。

 間違いなく、切断跡だ。


「マジかよ……サムライ、マジ半端ねぇな」


 呆れていたが、シルバ自身の鍛錬の必要もある。


「それじゃあ、俺はキキョウから護身術を……」


 そこまで言ったところで、都市の方から昼の鐘の音が響いてきた。


「シルバ、気持ちは分かるが、どうやら時間だ」

「ありゃ。しょうがないな」


 今日のシルバは、都市内にある学習院(アカデミー)に用事があった。

 師匠である司教に呼ばれているのだ。

 教会の時もあれば、学習院(アカデミー)の場合もある。

 この日は学習院(アカデミー)であった。

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