そして、それから。
ネイトは一通り聞き終えると、満足げに腕を組んだ。
「そう。それらはどれも間違いではなく、つまり『悪魔』という概念を現象として発揮する。それがカードの力なのだ」
「うぅ? 何だかよく分かんないよ」
難しい話はとても苦手なヒイロだった。
一応カードの知識のあるシルバが、説明を付け加える。
「持ち主によって使い方も消費魔力も異なるからな。ストレートに使うなら『混乱』の意味で敵を惑わせられるし、『魔術師』の札ほどじゃなくても同じ『魔』であるカナリーの力を強めることができる」
「……僕としては大変複雑な気分なんだけどね、それ」
悪魔と一括りにされてしまったカナリーは、苦笑いするしかない。
シルバは、カードの使用法のバリエーションを、頭の中で考える。
「悪魔ってのは確か、蛇の化身とも聞くし……操れるのか?」
「だから、それは所有者次第だシルバ。古代の魔術と同じで、系統立っていない。君だって、知っているはずだ。家事を専門にした魔術師に知り合いがいるんだから」
魔王討伐軍の補給部隊にいるコウ・マーロウや、魔術学院に通っている年下の友人のことをシルバは思い出した。
「……つまり、それの『悪魔』版か。いや、分かる。分かるし便利なのも理解はする……しかし……」
「教会の司祭である自分が悪魔使いとは、と」
シルバが悩んでいるのは、モラルというより自分の立ち位置だった。
「そうだよ。何だこの展開。こんなの有りか?」
悪魔と一緒にいるのが周囲にバレたらちょっとシャレにならないよなあと思う、シルバだった。
「議論なら後でしよう。それに使い方は実践の方が手っ取り早いんじゃないか?」
「……それもそうだな」
食事もあとはデザートを残すのみ。
それを食べ終えたら、礼拝堂に行こうと考えるシルバだった。
『墜落殿』第五層突破の煽りを受けてか、夜も始まったばかりの大通りは、まだまだ明るかった。
シルバ達一行は、その大通りを歩く。
小さなネイトは、シルバの肩に乗っていた。
もし誰かに問われたら、黒妖精の一種だと誤魔化すつもりだ。
ちなみに黒妖精というのがどういう種類なのかは、シルバも知らない。
そして十分もしない内に、ゴドー聖教の大聖堂に到着した。
「いらっしゃいませ~、ロッ君と皆さん。それにネイトちゃんも~」
山羊の角と槍のような尻尾を持つ白い大司教、ストア・カプリスが出迎えてくれた。
「……えらい眠そうですね、先生。昼間、あれだけ眠っておいて」
しかもまだ、宵の時間なのに、とシルバは思う。
「だって、こんな時間まで起きているんです……ノイン君達の授業の準備もありますし……ふああぁぁ……とにかく、こちらです~」
「ったく……」
大あくびをするストアに案内され、シルバ達は奥に進んだ。
魔人は、いくつかの燭台が灯る大部屋の石祭壇の上に寝かされていた。
四方と天井に、何やら呪文の刻まれた札が貼られている。
「今は『強眠』で、動きを封じています。この世界の変身術ではないので、教会でも治せないんですよ。唯一どうにかできそうな方は、今、大陸の正反対の場所にいますしね」
「そしてその彼は、シルバに丸投げだ」
「という訳でロッ君、よろしくね」
ストアとネイトの言葉に、シルバは懐から『悪魔』のカードを取り出し、溜め息をついた。
だが、キキョウやカナリーには、このカードの使い道が分からないようだ。
「しかしシルバ殿。『悪魔』のカードでは、これを治癒することなどできぬのではないか?」
「もしくは、この悪魔を脅すのか」
「脅されたところで、今の僕は力を発揮出来ないさ」
ネイトが答え、やはり他の皆は困惑する。
「じゃあ、力ずくなの?」
「きょ、教会で戦闘ですか?」
「に、それならお兄、前に言う。多分ちがう」
「まー、戦闘にはならないよ。多分、俺の考え方で合ってるはずだから」
シルバはネイトを連れて、祭壇に近付いていく。
「改めて見ると、大きいねー」
「にぃ……大変だった」
「だねぇ、リフ」
「某達は、ひとまず見ているだけか」
「そ、そうなりますね……シルバさん、どうするんでしょう」
「まあ、黙ってロッ君を見守っていましょう」
他のメンバーは、後ろで待機している。
「さあ、始めようかシルバ」
「ったく……こうでいいんだろう?」
シルバは魔人の枕元に立つと、カードをかざした。
そして、悪魔の図柄を反転させる。
逆さまになったカードを見て、シルバの意図に最初に気付いたのはカナリーだった。
「そうか……逆位置! 悪魔の所業を『ひっくり返す』!」
うん、とシルバの肩の上で、ネイトが頷く。
「そう、それが正解だ。悪魔によって変えられた身体を、逆行させる。これが今回のこのカードの正しい使い方となる」
シルバを中心に、膨大な魔力の渦が発生する。
髪をなびかせながら、シルバは魔人に向けて宣言した。
「異界の法に染められし哀れな子羊よ。『悪魔』の札の契約者、シルバ・ロックールが命じる。元有る姿に還るがよい。――解放!!」
直後、カードが黒い光を放ち、部屋を闇に染め上げた。
大聖堂の礼拝堂。
「今日はもう遅いけど、他の犠牲者も治さないと駄目なんだよな」
あれから五分後、長椅子に座り魔力ポーションを飲みながら、シルバはぼやいていた。
魔人の姿を取っていた冒険者は、無事に人の姿に戻ることができていた。
しかし、肉体的にも精神的にも疲労しているのか、起きる気配はまだないようだった。
それもあるが、シルバ自身の魔力の消費も激しく、かなり身体がだるさを憶えていた。
周囲には、心配そうにパーティーのメンバーも椅子に腰掛けている。
「別にシルバが治したくないなら、いいんじゃないか?」
実に悪魔らしいことを言うネイトであった。
「そういう訳にもいかねーだろが」
そして、シルバは大きく息を吐いた。
「ひとまずこれでようやく一区切り、か」
「そろそろ、探索再開であるな」
「ねーねー、トゥスケルとかいうのはいいの? 放っておくとまた厄介そうだけど」
ヒイロの疑問に、シルバが応える。
「追うより追わせる。このパーティーは、あの連中の好奇心を刺激するには充分だからな」
ふむ、とカナリーは得心いったようだ。
「そうか……悪魔召喚に居合わせたパーティーなんて、稀だ。奴らが再び近付いてくる可能性は高いのか」
「に。追う方は父上がやってるし」
「で、では本日はお疲れ様……でしょうか?」
「だな。ま、明日は祭みたいだし、それを楽しんでからということで」
そう言って、シルバは締めくくった。
アパートへの帰り道。
夜空には大きな月と星々が浮かんでいた。
「……それで、僕の扱いはどうなるんだい?」
「あ」
ネイトのことをすっかり忘れていた、シルバだった。
「まあ、明日でもいいか……さすがに、今日は疲れたし。冒険の準備もあるけど、一回またエトビ村の方にも行きたいんだよなあ」
「ボタンの里帰り?」
並んで歩くヒイロが、コテンと首を傾げた。
「別に、里帰りをしてもいいけど目的はその奥の方だ。泉の精に、『泉の瓢箪』の中を拡張できないか、聞いてみたい。そうしたら、リフの友達も冒険に連れて行けるだろ」
「に!」
全面的に賛成、とリフが両手を挙げた。
その横で、ポンと手を打ったのはキキョウだ。
「おお、ボタンや『灼熱』と同じ扱いにするのであるな。確かに、面子を考えると瓢箪の中は少々手狭かもしれぬ」
「そういうことなら、僕の方で馬車の手配をしておこう……そうなると明日は朝が早いか。タイランの鎧をいじるのは、今晩はよしておいた方が良さそうだね」
「あ、あの、別に無理にいじる必要とかはないと思うんですけど……」
「ただ、気をつけた方がいいね。最近また、南西の方角には山賊が出没するそうだよ。冒険者ギルドの方で、注意喚起がされてた」
「また? 本当に、ポコポコ出てくるなあ」
カナリーの情報に、シルバは顔をしかめた。
「討伐の依頼はまだ出てなかったけど、まあ退治すれば報奨金はでるだろうね」
「ほほう、シルバの今のパーティーの実力を、確かめるいい機会になりそうだ」
シルバの肩に上に乗ったネイトが、お手並み拝見と何故かドヤ顔をしていた。
シルバはそちらを見ずに、ボソッと呟いた。
「言っとくけど、ネイトにも働いてもらうぞ」
「前にも言った通り、僕には何の力もないのだが?」
「目と耳と口があるんだから、周囲の警戒ぐらいはできるだろ」
「……なるほど、それは確かに」
「馬車での移動に、山賊か……ちょっと思い出すな」
「ああ、それは確かに分かるのである」
シルバの苦笑いに、キキョウが同意した。
「ほほう、詳しく聞かせてもらおうじゃないか。どうやら分かっていないのは僕だけのようだしな」
ネイトの言う通り、他の皆は同じことを連想しているようだった。
「……そうだな。じゃあ、そもそもウチのパーティ『アンノウン』ができた切っ掛けから話そうか。前のパーティー『プラチナ・クロス』で最後に務めた依頼が、商隊の護衛でだな、例のノワもパーティーにいたんだよ。で、アーミゼストも間近ってところで山賊に襲われて……」
シルバは歩きながら、当時のことを語り始めるのだった……。
という訳で、半年と二ヶ月ちょいぐらいでしょうか。
古い作品も一区切り、お付き合いありがとうございました。
実際は、ほぼ同じ分量ぐらい、まだテキストとしてはあるのですが、とりあえずは色々組み直しですね。
こちらの作品の続きをどうするかーとかありますが、その辺は活動報告にまとめようと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました(二回目)。




