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サヴァラン

 ちょっと遅刻しました。

「カナリー!」


 シルバはこの中で唯一、特に何の制約もなく脱出できるはずのカナリーに呼びかけた。


「うん?」


 だが、当の本人はまるで分かっていない様子だった。


「いや、いい加減脱出しろよ!?」

「見ての通り、僕も君と同じ条件だが」


 確かに、カナリーはシルバと同じように木の根でグルグル巻きにされ、宙づりにされている。

 だが、条件は同じでも種族が違えば、この拘束はまるで意味がないのだ。


「って自分の種族把握しようよ!? 吸血鬼だろ!?」

「もちろん、僕はれっきとした吸血鬼だとも。それがどうかしたのかい?」

「霧化! できるだろ!? 以前の坑道前の戦いで学習して、吸精や魔術封じされながらでも霧化できるように、訓練したんだろ!」


 あ、とようやくカナリーも思い出したらしい。


「ああ、これは迂闊……やはり、さっきの戦いで使った吸精の影響が少々残っているようだね」


 そしてスッとカナリーの姿が薄れたかと思うと、白いマント姿の彼女は床に降りていた。

 それを見下ろしながら、シルバは呆れて溜め息をついた。


「……カナリー、時々、すごい抜けるよな。ノワ自身は霊樹じゃないから、『雷閃(エレダン)』で焼き切ってもスモークレディとか出たりしないはずだ。とりあえず、他の連中の脱出は俺とタイランが担当する。最優先で脱出を頼む」

「承知したよ。じゃあ……」


 カナリーは、シルバに向かって指を突きつけた。

 指先が紫色に眩く輝き、さすがのシルバも少々怯んでしまう。


「頼むから、的を外すなよ。直撃したら俺死ぬからな」


 幸いなことにカナリーの狙いは確かで、シルバとタイランを縛っていた木の根は焼け焦げて、崩れ落ちる。

 ようやく拘束から解放されたシルバは、腕を軽く回した。


「肩を外すのは痛いし、リビングマッドの滑りを使うっていう手もあったけど、すごい服が汚れそうでなぁ。さて、それじゃみんなを解放しよう」


 精霊の見える眼鏡を直しながら、シルバは根にまとわりつく木の精霊に語りかけると、リフの仲間になっているモンスターを拘束していた木の根が緩んでいく。

 まだ戦っているリフ達に目もくれないシルバが心配になったのか、タイランが軽く彼の肩を遠慮がちに指でつついてきた。


「あ、あの、シルバさん。リフちゃんやサヴァランはいいんですか?」

「いや、ノワに関しては、俺達がこうやって仲間を助け出すこと自体が、充分牽制になってんだよ」

「え?」


 シルバは、ノワ達の方を向いた。

 リフに翻弄されていた彼女も、シルバ達が脱出したことに気付いていた。


「あー! 勝手に脱出しちゃ駄目ー!」


 何しろ自分達を拘束していた木の根はいわば、ノワの身体の一部。気付かない方が不思議なぐらいだ。

 そしてシルバの足下から、新たな木の根が出現する……が、シルバは跳躍して、これを回避した。


「同じ轍を二度踏むかよ! それに余所見してていいのか?」

「にぁー……」


 おぼつかない足取りで放たれたリフの裏拳が、ノワの側頭部を襲う。


「きゃうっ!? ええいもう鬱陶しいなぁもおっ! 集中できないじゃない!」


 指先から無数の蔓を出してリフを縛ろうとするが、ふらふらと千鳥足のリフを捕らえることは中々できない。


「いいぞ、リフ! これ終わったら、魚タップリやるからな」

「にゃうー……」


 赤ら顔で、リフは嬉しそうに尻尾を振った。

 それを眺め、ようやくタイランは得心がいったようだ。


「……ああ、つまりシルバさんが動くことで、リフちゃんに集中できなくなるってこと、ですか?」

「そういうこと。サヴァランの方は見た感じ、まだ全力って感じじゃないし、まだ見守ってやりたい。……おおい、カナリー、ヒイロを地面から引っこ抜くのを手伝ってくれ!」


 シルバは地面に真っ逆さまに突き立った、ヒイロの片足を抱え持った。


「分かった。しかし、力仕事が専門じゃないのが二人でやるってのもどうかと思うね」


 もう一方の足を、ふわりと着地したカナリーが抱え持つ。


「カナリー、『豪拳(コングル)』の聖句は暗記してあるよな?」

「……ああ、僕の吸血鬼としてのアイデンティティーがちょっと崩れそうなんだが、ちゃんと憶えているよ」


 シルバと一緒にカナリーは、ゴドー聖教の印を切った。

 カナリー自身は教会の祝福は使えない。

 しかし、祈りの言葉そのモノは、シルバの『透心(シンツ)』を通して、神に届けることが可能なのだ。


「「――『豪拳(コングル)』」」


 シルバとカナリーの全身に、力が漲り始める。


「……相変わらず、ひねた使い方をするね、シルバ」

「楽でいいだろ。せーの……」

「よいしょ!」


 シルバとカナリーが力を込めると、強化魔法の効果で思ったよりあっさりとヒイロは床から引き抜けた。

 ……ヒイロは、完全に目を回しているようだった。


「『覚醒(ウェイカ)』がいるな。っていうかタイランは俺達に構わず、サヴァランをしっかり見といてくれ。危なっかしく思ったら、アドバイスを頼む。多分、タイランの言葉が一番通じるはずだから」

「は、はい」


 シルバがヒイロの手当をしているのも気になったが、タイランはサヴァラン達に意識を集中させた。




 サヴァランの足の裏に装備された浮遊(ホバー)装置が、強い出力で噴き上がる。


「うお……!?」


 ヴィクターの巨大な拳を回避し、信じられないスピードで相手の側面に回り込んだ。


「ガ!」


 ロケットナックルが放たれ、ヴィクターの頬を直撃した。


「おお……っ」


 そのまま無限軌道をフル回転させ、一気に間合いを詰めたサヴァランは胴部分の回転機巧を駆動し、上半身を高速回転させる。

 大きく広げられた両腕の連続パンチが、ヴィクターを追い詰めていく。

 遠慮がない分、普段のタイランとはまるで比べモノにならないぐらい、動きがいい。

 いや、この力強さは、中の人格、いや精霊格が変わっただけでは説明がつかない。




「は、速いです……」

浮遊(ホバー)式移動か。上手いこと使ってくれる」


 シルバも手を休め、サヴァランとヴィクターの戦いを見ていた。

 そこに、リフの相手をしていたノワが文句をつけてくる。


「ちょっとシルバ君、あれ、最初の時と全然動きが違うじゃない!」

「そりゃそうだ。中身がいつものモノと違うからな」


 ノワに詳しく説明するつもりはない。

 序盤、タイランが本調子ではなかったのは、『混沌(シエロ)』『灼熱(ハラーラ)』に加えて、投獄された――ホルスティン家の『牧場』近くの戦いで、シルバ達に苦汁を飲ませた――魔術師から在処を聞き出した『吸精』の精霊も、精霊炉に取り込んでいたからだ。

 タイランが不在でも重甲冑を自動で動かす為の、中級精霊三体分。

 出力のバランスとしては、タイラン単体に次いでバランスがいい。

 攻守においては守りに傾いているタイランとは逆に、積極的な攻撃を好むのはおそらく、『混沌(シエロ)』の意識が高いからだろう。




「ぬうん!」


 大きく仰け反ったヴィクターだったが、すぐに体勢を立て直し、足を払ってくる。


「ガァ!?」


 回転攻撃の弱点を突かれ、サヴァランがバランスを崩してしまう。

 手を床につこうとするサヴァランを、ヴィクターは両腕でがっぷり四つに組んだ。


「はんげき、する」


 ヴィクターの両目が、好戦的に輝いた。


「ガ! ガガ……!?」


 踏ん張りながらも、どことなく戸惑った声をサヴァランは上げていた。

 重量級であるはずのサヴァランの足が宙に浮いていた。

 何とか体勢を優位に立て直そうとするサヴァランだったが、ヴィクターはそれを許さない。


「あまい」


 ググッとサヴァランの身体を、さらに自分に寄せていく。


「ガ!?」

「むううぅぅ!!」


 足に力を溜めたヴィクターは、サヴァランと組んだまま、大きく天井目がけて跳躍した。




「と、跳んだ!?」

「跳びました!」


 これにはシルバとタイランも目を剥いた。

 天井ギリギリまで高らかに舞い上がったヴィクターは、グルンと身体を回転させた。


「だい――」


 大きく腕を振るい、そのままサヴァランの巨体を真下の床目がけて放り投げる。


「ガ!」


 石造りの床を破壊しながら、サヴァランが地面にめり込む。

 それを追うように、両手両足を広げたヴィクターが頭上から追い打ちを掛けるように、ボディプレスを仕掛けてくる。


「――ばくふおとし!!」


 真上から落ちて来たヴィクターの肉体が、サヴァランを床に押しつぶす。

 衝撃波が、部屋にいる全員に伝わるほどの凄まじい威力だった。


「ガガガ!?」




「野郎……ヒイロとボタンの技をパクりやがった」

「シ、シルバさん、そんなことを言ってる場合じゃないです……! サ、サヴァランが……!」


 声を震わせるタイランに、シルバは首を振った。


「まだ大丈夫」


 そう言いながらも、シルバ自身も汗をかいているのは否めない。

 しかし、まだ勝負が決まった訳ではないのだ。


「え」

「ちゃんと見とけよ。アレと同じ動きが、タイランにも出来るんだから。それにサヴァランのやる気は落ちてない」

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