坑道へ
すみません、ちょっと短めです。
食事を終えて、シルバたちは山賊たちのアジトを目指すことにした。
時刻は深夜。
山の中の街道までは、『発光』で特に苦労はなかったが、ここからが問題だった。
山賊に奇襲を仕掛けるには、当たり前だが気付かれてはならない。
可能な限り、音を消し、灯りも点けるべきではなかった。
空に月は浮かんでいたものの、森の中では月光の恩恵も授かりにくい。
最初は、夜目の利くキキョウに手を引いてもらうという案もあったが、タイランがカナリーと共に便利なモノを作ったのだ。
「……おおー、見える見える」
暗い森の中を、囁くような小声のヒイロが軽快に歩いて行く――気配がする。
息づかいや足音でしか判断できないのは、シルバには暗闇で見えていないからだ。
木にうっすらと引かれた横線。
黄色い燐光を放つのは、タイランが作った白墨の一種である。
先行して、直線上の木に線を引いているのは、キキョウだ。
「これなら、木にぶつからずに済むな。でも、足下には注意しろよヒイロ」
「分かって……うひゃあっ」
何やら、倒れる音がした。
……何か、洞窟でもあったな、これ。
「ちょっ、ヒイロ言った傍から……き、気をつけて」
シルバの後ろから、タイランの声がする。
何しろ甲冑のタイランは、シルバたちより慎重に動かないと、金属のこすれ合う音がしてしまうのだ。
静かに動く為には、どうしても普段よりゆっくり歩く必要があった。
なお、カナリーとネリーの二人は空を飛んでいる。
おそらく、シルバたちのすぐ頭上を飛んでいるはずだ。
「あはははは、ごめんごめん。……っ、そろそろ近いかな?」
ヒイロが止まり、武器を抜く――音がした。
キキョウも立ち止まり、刀の柄に手をやっているようだ。
「うむ、奴らまともに風呂にも入っておらぬのだ。実に臭う」
シルバが目を凝らすと、大分遠くになるが、篝火が二つ見えた。
(じゃあ、ここからは『透心』で連絡を取り合おう)
シルバが『透心』で念話を飛ばすと、周囲から返事がきた。
(心得た)
(おっけーだよー)
(りょ、了解しました……)
同時に、それぞれの居場所も分かる。
シルバを中心に、キキョウとヒイロがやや前方、そして後ろにタイランがいる。
(……それにしても、便利なモノだね、この祝福は。僕はどうしたものかな、シルバ・ロックール)
(お任せします、シルバ様)
カナリーとネリーは頭上の木の上だ。
(ホルスティンとネリーさんはその場で待機。まず見張りをやってくれ、キキョウ、ヒイロ)
(うむ)
(らじゃっ)
シルバの指示に、消えるように移動するキキョウ。
ヒイロは草を掻き分け、大きく右に迂回していく。
その間に、シルバは少し前に進み、道具袋から大量の砂利を吐き出した。
「ぐ……!?」
「な、何……がっ!?」
木の陰に隠れ、篝火の焚かれている方角を覗き見ると、左からキキョウが、わずかに遅れて右からヒイロが闇夜に乗じて、二人の見張りを背後から倒した。
ドサ、ドサリと倒れる音はしたが、坑道から誰かが出てくる気配はなさそうだ。
(完了したぞ、シルバ殿)
(……さっすがキキョウさん。速すぎでしょ。ついていくので精一杯だったんだけど!)
それでもキキョウに合わせるだけ、大したモノだとシルバは思う。
まあ移動自体は、キキョウがヒイロの速度に合わせたのだろうけれど。
(キキョウ、ホルスティンが作ってくれた煙玉を頼む。こっちはその間に仕込んどくから、ネリーさん、始めよう)
(はい)
スッと、頭上からネリー・ハイランドが下りてきた。
「――『発光』」
シルバは小さく聖句を呟き、砂利全体に『発光』を付与した。
小さな山になった砂利が、淡く赤い光を放った。
「行きます――『仮初めの生命』」
ネリーの手から白い光が漏れ、それが液体のように砂利へと注がれていく。
すると砂利は自分で意志を持つかのように、浮かび上がった。
ハイランドの血族が有する種族特性、己の魂を無機物に分け与え、使役するのが『仮初めの生命』という術である。
赤い光を放ちながら蠢く砂利は、まるで空中を泳ぐスライムのようだった。
「適度に分かれて、周辺に散ってください」
ネリーの指示で、砂利たちは方々へと散っていった。
速度はそれほど速くなく、その様はさながら赤い人魂のようであった。
やや遅れて、タイランがシルバに追いついた。
(……お待たせしました)
(いや、いいタイミングだ)
シルバはそう答えて、状況が変わるのを待った。
一方、キキョウも動き始めていた。
(……では、始めるのである)
懐から丸く黒い球を二つ取り出す。
導火線の伸びたそれは、カナリーが作った煙玉である。
篝火に導火線の先端を当て、火を点けると、その球を坑道に投げ込んだ。
シルバは木の陰から飛び出し、坑道の入り口に手をかざした。
「『大盾』」
魔力の障壁が、坑道を封鎖した。
キキョウが投げ込んだ煙玉は、大量の煙を放出したが『大盾』によって、逆流はしてこない。
この煙玉はただの煙ではない。
催涙と麻痺の効果が練り込まれていた。
「ごほ、げほっ……一体何が。火事か……?」
「敵襲かもしれねえ。畜生、見張りは何をやってやがる!」
「とにかく出ろ! このままじゃ息が出来なくなって死ぬぞ!」
坑道内から、悲鳴と怒声が響き始めた。
キキョウと一緒に、見張りをロープで縛り上げる。
(先輩、ボクの見せ場がないんだけど!)
むぅ、とヒイロが頬を膨れさせた。
(何事もなければ、ヒイロは本当に見せ場ないまま終わるな。個人的にはトラブルがないってことだから、それが一番望ましいんだけど)
(むうぅ……すごく複雑な気分)
煙玉を調合したカナリーによれば、麻痺効果があるといってもそれほど強いモノではない。
まあ、それを抜きにしても催涙効果のある煙玉だ。
しかも坑道の出入り口には、『大盾』を仕掛けておいたので、煙の逃げ場がない。
普通なら、このまま無力化できる。
ただ、戦いの場では何が起こるか分からない。
もしかしたら別の脱出口があるかもしれず、その確認の為にも、カナリーには空中で待機してもらっている。
逃げ場があるのなら、そこから煙が立ち上るからだ。
「よせ! そっちは駄目だ! そりゃ先生の使ってる部屋だろうが!」
「うるせえ、このままじゃ窒息して死んじまうだろうが!」
「誰かそいつを止めろ!」
漏れ聞こえる声に、シルバはキキョウたちと視線を交わし合った。
モノが倒れる音や言い争う声が響いた後。
獣のような絶叫が響いた。
大きな破砕音、打撃音、歩幅の広い重い足音が迫り来る。
(何か、ヤバいのが来る。もうちょっと距離を取ろう)
(は、はい……!)
正面に立つタイランと共に、シルバはわずかに後退した。
その判断は正しかった。
直後、『大盾』の魔力障壁をガラスのように砕き、黒い塊が姿を現した。
身の丈はタイランを大きく上回る巨体。
ふさふさの毛を纏い、赤い瞳に鋭い前歯を持つそのモンスターに、シルバは見覚えがあった。
「タ、タックルラビット?」
ただ、サイズはシルバの知っているそれと、若干違っていたが。
思わず出たシルバの呟きに、巨大タックルラビットは威嚇するような声を上げた。