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魔術師への尋問

 カナリーの『魅了(チャーム)』が完全に掛かったのか、魔術師は饒舌になってきた。


「か、買い出しが終わって……久しぶりに酒場で飲んでたら……と、とな、隣の若いのが言った……腹立つぐらいの美形……。この山の……どこかに吸血鬼の隠れ里が……あ、ある、と。探し出して……くれたら報酬として、自分の持っている、魔導書の写しをやるって……。さ、最初は一人で探していたが……ちょうど山賊がいたから、そいつらを手駒にした……。根城と食べ物を、そいつらに用意させて……オ、オレは捜索に専念、してた……」




「……まだ、探し始めて日が短かったから、見つかってなかったって考えるべきだろうな。植物が相手じゃ、幻術も効きづらいだろ」

「確かに、そうですね」


 後ろで話を聞いていたシルバの分析に、ネリーも頷いた。




「村の情報を与えた、若いのってのは……僕に似てたんじゃないかい?」


 カナリーの問いに、魔術師は首を振った。


「い、いや、顔は全然……髪は銀色だったし、背は高くて……」

「輪郭も、もっとカチッとしてて」

「そ、そうだ……眼鏡、銀縁の……それに、笑ってたのに笑ってなかった……」


 魔術師が顔を上げ、カナリーの紅い目が合った。


「目が?」

「そう、目が……」




 シルバの隣で、ネリーが胸ポケットから小さな紙の束を取り出した。


「ちょっと失礼」


 そしてすごい勢いで筆を走らせ始めた。


「ネリーさん?」


 すぐにネリーは筆を止め、紙を一枚破るとカナリーに差し出した。


「カナリー様、これを」

「ああ、ありがとう」


 紙に人相書きが描かれているのが、シルバにも一瞬見えた。




 カナリーは、人相書きを魔術師に見せた。

 どこかカナリーに似ている、銀縁眼鏡を掛けた、貴族風の青年だ。

 知性を感じるが、どこか冷たい印象があった。


「そ、そう、そいつだ……そいつが、オレに教えた……」


 魔術師は震える指で、人相書きを指差した。


「やっぱりか。……コイツは、クロス・フェリーっていう、半吸血鬼(ダンピール)なんだけどね」


 シルバは、その名前に小さく反応した。


「ん? どこかで聞いたような……何か因縁があるのか?」

「腹違いの兄弟だよ。向こうは人間の女性との混血でホルスティン家の継承権がない」


 カナリーは振り返らないまま、答えた。


「しかも、実家の魔導書を何冊か勝手に持ち出して、失踪した。当然『牧場』で採れる血液を受け取れるはずがないし、血が飲みたければ誰かと契約するか、人を襲うしかない。実際、被害も出ている」

「それは……」


 アーミゼストで女性の失踪が相次いでいて、カナリーたち吸血鬼はそれを追っている。

 カナリーはこの村も守る必要があるので今、こちらに来ているが、配下の者たちは今も向こうで調査を続けているはずだ。


「シルバが聞いたことがあるっていうのは、おそらく教会からだよ。協定で、ホルスティン家は人を襲わないって誓約書にサインをしている。……破門したけど、それでもクロス・フェリーは元身内だ。教会に黙っていると、どんな詮索をされるか分からないからね。見かけたら連絡するようにって通達は、ちゃんと届いているようで何よりだ」

「名前を聞いても、すぐに思い出せないレベルだけどな」


 カナリーが振り返ると、シルバは不覚を取ったという顔をしていた。


「専門の祓魔官でもなきゃ、そりゃしょうがないと思ってるよ。……用心深い男だし、この村の一件、自分で動けば僕が感づくと踏んだんじゃないかな」


 カナリーは魔術師に視線を戻す。

 この魔術師の興味は、酒場で話しかけてきた男、クロス・フェリーの持つ魔導書の写しと、村に保管しているホルスティン家の秘奥だ。

 村人にはさほど興味は無い。

 魔術師が見つければ、クロス・フェリーはこの村の処女・童貞の血を飲み放題になる。

 同時に、自分を追い出したホルスティン家に対して、大きな痛手を与えることもできるのだ。

 そう、クロス・フェリーは自分を追放したホルスティン家に、恨みを抱いている。


「ありがとう。協力に感謝するよ。そろそろ疲れただろう? ゆっくりおやすみ」


 カナリーは瞳に力を込め、魔術師に眠るよう勧めた。


「お、おお……おやすみ……」


 ガクリ、と魔術師は首を落とし、寝息を立て始めた。

 牢を出ると、ネリーが鍵を掛ける。

 カナリーはシルバとの会話に戻った。


「そのフェリーってのが用心深いっていうなら、アーミゼストで女性をさらったりしないんじゃないか? タイミングからして、どう考えてもそいつの仕業なんだろう? その魔術師が動きやすいように自分が陽動になってはいるけど、何かもうちょっと賢いやり方があるんじゃないか?」

「僕らには捕らえられないっていう自信があったのか、それとも……」


 カナリーは考え込む。

 シルバの言う通りだった。

 悪事を行う場合の最良とは、悪事が気付かれないことである。

 ただ、カナリーの記憶にある限り、クロス・フェリーという青年は、自己顕示欲も相当に強い。


「ここに私はいる、と主張してもいるのかもな」


 用心深さと自己顕示欲は相反しているようだが、同時に内包していたもおかしくはない。

 どちらも、あるのだ。


「あ、あの……」


 怖ず怖ずと、タイランが声を上げた。


「タイラン?」

「協力者がいた……っていうのは、どうでしょうか? 一人だと色々難しいかも知れませんけど、仲間がいたなら……その、色々できるんじゃ……」


 タイランの意見には検討してみる価値はあった。


「辺境とはいえ、アーミゼストは都市だ。人は多い。隠れる場所には事欠かない。加えて協力者がいるなら、囮になってホルスティン家の者たちも引きつけられる……」


 パン、と軽くシルバが手を叩いた。


「話をまとめよう。カナリーの義理の兄弟が、アーミゼストに潜んでいるようだ。『牧場』を狙っていた。女性の失踪被害が出ているのも、そいつである可能性が高い。協力者がいるかもしれない。こんなトコか」

「……まとめてみると、得られた情報は結構あるな」


 これはアーミゼストの配下たちにも、早急に知らせなければならない。

 カナリーがネリーに目配せすると、心得ていますと頷いてきた。


「お家騒動に関してはさておいて、これでひとまず山賊の件は片付いたか」


 シルバが言う。

 ならば、シルバのパーティーの残る仕事は、ウルトという行商人をアーミゼストに送り返すことだ。


「ああ、今更言う必要もないだろうけど……」

「この『牧場』については他言無用」


 カナリーの言いたいことを、シルバは先回りした。


「いいね」

「行商人のウルト氏の口はどうする? この村のことがバレるかもしれないぞ?」

「最初の予定では、催眠暗示で忘れさせようかと思ったんだが……」

「だが?」

「施療院で彼の世話をしていた娘の一人が、好意を持っているらしいんだ。ウルト氏次第だが、誓約書の方向でいくことになるかもしれない」


 醸造所の地下に、沈黙が下りた。

 ちなみにウルトは三十前後のふくよかな体格の男である。


「……ウルト氏は、家族から捜索依頼が出ていたのであるぞ?」

「僕はその娘から、独身だと言っていたと聞いているよ?」

「じゃあ、あの行商人さん、嘘ついたのかなぁ」

「そ、それはちょっと、よろしくないのでは……? 善良そうに見えましたけど……」


 キキョウたちが騒ぎ出した。


「ちょっと待った。みんな、落ち着いて」


 シルバが言うと、全員沈黙した。


「家族と言っても妻子とは限らないだろ。親ならおかしくない」


 シルバの発言に、キキョウたちは「あ」と口を開いた。

 その考えは何故かなかったらしい。


「ま、まあ、その辺は僕の方でちゃんと確かめておくよ。とにかく、彼がこの村のことを口外しないように手は打っておく。本当は今日発ってもらうはずだったけど、これはもう明日だね」

「では、誓約書の方も用意しておきましょう」

「頼んだ、ネリー」


 そういうことになった。


「それと、ウチの家からも、個人的に報酬は出させてもらうよ。山賊たちと魔術師をそっちで冒険者ギルド送りにすると、そっち方面から村のことがバレてしまうからね。引き取らせてもらう」

「そういうことなら、遠慮なくもらっとこう。連中を連れて、アーミゼストまで戻るのも、大変だしな」

「そうしてくれたまえ。もっとも、あまり意味はないと思うけどね」

「どういう意味だ?」

「どういう意味だろうね」


 分からないという風なシルバに、カナリーは無言で微笑んだ。

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