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クロスの願い(後編)

 全身を血と埃で汚しながら、クロスは自分の手がどんどん希薄になっていくのに気がついていた。

 うっすらと手の平を透かして、カナリーやその仲間が見える。

 現象は手だけではなく、全身に及んでいた。


「うあ……ああ……消える……身体が消える……な、何が、一体、どうして……?」


 狼狽え、跪いたまま、クロスはカナリーを見上げた。


「僕に聞かれても困る」


 シルバが、ネイトの方を向いた。


「……ネイト」


 クロスもそちらを向く。

 悪魔は相変わらず、そこにいた。


「ああ、因果律の問題だよ。彼は純血の吸血鬼であることを願った。しかし、クロス・フェリーという人物は……」


 ネイトは指を二本立てた。


「ダンディリオン・ホルスティンとマール・フェリーの間に生まれた子だ。しかしこの二人から生まれるのは、半吸血鬼のクロス・フェリーであり――」


 そのまま、ネイトはクロスを見下ろした。

 憐憫も軽蔑もない、ただ、興味のない通りすがりを見るような目つきだった。


「――純血種のクロス・フェリーが誕生する為には、マール・フェリーとは結ばれない歴史でないとならない。もしくは、マール・フェリーを吸血鬼にするかだ。だが、彼女を吸血鬼にするという望みは受けていない」


 となると前者しかない、とネイトは言う。


「吸血鬼と人間の間に生まれるのは半吸血鬼。しかしここに二人の間から生まれた純血の吸血鬼が存在する。矛盾が生じるんだ。だから、世界の方で辻褄を合わせたのだろう」

「つ、つまり僕は……」


 クロスが、ネイトを見上げる。

 声までかすれ始めていた。


「消えると言うことは、リセットの方向だろう。この歴史から、クロス・フェリーという存在が消滅する。何故なら、この世界で、純血の吸血鬼であるクロス・フェリーなんて生まれるはずがないのだから」

「よく分からないな」


 シルバは、いまいち納得しきれていないようだった。


「木人になったそこの奴とか、向こうで倒れてる魔人とどう違うんだよ。ただ、『変わる』だけだろ?」


 だがその問いにも、ネイトは首を振る。


「血筋に拘った結果だ。彼と彼女達との決定的な違いは、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を望んだ。つまり、他者の『歴史』が関わってくるんだよ」

「そうか……」


 カナリーが、クロスを見下ろす。

 僕を見下ろすな、とクロスは叫びたかったが、その気力さえ薄れつつあった。

 彼のそんな心境に構わず、カナリーは自分なりの解釈をシルバに説明する。


「条件付加だ。クロスは、ダンディリオン・ホルスティンの血筋の継承も、言外に望んでいた。他者の人生や歴史の左右が絡んでいる分、ノワ・ヘイゼル達とは異なるんだ」


 カナリーの視線がクロスから逸れ、シルバに向く。

 クロスは悔しげに、血を吸った床石の割れ目を握りしめた。


「……おそらく、ただの純血の吸血鬼や、まったく異なる何かへの変身だったら、クロス・フェリーはああはならなかった。『ダンディリオン・ホルスティンとマール・フェリーの間から生まれる純血の吸血鬼』という矛盾。悪魔はそれを叶えたけれど、世界が許さなかったんだ」

「そういうことだ。解説ありがとう」


 ネイトが、カナリーの説明に、軽く拍手で応えた。

 それとほぼ同時に、部屋が軽く揺れ始めた。


「に、地震……」


 リフがシルバの裾を小さな手で掴んだ。


「時空震の発生だね。世界が辻褄を合わせているってところだろう。何、シルバ。心配しなくてもすぐに終わるよ。ところで僕もしがみついていいかな?」


 ネイトもシルバに近付こうとする。


「ちょ、ちょっと待てネイト。リセットされるってことは……」

「原因の中心地点にいる僕達は、影響を受けないだろう。せいぜいこの部屋の範囲だけど……残念だ。終わってしまったじゃないか」


 少し唇を尖らせながら、ネイトは足を止めた。


「そ、そういうことじゃなくて……な、なかったことになるっていうことはつまり、アイツに魅了されて、吸血鬼にされた女の子達とかは」


 ネイトは再び手帳を開くと、茶色い頬を掻いた。


「なかったことになるだろうね。吸血鬼の犠牲者なんて存在しない。そういうことになるだろう」

「……カナリー。俺達の与り知らないところで、解決したみたいだぞ、ホルスティン家の問題」

「問題そのモノが消滅したらしいけどね……」




 クロスはヨロヨロと立ち上がった。

 赤黒い血と埃で全身が汚れていた。

 先程までの自信に満ちた表情はどこにもない。

 その身体は今にも消えそうな程、薄れていた。


「ふ、ふざけないで、下さい……そんな結末……僕は認めない! 断じて認められない!」


 手から雷撃を放とうとする。

 しかし、指先が微かに電光を放っただけで、もはや魔力そのモノも消滅しつつあるようだった。

 ネイトがポケットに両手を突っ込み、彼を見据える。


「世界が優しければ、マール・フェリーが吸血鬼である世界に行くことになるだろう。もっとも向こ……いる純血種のクロス・フェリーと二重存在……り、争い合うこと……る可能性もあるけれど……」


 少しずつ、その声すらもクロスに届かなくなってきていた。


「僕は……きらめない! 必……ってきます……!」


 それがクロス・フェリーのこの世での最期の言葉となった。




「終わった……」


 クロスの立っていた場所を見つめ、シルバは呟いた。

 それからふとした疑問が頭に生じた。


「なあ、ネイト」

「婚姻届なら、出てからもらいに行こう」

「誰がそんな話をしてるんだよ!? そうじゃなくて、まさかこの世界の別の場所に、カナリーの父親とクロスの母親から生まれた『違うクロス・フェリー』が生じたりしていないだろうなって聞きたかったんだよ。この世界とやらが変に気を利かせて、あのクロスの代替として用意したみたいな」

「ないよ。そのケースもあることはあるけど、今回はない。クロス・フェリーはもうこの世界には存在しない。そして……」


 ネイトは、入り口の方を向いた。


「最後の一人、ロン・タルボルト。君はどうする」


 ネイトの声に、ハッと我に返る。

 残った望みは一つ、ライカンスロープであるロンの望みだけだ。

 全員が注目する中、壁にもたれて座り込んでいたロンが口を開いた。


「……決まっている。願いを叶えてもらおうか」


 そして、ゆっくりと立ち上がる。

 その瞳の決意は、恐ろしく硬い。


「この身で朽ち果てるぐらいならば、人として消える方を俺は選ぶ」

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