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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
とあるパーティーの憂鬱
27/215

その頃の『プラチナ・クロス』

 大陸の辺境にある巨大遺跡・墜落殿(フォーリウム)

 古代建築物の通路は幅十五メルト程、その真新しさはおそらく魔法による効果なのだろう、とても大昔のモノとは思えない。

 壁自体が明るさを放っており、視界も悪くない。

 だが、それでもここは危険な迷宮だ。

 通路の奥には数多の魔物が潜み、かつては警備装置だったのだろう様々な罠が待ち構えている。

 その第三層で、アーミゼストでも上位といわれているパーティー『プラチナ・クロス』は、探索途中に遭遇したモンスターの一群と戦闘を開始していた。


 二本の角と鉄のように硬質の毛を持った巨大な雄牛、アイアンオックスが高らかな雄叫びを上げる。

 後ろ足を力強く踏み込み、一気に突進してくる。

 その速さと勢いは正に黒い弾丸。

 リーダーである聖騎士、イスハータと二人がかりで、黒尽めの騎兵デーモンナイトを相手取っていた戦士ロッシェはそちらに気づき、とっさに大盾でガードを取った。

 直後、盾から強烈な衝撃が伝わり、ロッシェの屈強な肉体が半メルトほど後退する。


「かは……っ!」


 たまらず息を吐き出すが、それでも何とか耐え抜いた。

 押し切れなかったのが不満なのか、アイアンオックスは再び、凶暴な咆哮を上げながら、地面を蹴り始める。


「バイス、ロッシェがやばい! 回復を頼む!」

「は、はい! 『回復(ヒルタン)』!」


 金髪の盗賊、テーストの声に、既に印を切っていた針金のように細い体躯の青年司祭、バイス・シャンソンは、ロッシェに『回復(ヒルタン)』の祝福を与えた。


「こっちもだ!」


 デーモンナイトの魔力を帯びた大剣を受け流しつつ、イスハータもバイスに叫んだ。


「ちょっ……だ、だったらもう少し距離を……」


 イスハータが後退し、ロッシェと詰めていてくれたら、複数人同時に回復できる『回群(ヒルグン)』が使えたのに……!

 バイスは悔やむが、今更だ。

 とにかく、もう一度神に祈るしかない。

 だが、事態はバイスの都合に構わず、悪い方へと動き続ける。


「やばい、バイス! 敵に前衛を抜かれた! 防御の祝福急げ!」


 テーストの絶叫に、バイスは嫌な予感がした。

 この迷宮に入って、もう何度目になるだろう。

 今回も、そうだった。

 案の定、弱っていたアイアンオックスを相手にしていた商人の少女ノワは、倒した敵の口から吐き出された宝石の回収に急いでいた。

 アイアンオックスは鉱物が好きで、倒すとこうした宝石を吐き出す奴が時折いるのだ。

 そちらに気を取られていたせいで、デーモンナイトと再び突進してきたアイアンオックス、合わせて二体を相手にする羽目になったロッシェが派手に吹き飛ばされ、獰猛な雄牛はこちらに首を向けつつあった。


「な……っ!? ノワさん、何やってるんですか!? 戦利品の回収なんて後にして下さい!」


 その声にようやく気がついたノワは、ツインテールを揺らしながら愛らしい顔を上げてこちらを見た。

 それから小首を傾げて少し迷い、ようやくイスハータとデーモンナイトの戦いに加勢する。

 今なら、こちらに意識を向けているアイアンオックスを、後ろから襲えたでしょうに……!

 いや、それでなくてもせめて、前衛に意識を向けさせてもらえれば……!

 バイスは思ったが、術の展開を急いでいる今、声に出す余裕もない。

 互いの意思を疎通し合えるという祝福、『透心(シンツ)』でも習得していれば話は別だが、あれは習得する為の瞑想時間が掛かりすぎるので、聖職者の中でもほとんど習う者などいない。

 そして今は、無い物ねだりをしている場合ではないのだ。


「バイス君!」


 アイアンオックスの次の狙いは、どうやら学者風の眼鏡魔術師、バサンズにあるようだった。

 彼がやられると、後方のメイン火力である風の魔法が使えなくなってしまう。


「くぅっ……術が間に合わない!」


 とっさに、バイスはバサンズの前に出た。

 重い大盾を地面に突き立て、防御態勢を取る。

 ズンッ……と重い衝撃を食らうが、すぐ後ろにいたバサンズも両手で背中を支えてくれたので、かろうじて持ちこたえる事が出来た。

 しかし、これで回復の祝福は破棄(キャンセル)だ。もう一度、唱え直さなければならない。


「きゃーっ!?」


 その時、甲高い悲鳴が聞こえた。

 バイスが大盾で防いだことで一旦距離を取ったアイアンオックスが、ノワを横から弾き飛ばしたのだ。

 デーモンナイトに集中しすぎで、誰もアイアンオックスを相手取らなかったせいだ。


「ノワちゃん!?」


 それに反応したのが、盗賊のテーストだった。


「テーストさん、何やってるんですか!」


 たまらず、バイスは叫んだが手遅れだった。

 そっちじゃない。

 集中すべきは、モンスターであるアイアンオックスの方なのだ。


「え……」


 ノワを弾き飛ばしたアイアンオックスが首を傾け、短くダッシュした。

 鋭い角が、テーストの脇腹を貫く。


「が……っ!?」


 血反吐を吐きながら、テーストが壁に叩き付けられた。

 幸いまだ息はあるのか、倒れ伏したテーストの身体は痙攣を繰り返す。

 しかしこのままだと、長くはないだろう。

 フロアにも、徐々に血の池が広がり始めていた。

 血の臭いと敵を仕留めた手応えに、雄牛は甲高い咆哮をあげた。

 ようやく戦線復帰したロッシェがアイアンオックスに立ち向かうが、捻挫でもしたのか足を引いていた。


「やばい、テーストがやられた!」

「バイスくーん、回復してー」

「バイス、勝手に動くな! 仕事に専念しろ!」

「バイス君、テーストさんが――!!」


 一瞬、呆然と立ち尽くしたバイスだったが、すぐに我を取り戻した。

 まずは、テーストの回復が最優先だ。

 しかし、聖句を唱えている間も、他のメンバーからの文句は止まらない。


「くそっ……! 何なんだこれ! 何だ、このパーティー! 本当にこれで白銀級かよ!」


 毒づきながら、今手を抜けば今度は自分が死ぬ。

 バイスはひたすら、自分の仕事をこなすしかなかった。




『プラチナ・クロス』の面々が地上に出られたのは、それから六時間後の事だった。

 日が昇り空が青み始めたばかりで、心地よい涼風が汗と血にまみれたパーティーを和ませる。


「し、死ぬかと思いました……」


 眼鏡にひびの入ったバサンズが石畳にへたり込み、胴体に包帯を巻いたテーストも重い吐息を漏らした。


「……まったくだ。マジに、お花畑が見えたぜ……」

「今日はここらが潮時だな」


 ボソリとロッシェが呟き、リーダーであるイスハータも同意する。


「ああ。荷物を整えたら、街に戻ろう。すまなかったな、バイス」


 ポン、と彼が肩を叩いたが、バイスは浮かない表情のままだった。


「いえ……」


 そこに、空気を読まない明るい声が響いた。


「もー、しっかりしてくれなきゃ、バイス君」


 ぷんすか、と頬を膨らませていたのは、一人元気なノワだった。

 怒っている顔もまた可愛らしいが、状況が状況だ。


「ちょ、ちょっと、ノワちゃん……て、あいたたた」


 さすがに、テーストがたしなめる。

 頑張って動いたせいで、脇腹が痛みをぶり返し、その場に突っ伏しそうになる。

 せっかく制止しようとした彼に構わず、ノワは聖職者に対し先輩として説教を続ける。


「駄目だよ、こういう時はビシッと言わなきゃ。危うくテースト君、死んじゃう所だったんだよ? バイス君は回復の要なんだから、ちゃんとみんなを守って上げなきゃ」

「そうですね……」


 バイスは、ノワの言葉に無表情に応じていた。

 しかし、彼女はバイスの様子など気にも留めなかった。


「前線はすごく大変なんだし、比較的安全な場所にいるバイス君が後ろの心配をしないと」

「ちょ、ちょっとノワ……それ以上は……」


 テーストに代わってイスハータが、何とか穏便に済ませようと、ノワを止めようと試みる。

 だが、遅かった。


「ね? もっと頑張ろ、バイス君。これぐらい、前のメンバーなら普通にやれてたよ? バイス君にも出来る出来る♪」


 テーストが、天を仰いだ。

 バイスは無言で、バトルメイスを石畳に叩き付けた。

 このパーティーに入った時、その契約の一部としてもらったモノだ。

 重い一撃に、遺跡の床に大きな亀裂が生じる。


「きゃっ!?」


 弾き飛ばされた石片に、ノワはたまらず顔を覆った。


「だったら……」


 無表情な顔を上げ、バイスはメイスを放り投げた。


「……だったら、その、前のメンバーを呼び戻せばいいじゃないですか。その人が、どれだけ出来た後方支援だったか知りませんけど、僕には無理です。ええ、こんな仕事、とてもやってられません」


 今回の探索で得た成果をリュックの中から取りだし、床にぶちまける。

 自分の分だけになった荷物を背負い、バイスは街に向かって歩き始めた。


「お、おい、バイス……」


 その背に向かって、イスハータが声を掛けてみた。


「一人で帰れますから、お気になさらず!」


 バイスの姿が小さくなっていくのを眺めながら、力なくロッシェが呟いた。


「……これで、三人目か」

「だな」


 テーストが同意し、イスハータは青い空を見上げた。


「また、新しい回復役を、探さないとなぁ……」

「毎回新しい人、入れるのって、大変なんですよね、連携とか……まあ、それ以前に、ウチのパーティーの悪い評判が広まってきてるみたいで、入ってくれる人がいるかどうか……」


 バサンズも、疲れたような声を漏らす。


「ったくもー、うまく仕事が出来なかったからって逆ギレなんて、どうかと思う! プロ意識がなさ過ぎるよ!」


 腰に両手を挙げて怒りをぶちまけているのは、ノワ一人だけだった。


「そう思うよね、みんな!」


 同意を求めて振り返る。


「あ、ああ……」


 駄目だコイツ、早くどうにかしないと……。

 四人の視線が交錯し、その心の中は見事に一致していた。

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