男四人の愚痴合戦
その夜、白銀級パーティー『プラチナ・クロス』の、ノワを除く四人は大きな酒場の一隅に集まっていた。
「……どう思うよ、現状」
不景気な顔で麦酒をあおりながら、まずテーストが切り出した。
ちなみにノワは部屋で寝ると言って、今回の集まりに参加しなかったのだ。
「……ジリ貧、ですね。悪い方悪い方へと進んでいるような気がします」
バサンズの言葉に、ロッシェは重々しく首を振った。
「気がするのではなく、現実だ」
「リーダーはどう思うよ」
「……」
イスハータはアゴの下で手を組んだまま、動かない。
しばらく四人は酒を飲んだり、料理をついばんだりしていたが、その間一人も口を開かなかった。
何を言っていいのか分からないのだ。
やがて、空になったジョッキをテーブルに置いたバサンズが呟いた。
「……やっぱり、シルバさんに戻ってもらうしか」
「それは無理だ」
相変わらず不動のまま、イスハータが否定する。
それをテーストが補足した。
「あ、ああ……バサンズ、お前はまだ知らなかったかもしれないけど、もうシルバは自分達のパーティー作っちゃってるんだよ。今更、そんな頼み出来っこない」
「どの面下げて、というところだな」
「ロッシェの言う通りだ」
イスハータが頷き、テーストは椅子の背に大きく身を預けた。
「となると、オレたちが選べる道は限られてる、か……。つーかいくらか高めの聖職者をまた雇っても、また同じ事の繰り返しだよなぁ……」
ぐい、と背を仰け反らせる。
それを眺めながら、バサンズはウェイトレスに新しい酒を注文する。
「彼らにもプライドがありますからね……いちいち前任者と比較されるのも……」
「いや、問題はそこじゃねーから」
「え?」
テーストの否定に、バサンズが驚いた。
「比較がどうとか、そういう段階の話じゃないんだよ。あのな、声を掛け合わない。連携できない。やたら前衛が抜かれる。聖職者が、万全の力を振るえない。そりゃあ、不満も持つさ」
前衛を非難するようなコメントに、バサンズはイスハータの顔色を窺った。
「抜かれているのは事実だ。反論できない」
「連携ができていないのもだ」
さらにロッシェが付け加えた。
「シルバの『透心』の恩恵は、俺たちが思っていた以上に大きかったということだ」
「まー、どこいても全員の立ち位置分かったし、誰が何したいかも伝わってたからな。それが当たり前になりすぎてて、いなくなってからようやくヤバさに気付いたんだけど」
テーストが背もたれに身体を傾け、天井を見上げた。
イスハータはようやくフォークを握り、ソーセージを突き始めた。
「ってなると、アイツ以上に優秀な聖職者を探すしかないんだけど……それもちょっとやばくなってきてる」
「悪評が広まりつつある」
ロッシェとイスハータは同時に、ソーセージを囓った。
「うん。聖職者殺しとか、嫌な渾名が付き始めてるしな、ウチのパーティー」
「うへぁ……たまらねーなー」
天井を見上げたまま、テーストは力なく笑った。
バサンズが、名案を思いついたとテーブルを叩いた。
「あ、仲間にするのではなく、雇うというのはどうでしょうか?」
「その予算なんだが、今このパーティーの資金を管理しているのは誰だ?」
「あっ……」
イスハータの指摘に、バサンズの身体が硬直した。
今『プラチナ・クロス』の資金を管理しているのは、商人であるノワである。
「相談してみないと何とも言えないけど、多分いい顔しないだろうなあ」
テーストは、力ない笑みを浮かべた。
「……一応、『古代遺産』売っ払って、その金で雇うっていう手もあると思うけど、どうよリーダー」
『古代遺産』。
その名の通り、古代オルドグラム王朝時代の遺産であり、今の技術ではまだ作ることができないアイテム類だ。
『プラチナ・クロス』が有する『古代遺産』は二つ。
一つは、暑さと寒さを無効化する指輪。
常に一定の温度を保つこれは、リーダーであるイスハータが所持している。
もう一つは、一定の時間が経過すると強烈な音と光を放つ球体。
罠として使えるということで、テーストが所持していた。
「『古代遺産』は、パーティーの持ち物だ。結局、ノワも交えて話し合わないと駄目だろう」
イスハータは首を振った。
この二つも、資金と同じく自分が管理したいとノワは言っていたが、『古代遺産』は使わなければ意味がないという理由で、発見した二人が所持していた。
指輪はまだともかく、球体は実戦で有効な道具だ。
ノワは不機嫌な顔をしたが、さすがにこれには反論しなかった。
「じゃあ、やっぱり地道に新しい聖職者を育てるしかないですか」
バサンズの提案に、テーストはそのままの態勢で茶々を入れる。
「それまで、ノワちゃんのいびりに耐えられたらな」
「よせ、テースト」
ロッシェが制したが、テーストは勢いよく身体をテーブルに戻した。
そしてジョッキを握って立ち上がり、一気に中身を煽った。
「っつーか、明らかに最大の問題はそこっしょーっ! 無理無理無理。ありゃー無理。オレが聖職者なら、ストレスで死ぬ。バイス、すげーよ超頑張ったよ! 結局潰れたけど!」
ダンッと空になったジョッキを、テーブルに叩き付ける。
ノワは可愛い。
それは、全員が認める。
そんじょそこいらの歌姫よりも、ずっと愛らしいと言ってもよい。
よほどの物好きでなければ、大抵の男は皆、同じ意見だろう。
彼女が、このパーティーに入ったのは、幸運だと皆が思った。
そしてそれにのぼせ上がり、ねだられるまま彼らは欲求に答えてきた。
その結果がこれだ。
「気付かぬ間に、オレ達は破格の回復と後方支援を失っていたという事か」
ボソリとロッシェが呟き、イスハータは弱々しく首を振った。
「ああ……手遅れだ」
何やら考え込んでいた風のバサンズが、不意にテーストに顔を向けた。
「……テーストさん、今のシルバさんのパーティーって、どんななんですか?」
「あ? お前そんな事聞いてどうするんだよ」
「い、いえ……」
バサンズは何だか妙に気まずそうな雰囲気だったが、やや酔いの回りつつあるテーストはそれに気付かなかった。
アルコールの勢いに任せて、喋り始める。
「オレが知ってる話だと、何かすごいぞ。極東の国ジェントから流れてきたっていう狐獣人の剣客に、鬼族の骨剣使い。あと、絶魔コーティングされた軍用鎧で出来た動く鎧」
「その、魔術師は? まだ決まっていないんですか?」
「んー、最近、吸血鬼の美形魔術師が入ったらしいな。学習院にも権限持ってるホルスティン家って知ってるよな? 何かも-、ウチとは大違いのアゲ調子だよなーったくもー。ねーちゃん、おかわり!」
テーストが手に持ったジョッキを、通り掛かったウェイトレスに突き出した。
一方、バサンズは驚きに思わず、立ち上がっていた。
冒険しない時の多くの時間を学習院で過ごす彼には、馴染みのありすぎる名前だったのだ。
「あの、ホルスティン家ですか!? っていうか、何で司祭が天敵の吸血鬼と手を組んでるんですか!? あり得ないでしょう、普通!?」
「ああ、その辺はシルバは全然気にしない主義だったからな」
イスハータも少し酔いながら、思ったままの事を口にしていた。
「リーダー、何か知ってるんですか?」
んー、と額を掻き、イスハータはバサンズの問いに答えた。
「アイツの出身は南にあるドラマリン森林領と言って、元々亜人の多い地域だ。むしろ人間と亜人を分けて考えてる方が何か不自然だと、いつかの折に聞いた覚えがある。それに外交官でもあるホルスティン家はあの地にも別邸を持っているって聞いたことがあるし、何か繋がりがあってもおかしくないんじゃないか?」
「……なるほど」
「あるいは、単なる偶然だ」
テーストが茶化した。
「つーかそんなの聞いて、どうする訳よ。今はそれよりオレたちの今後の事だろ。誰か、いい案ねーの? 何もないなら、オレ、新しい注文するよ! おねーちゃん、バナナチョコクレープパフェ一つよろしく!」
テーストはウェイトレスが持ってきたジョッキを受け取り、一気に煽った。
そんな彼の様子を、イスハータは見つめる。
「そういうお前はどうなんだ、テースト」
「ぷはぁっ……! 案ならあるよ、一応。この中の誰かが、教会で修業すんのさ。ある意味、一番確実っしょ」
「だが、そうなると本来の職の修練が疎かになる」
「なるねー」
「一番、そういうのに向いているのは……」
三人の視線が、魔術師に集中した。
バサンズは、慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕にだって、新しい魔法の習得が必須です。それよりは、リーダーがもっと聖職者として位を高める方がいいと思います」
イスハータは聖騎士であり、教会で修行を積んだ騎士である。
剣や槍の修練とともに、教会が扱う奇跡、祝福もいくつか使うことができるのだ。
実際、本業の聖職者ほどではないが、イスハータも幾つかの祝福を使うことができる。
だが、イスハータにも、それができない言い分がある。
「前衛としては、可能な限り攻撃に専念したい。祝福はあくまで補助に過ぎないんだ。オレやロッシェが学んでもいいが、そうなると誰かが代わりに前衛に立たざるを得なくなる」
そして、力ない笑いを三人に見せた。
「それでは、本末転倒もいい所だ。結局攻撃力が下がって、探索も効率が落ちる。……いや、もう既にその段階まで来ている、か……」
「じゃあ、どうするってのさ、リーダー」
「それが分かれば苦労しないさ」
特に答えを期待していた訳でもなかったらしく、それを聞いたテーストはテーブルに残っていたフライドチキンをもそもそと不景気な顔で齧り付いた。
「……原因は、ハッキリしているのだがな」
「言うな、ロッシェ」
暗い声を、イスハータは制した。
問題も原因もハッキリしてる。
分かってはいるけれど、それを果たして誰が言うのか……それが重要だ。
長々と話した挙句、実は最初からそれが四人の共通した見解だった。
ただ、とこの場にいる全員が思う。
分かっちゃいるけど、それを誰が彼女に言うんだ。
誰だって、鬼札を引きたくないのは同じである。
彼女に涙目になられるのが辛い。
嫌われるのが怖い。
進んで嫌な思いなど、したくはないのだ。
だから、分かりきっている答えを誰も口に出さないまま、不景気極まりない飲み会は続くのだった。
「……ま、オレは一応アテはあるけどね」
それは口に出さず、金髪の盗賊は据わった目で麦酒の残りをぐいと煽った。
魔術師の枠はもう塞がったらしいが、まだ盗賊の枠は残っているらしいし……。




