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カナリーの参入

 諸々の雑事を片付け、数日後。

 ようやく落ち着いたシルバのパーティーの面々は、冒険者ギルドに併設された酒場に集まった。

 シルバ、キキョウ、ヒイロ、タイラン、そして同じテーブルにカナリー・ホルスティンもいた。


「どういうことであろうか、カナリー・ホルスティン?」


 キキョウは目を細め、カナリーを見た。

 その視線を意に介した様子もなく、カナリーはトマトジュースを傾けていた。

 後ろには、ジュースの瓶を持つ赤いドレスの美女ヴァーミィと、青いドレスの美女セルシアが控えている。

 なお、シルバは静観し、ヒイロはとりあえず肉を食べ、タイランはオロオロしていた。


「君にもファーストネームを呼ぶことは許可しているよ、キキョウ」

「何故に、しれっと一緒のテーブルについているのか、聞いているのだが?」

「うん、そうだな……シルバの血を飲んだことで、どうやら『縁』ができてしまったようだ」


 カナリーはシルバを見た。


「『縁』? どういうことであるか?」

「契約の一種だね。離れると、どうにも『乾く』」


 トン、と己の喉を軽く、カナリーは突いた。

 なるほどっ、とヒイロは顔を上げた。


「ああ、先輩の血じゃないと、満足できない身体になっちゃったんだね」

「ヒ、ヒイロ……そ、それは何だか、言い方が卑猥というか……」

「『ひわい』って?」

「……いえ、いいんです。深く追求しないでください」


 あわあわとヒイロを止めようとしたタイランだったが、そのまま席に座り直した。


「まあ、ヒイロの指摘で大体合ってるよ。もちろん『牧場』の血液でも我慢はできるけど、それはつまり()()()()()()()()()()ってことだ」

「むむ……」


 肩を竦めるカナリーに、キキョウは唸り声を上げる。


「それもあるけど、何より村を助けてもらった恩もあるしね」

「恩なら報酬をもらってるぞ?」


 ようやく、シルバは二人のやり取りに口を挟めた。


「おや、冷たい。だがこのパーティー、魔術師がいないようじゃないか。僕が入ってもいいかい?」

「入ってくれるなら、そりゃ俺としては大歓迎だが……昼はポンコツって話じゃないか」


 ちなみに今は、朝と昼の間ぐらいの時間である。

 吸血鬼は、かなり弱るはずだ。


「ポンコツじゃ駄目かい?」

「そうじゃなくて、あまりそんな風に見えないんだけど、どうなってるんだ?」

「これさ」


 カナリーは襟元からペンダントを取り出した。

 シルバは、ペンダントの飾りの石に心当たりがあった。


「月光石か?」

「そう。魔力を消費することで、夜と同じ力を引き出せる。まあ、満月の絶頂期まではいかないけど、普通の魔術は使えるよ。得意な魔術は雷系。飛行や霧化といった種族特性は、月光石(これ)があっても、さすがに昼間はちょっと厳しいかな。これはおまけの特技だけど、例えばダンジョンの中でも日の出と日の入りが分かる。あと、人形族の護衛が二人」


 カナリーの言葉に応え、ヴァーミィとセルシアが頭を下げた。


「加えて錬金術も嗜んでいるから、回復薬(ポーション)や解毒薬を作れるよ?」


 少し得意げなカナリーに、シルバはキキョウと顔を見合わせた。


「むぅ……色々と複雑ではあるが、戦力として申し分ないのは認めざるを得ぬぞ」

回復薬(ポーション)は大きいよなあ……」


 シルバは、ヒイロとタイランを見た。


「問題なーし。いらっしゃいませー」

「ヒ、ヒイロ……お店じゃないんですから……あ、でも錬金術のお話ができる人が入ってくれるのは、嬉しいです」


 反対意見はないようだ。

 これはもう、ほぼ決まりと見ていいだろう。


「うん、特にタイランとは話が合いそうだね。そうそうシルバ、時々でいいから血を分けてもらえるとありがたいな」

「しょっちゅうじゃ困るけど、時々ってことなら俺は別に構わない。あとは、家の問題だな……」


 坑道の戦いの前に、ネリー・ハイランドとは少し話したが、それはカナリーは知らないことだ。

 一応確認しておく必要があった。


「ホルスティン家の跡取りだろ? 冒険者になるのは、問題ないのか?」

「基本的には、ネリーに任せているんだ。よっぽどの重要なことでもなければ、大体彼が捌けるさ。そして大きな問題が発生した時、個人的に信用のおける戦力がいてくれると、大変助かる」

「その時は別途報酬……って、なるほど。パーティーの資金になるから、ある意味安上がりでもあるな」


 山賊を退治した報酬は、ホルスティン家から受け取った。

 あの時、カナリーはあまり意味がないと言っていたが、その理由をシルバは理解した。

 このパーティーにカナリーが参加すれば、パーティーとして使用する分の資金は全員の共用、すなわちカナリーの分とも取れるのだ。


「……ううむ、抜け目のない」

「じゃあ、そういうことでカナリー、ウチのパーティーにようこそ。実はまだ、名前がないんだけど」


 シルバと手を握りながら、カナリーは戸惑った顔をした。


「え? 年単位とはいかないまでも君たち、それなりの日数組んでるんだよね?」

「なかなかしっくり来る名前が思いつかなくてな」

「今は、冒険者ギルドの方で『アンノウン(名無し)』扱いである」


 困ったことにそれで成立してしまっているので、今までその仮名で依頼をこなしていたのだ。


「それは……なるべく早急に、決めた方がいいんじゃないかな?」

「俺もそうは思うんだけどなぁ。カナリー、何かいい案ないか?」

「入ったばかりの僕にパーティーの名付け親は、ちょっと荷が重くないかな!?」

「では、これに関してはまた、別の機会に詰めるということでよいか?」


 キキョウの問いに、全員が異議無しと答えた。


「じゃあ、残る問題は、一つだな」


 シルバは真面目な顔で、カナリーを見た。


「ん? 何かあったかい?」

「数日、いや数時間後には分かる。……ヒイロ、タイラン。二人は、午後は訓練に行ってくれ」

「え、いいけど先輩は?」


 食事を終え、水を飲んでたヒイロが目を瞬かせた。

 シルバは深いため息をついた。


「……とっても気が進まないが、一応責任者としてこの場に残る」

「お疲れ様です、シルバさん。ご武運を祈ります……さ、ヒイロ、行きましょう」


 シルバの表情の意味を察したタイランは、ヒイロの両脇を抱えて椅子から下ろし、そのまま酒場を出て行こうとする。


「え、あれ? 何でそんな悲痛な雰囲気だしてんの、タイラン? 何が起こるの?」

「いいんです……ここから先、私達にできることは、何もありませんから」




 シルバが、冒険者ギルドで新たなメンバー、すなわちカナリーの登録をして、数十分後。

 冒険者ギルドに併設された酒場、シルバたちのテーブルの周囲は冒険者で埋まり、さらに外にまで溢れていた。

 全員、女性の冒険者である。


「ねえ、聞いた? キキョウ様の所属しているパーティーのこと」

「カナリー様のこと? もちろんよ。素晴らしいことだわ! ……まだ、募集はしているのかしら。確か盗賊職が足りてないのよね。……あーあ、どうして私、戦士職なのかしら」

「か、狩人ならワンチャンスありかな?」

「まずは、募集しているか聞いてみないと。話はそこからよ。よければアタシが聞いて……」

「ちょっと待って! 抜け駆けは無しって不可侵協定があったはずよ」

「貴方、カナリー様の派閥(ファンクラブ)よね? アタシはキキョウ様の派閥(ファンクラブ)で」

「キキョウ様派閥(ファンクラブ)でも協定はあるはずでしょ」

「ぐっ……じゃ、じゃあまずは誰が聞きに行くかの話し合い? ああもう、アタシら冒険者なんだから、そんなまだるっこしいのより、実力で白黒付けましょうよ。訓練場に行くわよ!」

「上等よ! 叩き潰してやるわ!」

「ところで、あの神官は何なの? あんなにキキョウ様と顔を寄せ合って」

「アレは、カナリー様の入ったっていうパーティーのリーダーらしいわよ」

「あら、リーダーはキキョウ様って聞いたわよ?」


 そういって、何人かの女冒険者は出ていったが……酒場が満席なのに、変化がない。

 下手につつくわけにはいかない、異様な空気の均衡があった。

 何しろ辺境都市アーミゼストでも、キキョウ・ナツメとカナリー・ホルスティンという屈指の美形二人が揃っているのだ。

 出ていった女冒険者たちのやり取りなんて聞いていなかった子も多く、またあちこちで誰が声を掛けるのかと興奮と緊張の入り交じった牽制が始まっていた。


「……なあ、これ、下手に盗賊職募集を掛けたら、暴動が起こるんじゃないか?」

「ぬう、厄介な……」

「僕は悪くないと思うけど、それでも一応謝っとくよ。ごめん。我ながら誠意の欠片もないな!」


 シルバたち三人は顔を寄せ合い、同時にため息をついた。


「自覚があるならいいけど、本当にこりゃ、どうしたものかねぇ……」


 ……そんなシルバの呟きは、周囲の喧噪に掻き消されるのだった。

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回でカナリー編は終了となります。

作者の都合もあり、次の章から一日一回更新のペースにさせていただきたいと思います。

という訳で次の更新は翌日7時となりますので、よろしくお願いします。

なお、このあとがきは来週辺りには削除する予定です。

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