ネリー・ハイランドの願い
戦う前に、物資の準備と食事を摂ることになった。
各自の入り用のモノを雑貨屋で調達した後は、酒場に集合ということになり、一足先に準備を終えたシルバは酒場への道を歩いていた。
方々の家の灯りがあるとはいえ、村の夜道は暗い。
シルバは石に『発光』を付与し、手で転がすそれを照明にしていた。
「ロックールさん」
振り返ると、カナリーの部下、ネリー・ハイランドが追いかけてきた。
「シルバでいいですよ。ハイランドさんの方が年上のようですし、仲間ですから」
「では、私もネリーとお呼びください。敬語も不要です」
隣に並び、ネリーが言う。
「分かった。それでネリーさん、何かあったんですか? ああ、悪い。しばらく、敬語と素が混じると思う」
「そこは気にしませんよ。ただ、我が主のことでお話が」
「ホルスティンが、どうかしたんですか?」
歩きながら、シルバは尋ねた。
「カナリー様自身には、何の問題もございません。いや、あるといえばあるのですが……とにかく、そうですね。どうか、カナリー様と仲良くしていただければと思いまして」
「……問題があるって部分が、すごく気になるんですけど」
口ごもられては、指摘せざるを得ない。
しかし、ネリーは少し困ったような笑顔を浮かべ、肩を竦めた。
「そこは、プライベートに触れるのですが、今回の作戦自体には、差し障りがございません。おそらくカナリー様自身がいずれ、話してくれることになるでしょう。……そう、いずれというところなのです」
「つまり、カナリーと友だち付き合いをして欲しいってこと?」
「有り体に言えばそうです。カナリー様には、友達が少ないので」
「本人が聞いたら、拗ねそうですね」
そのまま伝えたら、間違いなくへこみそうだ。
ただ、ネリーにとっては笑い事ではないらしい。
「事実です。まず貴族であることで、庶民は気後れします。また吸血鬼であることから、怖れられることも珍しくありません。錬金術師としても優秀なので、そちらの方面でも対等に話ができるモノが少ない。そしてもう一つは……これは私の口からは申せません。ただ、それが理由でカナリー様ご自身が、他者と距離を取っています」
どうやら、茶化してはいけない内容のようだ。
「それは、いずれって部分に触れるのかな?」
「左様にございます」
なら、触れずにいるべきだろう。
人には誰だって、聞かれたくないことの一つや二つはある。
シルバは司祭なので、人と接することも多く、そういうことはよく知っていた。
「その仲良くしてってお願いは、俺だけに該当するのかな? それともウチの仲間全員?」
「できることならば、全員にお願いしたいですね。家で話したのはこの村の事情でしたが、カナリー様があのように楽しそうに話をされるのは、珍しいことなのです」
「楽しそうと言うか振り回されてたというか……」
ヒイロにペースを乱されるのは、まあ、しょうがないよなとシルバは思う。
「シルバ様も、振り回したご本人の一人ですよ」
ネリーに、痛いところを突かれるシルバだった。
「俺はそのつもりはなかったんだが……まあ、タイランとは、特に話が合いそうだよな。そもそもタイランのあの知識がどっから来てるのか、俺も分からないんだけど」
「そもそも、一つのパーティーでここまで種族がバラバラというのも、珍しいのではないでしょうか?」
「それは確かに、よく言われる。ほとんど成り行きで組んだパーティーだけど、上手いこと回ってると思うよ」
冒険者のパーティーの多くは、同じ種族同士で組むことが多い。
人間は人間、獣人は獣人といった具合だ。
シルバのパーティーのように、人間、獣人、鬼族、動く鎧と全員が違うのは、アーミゼストの冒険者ギルド内でも異色である。
それだけに、役割分担はハッキリと分けやすいというメリットがある。
……逆にいえば各々の能力が突出しているので、代役が務まりにくいというデメリットも存在するのだが。
「そして、シルバさんのパーティーにはまだ、魔術師がおられない」
「ネリーさん、そそのかしてる。それ、めっちゃそそのかしてるっぽいから」
割とグイグイ来るなあこの人、とシルバは思った。
「この辺りは、カナリー様自身の意志次第でもありますが」
思ったよりもあっさり引いてくれて、シルバはホッとした。
パーティーに魔術師が入ってくれるのはありがたいが、本人のいないところでの推薦はフェアではないとも思うのだ。
また、カナリーには別の問題も存在する。
「俺達のパーティーに入るとしても、ホルスティンは、『牧場』の運営とか、色々あるんじゃないのか?」
「そちらは問題ありません。カナリー様の部下に、無能はおりませんから。今の仕事ですら、カナリー様の処理は早く、私どもの仕事が少ないぐらいなのです。カナリー様ご自身の決済が必要な仕事は、ごくわずかな時間で済ませてしまわれるでしょう。シルバ様たちの負担にはならないと、お約束します。……あの方には、人付き合いが最優先です」
引いたと思ったら、また推してきたネリーだ。
ネリーだけではない。
いつの間にか、赤と青のドレスの美女、人形族のヴァーミィとセルシアも一緒になって、シルバに迫っていた。
「うおっ!?」
「ヴァーミィとセルシアも、そうだと申しております」
人形族は無表情なので、夜道で無言で詰め寄られるとかなり怖い。
「どっから現れたんだよ二人とも!?」
しかし、喋る機能がない人形族の二人は答えない。
護衛であるカナリーから離れていいのかとか、思う所はあったが、カナリーには今、話に出ていたタイランが一緒についているから、その辺は大丈夫なのだろう。
シルバは三人と距離を取り、ネリーたちの訴えに応えることにした。
「まあ、さっきネリーさんも言ったけど、その辺は本人の意思次第だから、約束はできない。けど、友だち付き合いってのなら、ウチのパーティーとは無関係に構わないと思うよ。学習院には俺も出入りするし、出入りだけなら基本的に誰だって問題ないはずだから」
「ありがとうございます」
酒場に到着した。
酒場に全員が集まり、食事となった。
「はー……」
ヒイロは、肉の塊を食べる手を止め、カナリーの手元に見入っていた。
その視線に気付いたのか、カナリーは食事を飲みにくそうにしていた。
「マジマジと見ないでもらえるかな、ヒイロ」
カナリーが飲んでいるのは、ガラス管に入った血液だ。
この『牧場』で採れたモノである。
それが数本、ケースに入って並んでいる。
また、別の飲み物としてトマトジュースも用意されていた。
「や、そんなので栄養採れるのかなーって思って。お肉食べないの?」
「食べる時は食べるけど、戦う前だろう? あまり重たいモノは食べたくないんだ。大体それを言うなら、タイランだって似たようなもんじゃないか」
カナリーは、ヒイロの横を指した。
タイランが、桃蜜水のジョッキを少しずつストローで吸っていた。
「その、固形物は、ちょっと苦手でして……」
ヒイロはタイランを見、もう一度カナリーに向き直った。
「タイランはいいんだよ」
「何故だ」
「見慣れてるから」
「……そうか。まあ、人の食事をマジマジと眺めるのはマナーに反する。覚えておくといい」
突っ込まないぞ、という強い意志の込められた発言だった。
「このお肉美味しいね!」
「人の話を聞く気がまったくないな、君は!?」
肉の塊に笑顔でかぶりついたヒイロに、カナリーの忍耐は一瞬で尽きたようだ。
「ボク吸血鬼ってさー、みんな人から直接吸うんだと思ってたよ。違うんだね」
「……話し合いの時も言ったと思うけど、そんなのやってたら、すぐに『人間の血液』がなくなってしまうんだから」
話がポンポンと跳びはねるヒイロに、カナリーは疲れた態度で返事した。
「牙立てなきゃいいんじゃない?」
「毎回、僕たちに血を吸わせる為に、ほんのちょっととはいえ身体に穴を開けるのって、人間にはかなり負担だと思わないかい? 採取だって、何日かに一回なんだぞ?」
「あー……そっか。難しいんだね」
「それに、直接人間の血を吸うっていうのは、吸血鬼にとって結構特別なことなんだよ」
「どんな風に?」
カナリーは口を開き、答えようとして、結局やめた。
「教えない」
「えぇー」
会話の弾む(?)ヒイロとカナリーを横目に、シルバとキキョウは静かに食事を摂っていた。
「……ヒイロのコミュニケーション能力は、すごいであるな」
「俺もそう思う」
チラッとネリーを見ると、そんなカナリーたちをニコニコと眺めていた。




