反省会を始めよう
先日、カナリーがシルバのパーティーに参加したことで、ギルドに併設された酒場ではちょっとした騒ぎになった。
ちょっとというには控えめすぎるだろう、という意見もギルド職員の間からは漏れているが、それはそれとしてようやくその騒動も落ち着いてきたので、改めてシルバたちは酒場に集まった。
昼下がり、冒険者たちが戻ってくるにはまだ早いこの時間帯は、そこそこ暇である。
集まった主な目的は、件の『キキョウ・カナリーがいるから私たちもパーティーに入れて欲しい!』事件で流れに流れていた、スミス村での戦いの反省会だった。
席順は時計回りにシルバ、キキョウ、ヒイロ、タイラン、カナリーとなる。
「さて、今日は、以前からやろうやろうと言っていた、前の戦いの反省会となります」
主催であるシルバが宣言すると、ヒイロが両手を前に構えた。
「拍手?」
「いらないから」
言われたヒイロは真面目な顔をして、手を下げた。
スッと手を挙げたのは、カナリーだ。
「そもそも、ウチの村で戦ったわけでもないよね?」
「じゃあカナリー。あの炭坑って名前あったのか?」
「いや、知らない。僕たちの村とは街道を挟んで反対側、それもそこそこ離れてたしね。せめて『炭坑の戦い』に修正を希望する。特に記録に残るわけじゃないけど、ウチの村の印象が何か悪い」
「分かった。炭坑の戦いでの反省会だ」
シルバもとくに名称に拘りがあるわけではない。
あっさりカナリーの意見を採用した。
「……黙祷?」
ヒイロは、手を前に組んで、シルバに尋ねた。
「黙祷もいらないから。とにかく、あの戦いは色々反省点が多かったと、少なくとも俺は思う。特にみんなにそういうのがなければ、俺の分だけでも語ろうと思うけど」
ヒイロが手を下げたのを確認して、シルバは言葉を続けた。
「あまり気の進まない話ではあるけど、個人的にはやっぱり必要だと思う」
ふむ、とキキョウが頷く。
「同じ轍を踏まないためでもあるな」
「それもあるし、他の誰かがそういう時はこうすればよかったんじゃ、みたいなアイデアを出してくれることもある」
一人で反省することもできるが、パーティーでの問題でもある。
それぞれどこを反省し、補強するかを話し合うことは必要だった。
「でまあ、俺の場合だけど、色々バタバタしすぎた。情報不足だったんだから、もうちょっと慎重に動くべきだったな」
「それは……す、済まぬ」
しゅん、と斥候を務めたキキョウの尻尾が元気なく垂れた。
「い、いやいや、キキョウはよくやってくれてたんだって。ただ、最悪を想定しきれなかったのは、俺のミス。言われた戦力にプラス何か、この場合はあのデカいタックルラビットな。そういうのがいるかもって警戒が足りなかった」
短時間であれだけの情報を持ち帰ってきたキキョウを責めるつもりは、シルバにはなかった。
あの場にいた四人の中では、ベストの人選だったと思う。
持ち帰ってくれた情報からの想像力が足りなかったと、シルバは自省していた。
しかし、タイランはそのシルバの反省に、疑問を呈した。
「それは……さすがに、しょうがなかったんじゃないでしょうか?」
「終わって、みんな無事だったからな。でも、あそこで下手をすれば全滅していたかもしれない。できたかできなかったかでいえば、できたんだよ。ただ、それを怠った。予想外の戦力に、俺はかなり動揺してた」
「あー……そういう感じかぁ」
不意に、ヒイロが言葉を漏らした。
「つまりこの反省会って、先輩みたいに口で言うことで、次からそういうのがないようにってこと?」
シルバがさっき言ったこととほぼ同じだが、『口で言うことで』という部分はヒイロの解釈だ。
そして、それは正しい。
「そういうこと。命掛かってるからな。吐き出しとく必要がある」
「んー、じゃあボクの場合は、もうちょっと強くなりたいかなあ」
「あの、ヒイロ……普通に充分、強いと思うんですけど。私より、よっぽど」
ヒイロのシンプルな反省に、タイランが突っ込んだ。
だが、ヒイロなりに不満があったようだ。
「でも、あの変な蔓が襲ってきた時、ボクよりタイランの方が戦ってたでしょ?」
「そ、それは、私の身体の特性でして……」
タイランは口を濁したが、そこに反論したのがカナリーだった。
「そこ、気になってるんだよね。タイラン、君の身体ってどうなってるんだい? ウチの二人ですら、吸精されてたのに」
ス、とカナリーの背後に赤と青のドレスを着た美女二人が出現した。
人形族のヴァーミィとセルシアだった。
このパーティー、一応のところ、結成のきっかけもあり女性は遠慮願っているのだが、この二人はカナリーの個人的な護衛ということで、少し悩んだ末シルバも了承した。
今のところ新しい冒険者は受け付けていないというシルバに対して、強く当たる女性冒険者は多かったが、カナリーに従うこの二人のことは、カナリーの支持者である女性冒険者たちも知っていたのか、例外ということで納得しているようだった。
そんな二人だったが、炭坑の戦いにおいて、魔術師の蔓に絡め取られた時には、シルバたちと同じく、精気を吸われ、動きを鈍らされていた。
故に、そんな状況でも普通に戦えていたタイランに、カナリーは興味を持ったのだろう。
「す、すみません……それはちょっと」
タイランは口ごもった。
すると、シルバの予想以上にあっさりと、カナリーは追及の手を緩めた。
「オーケー。気長に待つよ。気にはなるけど、友人の気分を害してまで突き詰めたくはない」
「あ、ありがとうございます」
一方ヒイロは、テーブルに預けた身体を大きく伸ばした。
ヒイロの前にあったジョッキは、素早くキキョウが避難させていた。
「とにかくー、もっと力が欲しいんだよ。ボクがさっさとあのでっかいウサギ倒してたら、みんな先輩助けにいけたでしょ?」
「なるほど。とはいえ、力などそう簡単に身につくモノではあるまい? 地道な鍛錬しかないのではないか?」
キキョウの意見は常識的なモノだ。
ただ、種族的な例外というモノが存在することを、シルバは知っていた。
「いや、鬼族にはあるにはあるんだよ。なあ?」
「ぬ?」
シルバがヒイロに同意を求め、キキョウは戸惑った様子を見せた。
「うん。『凶化』っていって、身体が赤黒くなるやつ。先輩が使う、えーと」
「『豪拳』」
シルバが挙げたのは、攻撃力を強化する祝福だ。
「そう、それに似てる」
「……あの、聞いただけでも、あまりいい印象受けないんですけど」
確かに、それは分からないでもない。
実際、殺気を纏った赤黒い鬼族は、『凶化』の名に相応しくかなり禍々しい。
「まあ、闘争心を引き上げるから、若干凶暴になるな」
身体能力だけではなく、精神面でも昂ぶるのだ。
「それ、デメリットは?」
シルバの説明に、カナリーがピッと指を突きつけてきた。
「デメリットというか、引き出すのに条件がいるって感じか。カナリー、俺の血を飲んだら強くなっただろ?」
「っ!? ま、まさかヒイロもシルバの血を飲むのかい!?」
バンッとテーブルに両手を突いて、カナリーはシルバに詰め寄った。
「ああ、いや、条件って話で例えただけ。『凶化』はあれだ。目の前の相手が強すぎて勝ち目がないとか、体力の限界に来たとか……そう、鬼族がもっと楽しみたいって時に使えるようになる」
「それは……火事場の馬鹿力というやつではないのであるか?」
キキョウの指摘は、的を射ている。
己に宿っている強い力を自主的に引き出すのが、鬼族の『凶化』なのだ。
「あと、なんでヒイロじゃなくて、シルバがほとんど解説してるのさ」
呆れたようなカナリーに、ヒイロは胸を張った。
「説明は、先輩の方が上手だし!」
「ヒイロに任せてたら、感覚的な説明になるぞ? ヤバくなってきたら身体の中にモァーッてしたのが溜まってくるから、それをいっぺんにヴァーッ! って放出するとかそんな感じで」
「そうそう、そんな感じ」
先輩分かってる、と頷くヒイロであった。
「……僕が悪かったよ」
そんな説明は御免だと、カナリーは頭を振った。
「とにかくさー、それをちゃんと引き出せるようにしときたいかなーっていうのが、ボクの反省と課題かな」
そう言って、ヒイロは締め括った。




